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第16回 BPSプロブレムリスト

総合内科流 一歩上を行くための内科病棟診療の極意
著:森川暢(市立奈良病院)
第16回 BPSプロブレムリスト

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皆さんはプロブレムリストをどのように記載されているでしょうか? 生物学的問題だけを記載するというプロブレムリストが一般的ですが、ゴール設定や多職種連携をするためには、心理・社会的要因も把握し介入することが不可欠になります。そのために、必要なBPSプロブレムリストを解説します。

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■症例(病棟の極意・実践前)

80歳の認知症と糖尿病がある患者さんが、尿路感染で入院した。抗菌薬、強化インスリン療法による治療で病状は速やかに安定したため、入院7日目に退院とした。しかし、退院後7日目に、尿路感染および、高浸透圧性高血糖状態を発症して、再入院した。失禁状態で、糖尿病治療は、退院後、全く出来ていなかったとのことであった。

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【極意】

① プロブレムリストの書き方

皆さんは病棟のプロブレムリストをどのように書いているでしょうか? おそらく、次のような形ではないでしょうか?

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このようなプロブレムリストが非常に多いと思いますが、これでは患者背景が全くわかりません。「患者背景がわからなくても治療は出来る」と思われるかもしれませんが、実際の病棟診療はガイドライン通りにできないことも多々あります。特に多併存疾患、複雑な社会的問題、フレイルなどが重なると、出来る治療を全て行うことが、必ずしも正しいというわけではなくなります。

例えば、特に既往歴がない40歳の単なる市中肺炎は、従来のプロブレムリストで全く問題ありません。しかし、今回の症例はどうでしょうか? 内科的には、上記のプロブレムリストで網羅されているでしょうが、果たしてそれで全体像が捉えられるでしょうか?

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② BPSプロブレムリスト

さて、皆さんはBPSモデルをご存知でしょうか?

BPSモデル(Bio-Phycho-Social model)は、日本語で言えば「生物心理社会モデル」となります。精神科医のEngelが1977年に、生物医学的モデル一辺倒の診療を批判し、BPSモデルを提唱したことが始まりでした[1]。その背景には、人間機械論と還元主義により、医学が飛躍的に発展を成し遂げた一方で、個々の患者さんの個別性が切り捨てられたことに対する批判がありました。

BPSモデルは、総合診療医の基本となるオペレーションシステムだと筆者は考えています。総合診療医は、心理社会的問題を生物医学的問題と同じレベルで重要視し扱う姿勢を持っていることが特徴であると言っても過言ではないでしょう。

総合診療の思考プロセスは一朝一夕に身につくものではありませんが、まずは、普段の病棟のプロブレムリストをBPSモデルに基づいて分類し直すことをお勧めします。筆者は、これを「BPSプロブレムリスト」と呼んでいます。

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③ 心理的・精神的問題のプロブレムリストの挙げ方

まずはシンプルに、うつ病と認知症がないかを考えましょう。これらは、高齢者診療では特に重要になります。また、統合失調症や躁うつ病などの精神科的問題もここで挙げます。そして、病棟で問題になることが多い、せん妄やせん妄のハイリスクも重要なプロブレムなので、必ずプロブレムリストに挙げます。

さらに忘れてはならないのが、精神的な病名がつかないような問題も、プロブレムとして意識すると良いでしょう。患者さんの何気ない言葉を見逃さないこと、そして、看護記録を精読することをお勧めします。患者さんの中に、医師には言えない不安を、看護師に打ち明けることが、ままあるからです。当然、実際に看護師から情報を聴取することも重要です。

これらの漠然とした問題を、医師がプロブレムリストに挙げることは、多職種連携の観点からも有用です。

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④ 社会的問題のプロブレムリストの挙げ方

職業、貧困や独居、セーフティーネットの不在などの社会的問題も、意識してプロブレムリストに挙げるようにします。家族の問題やキーパーソンが不在などもプロブレムになり得ます。

社会的問題においては、ソーシャルワーカーの役割が極めて重要です。社会的問題がありそうだと思えば、早めにソーシャルワーカーに依頼します。また、看護記録で看護師がこのような情報を入院時に集めてくれていれば、それをそのまま使用しても良いでしょう。さらに、リハビリセラピストからの情報も積極的に聴取するようにしましょう。セラピストはリハビリの観点から、家の中の生活環境について、詳細に状況を把握していることが多いからです。

