voidピーナッツ
「温めお願いします。」店員が聞かないので、自ら積極的にお願いする。店員は客観的ににこやかだと判定されるであろう口角の角度を維持したまま、いかにも億劫そうな間を隠しきれずに、しかしさも隠しきったかのような態度をとりながら答えた。「かしこまりました。」思いのほか声が大きくなってしまった。実家にいるとき、「お前は変なタイミングで声がでかくなるな。」と指摘されて、それから異様に人としゃべるのが苦手になったことを思い出した。店員は僕の購入品の中から鳥のトマト煮込みと、ナスの揚げ浸しと、ソーセージおにぎりを取り出して、それぞれを別々のレンジに入れに行っている。そのあと、アメリカンドックをトングでつかんだ。レンジが温め終わる前に仕事をやり終えた店員は定位置に戻る。彼はレンジのほうをちらちらと気にしながら、下におろした手の平を開いたり閉じたりしながら見つめていた。僕も、スマホの画面に映ったバーコード上部の、表示期限時間が1秒ずつ減るのを眺めている。ホットスナックの入れ物の稼働音が気を使っているようにさえ思える沈黙が、店員と僕を包んでいる。午前2時のコンビニに来店するのは、僕のような変な(時間に腹が減った)客か、やたらと腰の低い配送業者くらいのものだ。温め終わった商品を受け取ると、ほとんど雑音のような声で「ありがとうございます」と言ったが、聞こえていないと思う。挨拶は相手に聞こえていないのならいう意味がないと高校の時叱られたのを思い出した。外へ出ると息が白かった。冬が寒いのは苦手だが、息が白いのは好きだ。息が白いのは粒子だ。湿潤な呼気に含まれる水分が冷えた外気で一気に結露して、液体になった水が白く見えている。実態としては自分の外から摂取した水分を外気に戻しているだけだが、自分の中身を一通り巡った後の水分なので、それはほとんど僕の一部のように思える。僕の一部を体外にひっきりなしに放出しているのにも関わらず、この世界がほんの一部も自分のものにならない事実が、自分の矮小さと世界の大きさのギャップを裏付けている気がした。購入物の開封もほどほどに、テーブルの上に置き去りになった柿の種の袋を持ち上げた。ほとんどからになったそれの中には、ピーナッツが一つ。これくらいそのまま捨ててもお百姓も見逃す気はしたが、苦でもないので口に運んでやった。カリカリ。塩だ。温まったプラスチックの容器は少しだれている。高温にも耐えられて偉いと思った。もしレンジに入れられたのが僕だったなら、情けない断末魔とともに体の内側から炸裂してしまうことだろう。目の前の画面では、「1」と赤く文字を刻まれた右手を模したアイコンが、同じく数字の刻まれた円盤を咥えながらキャラクターを選ぶのを待ち続けていた。僕はそれを眺めながら、ソーセージおにぎりの原料となった豚、豚を育てたおじさん、切ったロボット、コメを丸くしたロボット、塩味を付けたロボット、ベルトコンベア、セブンアンドアイグループの社員各位に向けて手を合わせた。
「いただきます。」