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編集後記『医療現場の共感力』

医学領域専門書出版社の金芳堂です。

このマガジンでは、新刊・好評書を中心に、弊社編集担当が本の概要と見どころ、裏話をご紹介し、その本のサンプルとして立ち読みいただけるようにアップしていきたいと考えております。

どの本も、著者と編集担当がタッグを組んで作り上げた、渾身の一冊です。この「編集後記」を読んで、少しでも身近に感じていただき、末永くご愛用いただければ嬉しいです。

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■書誌情報

『医療現場の共感力』
編著:石井均(奈良県立医科大学医師・患者関係学講座教授)
A5判・239頁 | 定価:3,960円(本体3,600円+税)
ISBN:978-4-7653-1931-7
取次店搬入日:2023年01月31日(火)

「共感できない」「自分ではできているつもりでも実際の診療に繋がらない」「共感できない患者に出会ったときにどうしたらいいのかわからない」と悩む先生へ

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■編集後記

ピーーーーーーーン(『ガンダム』でニュータイプ同士がつながるときの効果音)

え、いまのガンダムにはニュータイプって出てこないんですか? Aです。

さて、共感、難しいですね。

傾聴とかよりそうとか、そういう話ありますけど、まず人間って敵じゃなければ簡単に他人の感情に同調しちゃうじゃないですか。同情ですよ。ミラーニューロンで辛さとか怒りとか不愉快感が理由もわからず伝染しちゃってグタ~っとなりますね。こんなありさまで冷静な判断とかできるんでしょうか? 

などと思うと「共感なんていらない!」派の主張、わかる気もします。 「シンパシーエンパシーは違うって言ったって一緒やん!!」みたいな。「冷静に状況を分析して的確に処方・処置すれば結果は一緒!」みたいな。

そんな気もしますが、そうでもない気もします。 

「人の気持ちなんてわかるわけがないから、共感なんかしていない」と医師が断言するのも聞いたことがあります。いや、その先生むちゃくちゃ診療できる先生ですけど、ほんとうに共感していないんでしょうか。話を聞く限り、患者さんとむっちゃしゃべってます。聞いてることを言わずに喋り続ける人もいるけれども、患者さんから聞きたいことを聞き取れてるようです。聞かれたことは大事な情報(こと)で、話さなければならないと患者さんに理解してもらえてるってことですよね。

うーん、医療者側が患者さんを治療しようとしていて、そのことを患者さんに理解されていればいい、ということでしょうか。むしろこれ、”医療者が患者を治そうとしているという気持ち”に患者さん側が共感し寄り添っていません??

どうも共感という言葉、いくつも側面がありそうです。

本書は、共感なんていらない! とか 共感は必要! という異なる見解があるのかの謎を紐解きます。共感概念の難しさは医療という特殊な人間関係を理解する鍵であり、実際の治療行為の鍵であることがわかります。

次に腎臓病、がん、糖尿病、認知症、といった、しばしば共感が難しくなる事例をとりあげ、どういうふうに医療者と患者の心が揺れ動き、共感が生じたり、診療の足を引っ張ったりするのかを示します。共感は魔法ではなく、しばしば長期戦です。どうも共感しているつもりなんだけれどもうまくいかない、あるいは後輩や部下の共感の仕方が良くないと思っている人、是非読んで下さい。

最後に「エビデンスのなかに現れる共感」を理解するための尺度としての共感を解説します。共感はさまざまな側面からなり、それがさまざまに作用することで診療が進んでいきます。共感力ってスカウターで53万とか計測できるものじゃないですからね!


ところで、京都に長く住んでいると穏やかな会話の中で「ピーーーーン!」となるときがあります。なんでしょう?