このように、社会的問題についても多職種連携が重要になります。

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⑤ BPSプロブレムリストの使い方

先述のように、プロブレムリストをBPSモデルに基づき分けていくのですが、ただ問題をBPSに分類するだけでは、BPSモデルは真価を発揮しません。大切なのは、BPSの3つの要因が相互に作用し影響しあうシステムであると意識することが大事です。このシステムは円環的であること、また、レバレッジポイントを意識することが重要です。なお、レバレッジポイントとは「てこの力点」という意味ですが、小さな力でシステムを大きく動かすことが出来るポイントと言えます。

では、具体例を見ていきましょう。図のようなBPSプロブレムリストの患者さんがいたとします。

図 ある患者さんのBPSプロブレムリスト

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この患者さんは、貧困・独居・セーフティーネットの欠如などの社会的問題と、抑鬱気分・不眠などの精神的問題、さらに心不全や肝性脳症などの生物学的問題が密接に関わっているとわかります。心不全などの生物学的問題のコントロールが不良な背景には、心理社会的背景があると考えます。よって、生物学的問題のみにアプローチしても問題は解決されません。

実はこの患者さんは、経済的に余裕がないために医療費が払えず、さらに薬剤コンプライアンスが不良であるため、心不全が安定していません。よって、効果が高いレバレッジポイントとして、貧困などの経済的問題にアプローチすることが重要になります。例えば、生活保護を受けることで、医療費が払えるようになります。そうすれば心不全も安定し、それによって呼吸困難感も改善し、精神的問題も改善することが期待されます。さらに介護保険を導入し、訪問薬剤師の指導・薬剤カレンダーの利用や、朝のみ内服の一包化を行います。

このような社会的介入によって生物学的な問題が安定し、精神的問題の安定化にも繋がるという好循環が動き始めます。このようにBPSモデルを捉えることは、総合診療医の本質的な能力の一つになります。

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⑥ BPSプロブレムリストと多職種連携

BPSモデルでレバレッジポイントを考える際には、俯瞰的な視点が不可欠です。BPSモデルで全体像を把握したうえで、医師として自分がどのような役割を果たすと、システムが良い方向に動くのか、考えることが重要です。そのためには多職種カンファレンスの実施が極めて重要です。医師だけの議論ではどうしても視野が狭くなるため、看護師やソーシャルワーカーなどの意見を広く聞きます。

多職種カンファレンスで、医学的問題についてのみ語る医師がたまにいますが、多職種カンファレンスで話すべき内容をBPSの観点で整理すれば、より有効な連携が可能になります。

また、家族に病状説明するときにもBPSプロブレムリストを意識します。患者と家族と現状を把握するときに、細かい医学的な問題を言ってもなかなか理解してもらえません。そうではなく、BPSで全体像を把握したうえで病状説明をすることで、良好な共通理解を得ることが出来るのです。

なお、BPSモデルだけでは機能的問題の把握が難しいので、リハビリセラピストと協働して、ADLやIADLについても把握しておき、プロブレムリストの近くに記載すると良いでしょう。

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■ 極意 ■

●BPSプロブレムリストで全体像を把握する
●BPSプロブレムリストは円環的に捉え、レバレッジポイントを意識する
●BPSプロブレムリストの肝は多職種連携

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症例(病棟の極意・実践後)

80歳の認知症と糖尿病がある患者さんが尿路感染症で入院した。BPSプロブレムリストで把握したところ、以下のようなプロブレムリストが挙げられた。


上記のように問題点が浮かび上がった。多職種でカンファレンスを行い、直接の自宅退院は難しいと考えた。また、生活保護・成年後見人・介護保険の申請も必要であると考えた(レバレッジポイント)。インスリンが必要だが、強化インスリン療法の実施は難しいため、持続インスリンと内服によるBOT療法とした。介護保険の申請などに時間がかかるため、いったんは地域包括ケア病棟に転院として、これらの社会的調整を行う余裕を作る方針とした。

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【参考文献】

[1]Engel GL. The need for a new medical model: a challenge for biomedicine. Science. 1977 Apr 8; 196(4286): 129-136.

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■著者略歴

森川暢(市立奈良病院)

2010年  兵庫医科大学卒業
2010年~ 住友病院にて初期研修
2012年~ 洛和会丸太町病院救急・総合診療科にて後期研修
2015年~ 東京城東病院総合診療科(当時・総合内科)、2016年からチーフを務める
2019年~ 市立奈良病院総合診療科

■専門
総合内科、誤嚥性肺炎、栄養学、高齢者医療、リハビリテーション、臨床推論

■著書
『総合内科 ただいま診断中!-フレーム法で、もうコワくない-』(中外医学社)
監修:徳田安春/著:森川暢

■現在連載中
『J-COSMO』(中外医学社)総合内科まだまだ診断中!フレームワークで病歴聴取を極める



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