お察しの通り「クレームを遠回しに言われているとき」です。これも、「お互いに事情があることだし、きつい言葉で言うわけにもいかないからねえ」というリスペクトある共感的態度がなければ全然通じないコミュニケーションです。けっして「じめっとした嫌味で相手に精神的マウントをとってやる」「絶対スキをみせてなるものか」みたいなギスギスした間柄からでてくるものではないのでご注意を。

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■序文

本書は、医療場面における「共感」という現象について広く、深く解説し、その実態を明らかにすることを意図して制作されたものである。その内容を概観すると以下のようになる。

1)共感の意味(行為の内容)、定義、機能、効果に関する広範囲かつ詳細な解説、その脳科学的基礎
2)臨床場面における医師(医療者)―患者間の共感の実相と臨床効果。糖尿病、がん、認知症、腎臓病の診断と治療についての症例提示と解説
3)共感の測定法(測定尺度)

つまり、理論→実臨床→測定法という展開になっている。「共感」をテーマとする論文や書物は多数出版されているが、「医療における共感」の実態と機能に関する書物としては画期的な内容であると編者は感じている。

医療の場面において、医師(医療者)―患者間の良好なコミュニケーションが、多面的に多くの健康アウトカム(結果)によい影響を及ぼすことが報告されている。医師(医療者)の言葉や存在が適切に働けば、病む人がその患いとともに過ごすことの力となる。病む人の気持ち、苦悩やニーズを感じ、理解し、適切に対応していくことが、病む人に変化をもたらすが、その基本となる行為が共感である。

したがって、共感やその前提となる傾聴については、重要性が医療現場、医学教育の場で唱えられているし、あまたの論文や書物がある。しかしながらその行為あるいは現象の内容を深く追求することなく、言葉だけが安易に使用され、それさえ唱えればいい医療の証明になるという風潮がある。一方で、科学としての医学の圧倒的な発展のもとで、重要性の割には共感に基づく医療が行われていないという指摘もある。

それでは、医療における共感とは何か?どのような事象、能力あるいは行為を共感とよぶのかが問題であるが、これについては多くの議論や主張があり一定していない。共感という言葉(概念)が示す実態が明確でなければ、何が健康アウトカムによい効果をもたらすのかもあいまいになる。

そこで、本書では広く論文や書籍をレビューし、医療における共感とはどんな機能/概念かを示した。また、共感現象の理解に大きく寄与する脳科学研究の成果を紹介した。共感の原点は実際の臨床場面にあり、その場で医師(医療者)―患者間で取り交わされた相互作用とそれがもたらす結果について、糖尿病、がん、認知症、腎臓病を持つ人との関わりを通じて提示した。実際の会話や非言語的やり取り、および経過は、それを直接経験しない読み手にも訴えてくるものがある。最後にその測定法について医師側と患者側からの評価尺度を紹介した。

お断りしておきたいことがある。もともと共感はempathyの訳語であり、欧米の概念を取り入れたものである。関連する学術語(英語)の日本語訳が統一されておらず、研究者や分野によって異なっている。そこで、本書では必要と思われる用語については英語・日本語を併記した。

また、共感(empathy)の定義やどの要素を重視するかについてはまだまだ議論が続いている。本書においても筆者によって少しずつ表現や力点が異なっていることを理解いただいた上で読み進めていただきたい。

それぞれの論文は力作であり、各筆者の共感に対する熱意の伝わるものであった。また、編集者の方にはとても読みやすい形に仕上げていただいた。編著者としてこころよりお礼申し上げる。

共感は医療において、病む人にとっても、医療者にとっても極めて重要な機能(能力)である。本書が医師を含む多くの医療人の目に留まり、共感の本質が理解され、臨床場面に応用されることを願ってやまない。

2022年10月
石井均

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■目次

第Ⅰ部 共感概念と医療

第1章 糖尿病医療の体験から得た共感の役割
1.糖尿病医療の難しさを感じ経験する
2.浮かび上がってきた糖尿病医療の課題
3.行動変化に関わるときの医療者の基本姿勢
4.臨床の場から―医療者の基本姿勢が変わると患者はどう変わるのか
5.医療コミュニケーションの視点から

第2章 共感の諸要素と知識
1.共感を構成する4要素(4機能)
2.共感現象をより深く理解するための知識

第3章 他人の視点を学ぶ脳
1.序 コミュニケーションと共感性―ジョハリの窓と相互認識のモデル
2.外身体脳(外感覚および外側運動系)―ミラーシステムと言語と非言語
3.内身体脳(内感覚および内側運動系)―情動的共感と愛着
4.皮質下情動脳(扁桃体と基底核)―接近と回避、安全基地と探索の学習
5.記憶脳(海馬依存性と非依存性)―エピソード記憶と意味記憶と暗黙的記憶
6.注意脳(視線制御)―共同注意と指差しによる身体的対話
7.価値脳(眼窩前頭前野)―価値判断と自尊心
8.認知脳(外側前頭前野)―左右差による言語と非言語・共感性の乖離
9.社会脳(内側前頭前野)―認知的共感性
10.多様な共感性(empathyからcompassionへ)

第4章 医療における共感の実際と効果
1.医療場面における共感の実際
2.共感はなぜ有用なのか、および医療的効果
3.共感のリスク・問題点と対策

第5章 糖尿病医療における医師(医療者)―患者関係〜見立てを軸とした共感〜
1.医学を出発点にしたアプローチ
2.患者の人間理解を出発点にしたアプローチ
3.どのように聴くのか
4.医療者の在り方
5.医療者と治療者の「あいだ」
6.おわりに

第6章 今、医療で必要な共感とは何か
1.医師(医療者)―患者関係の在り方と共感の重要性の変遷
2.医療者に必要な共感要素に対する見解の違い
3.まとめ

第Ⅱ部 実臨床における共感はどのようなものか

第7章 糖尿病症例:認知症と糖尿病を持つ人のケアと共感
1.症例の概要
2.経過
3.考察

第8章 症例から考える腎不全を持つ人における共感の意味
1.症例
2.考察
3.おわりに

第9章 認知症ケアに役立つ共感
1.認知症ケアと共感
2.共感に伴う支援者の変化
3.共感と認知症ケア従事者の育成
4.おわりに

第10章 認知症の人とのよりよい人間関係の構築のために―パーソン・センタード・ケアの視点から
1.症例の概要
2.経過
3.考察

第11章 がん症例 末期患者が手に入れた自己
1.症例の概要
2.治療経過
3.まとめ

第12章 がん症例(急性骨髄性白血病)治療選択と共感
1.急性骨髄性白血病の治療方針と予後
2.症例
3.考察
4.最後に

第13章 がん治療(ケア)における共感とは
1.がんを持つ人の心理
2.カウンセリングと共感
3.共感と対等性
4.共感によってはぐくまれるもの
5.共感疲労
6.症例を通じて
7.まとめ

第Ⅲ部 共感の測定尺度

第14章 Jefferson Scale of Empathy(JSE)
1.共感(empathy)の定義と医学における位置づけ
2.共感を評価する指標:Jefferson Empathy Scale(JSE)
3.米国におけるJSEを用いた共感の評価
4.日本の医学生の共感に関する横断調査
5.医学教育においてどのように共感を涵養するか:医学生の共感に関する縦断調査
6.医師(医療従事者)と医療系学生の共感
7.共感と臨床アウトカム
8.おわりに
9.補遺:Jefferson Scale of Empathy の使用許諾ついて

第15章 CARE Measure
1.共感を測定する質問紙CARE Measure
2.バリデーションの要約、およびこの質問紙を使った研究成果
3.使用にあたっての注意点や連絡先


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■サンプルページ

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■終わりに

今回の「編集後記」、いかがでしたでしょうか。このマガジンでは、金芳堂から発売されている新刊・好評書を中心に、弊社編集担当が本の概要と見どころ、裏話をご紹介していきます。

是非ともマガジンをフォローいただき、少しでも医学書を身近に感じていただければ嬉しいです。

それでは、次回の更新をお楽しみに!

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