第11回 薬剤オーダーの考え方
総合内科流 一歩上を行くための内科病棟診療の極意(11)
森川暢 市立奈良病院
第11回 薬剤オーダーの考え方
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持参薬をそのままDo処方していませんか?確かに、「持参薬継続」と指示簿に書けば済むので、楽です。しかし、本当にそれで良いのでしょうか?
若年者はそれでも良いです。しかし、「ポリファーマシー」「ポリドクター」が問題になり、さらに長期間入院することが予想される高齢者では、薬剤の適切な把握と調整は、明らかにアウトカムに影響を与えます。
今回は薬剤調整の極意についてお話していきたいと思います。
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■症例(病棟の極意・実践前)
92歳女性が急性腎不全と尿路感染症で入院した。神経因性膀胱と脊柱管狭窄症、抑うつ、心不全、高血圧の既往歴があった。医師は持参薬を全て継続処方した。入院時に尿閉を認めて尿道カテーテルを挿入した。しかし入院後、せん妄を発症し、さらに原因不明の悪心と体動困難で全く食事が進まなかった。経過不良であり、老衰として看取り方針となった。
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【極意】
① 薬剤性有害事象
皆さんは持参薬をどのように扱っているでしょうか?
最も簡単な方法は持参薬継続の指示を出しておくことでしょう。これは、内服薬が少ない若年者では、労力が少なく有効な方法だと思います。しかし、高齢者で同じように持参薬をDo処方することは時に危険であることを認識する必要があります。
具体的には、もともと家でコンプライアンス不良で薬剤をほとんど飲めていなかった患者さんが、入院をきっかけに薬剤を全て内服するようになり、薬剤副作用で致死的になるという事態も発生しうるということです。そもそも、入院になったきっかけも薬剤の副作用かもしれません。常に、薬剤の副作用による症状ではないかと疑う目を持っておくことが大切です。
薬剤性有害事象のランドマークスタディであるJADE studyによると、日本の急性期病院の入院患者3459人のうち薬剤性有害事象が1010件発生したと報告されており、薬剤性有害事象は非常にコモンな病態であると考える必要があります[1]。
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② 薬剤性有害事象とポリファーマシー
一般的に5~6剤以上内服している状態を「ポリファーマシー」と規定します[2]。特に高齢者では、「ポリファーマシー」と「薬剤性有害事象」および「転倒」は関連性があるとされていて、一般的に薬剤が増えれば増えるほど不良なアウトカムが起こる可能性が高いとされています[2]。
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③ ポリドクターの問題
まだ学術的論証はされていない印象ですが、「ポリファーマシー」と「ポリドクター」は明らかに密接な関係があり、臨床的にも非常に重要です。
例えば、内科と整形外科に同時に通院しているとします。ひどい場合、同じ薬を内科と整形外科から処方されていることすらあります。
薬剤歴を確認するときには、どこの施設から処方されているかも全て確認すべきです。薬手帳に必ずしも網羅されていないこともあるため注意が必要です。あまりにも通院先が多い場合は、入院をきっかけに、総合的な診療が可能なかかりつけ医に、退院後の内服処方を一括して依頼することも有用です。
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④ 薬剤有害事象のリスト
では、具体的にどのような薬剤で有害事象が起こりうるでしょうか。『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』から、薬剤のリストと起こりうる副作用について抜粋します (文献2[2]をもとに筆者作成)。
いかがでしょうか? どれも日常的に使うことが多い薬剤ではないでしょうか? 特に高齢者で腎不全があるケースでは、薬剤性有害事象が起きやすくなるので注意が必要です。
なお、ガイドラインでは、これらの薬を内服している場合、フローチャートに基づいて減量・中止・変更を考慮するよう、推奨しています[2]。
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⑤ ここまでを踏まえて持参薬をどうするのか?
では、ここまでの議論を踏まえて、持参薬をどうするべきでしょうか。筆者の結論はこうです。
「若年者や明らかに早期退院が見込まれるケース以外では、持参薬の継続処方は行わない」
なぜなら、現実的に入院後に持参薬を減量することは手間ですし、効率が悪いからです。特に急性期病院では、入院してすぐは全身状態が不良であることも多く、全ての薬を内服するのが難しいこともよくあります。よって、持参薬の継続処方は行わずに、持参薬を可能な限り把握して、入院時に院内処方で出し直す、ということが良いでしょう。院内にない薬では、必要な薬のみを持参薬で飲んでもらいます。
なぜ、このような面倒なことをするかというと、入院主治医が処方し直す過程で、真に必要な薬のみを吟味出来るからです。
吟味するためには、例えば、心収縮能が低下した心不全に対するACE阻害薬や脳梗塞2次予防目的の抗血小板薬など、エビデンスが明らかな薬の適応を理解しておく必要があります。また、ジギタリス中毒による食欲不振や、抗コリン薬による尿閉など、薬剤による代表的な有害事象も理解しておく必要があります。さらに、処方し直す過程で入院のきっかけが薬剤性有害事象であることに気づくこともあります(例えば、急性腎不全と嘔吐で入院した患者さんの薬剤を見直したときに、酸化マグネシウムが処方されていることに気づき、高マグネシウム血症による嘔吐であると診断出来ることなど)。
なお、入院時、既に新規抗凝固薬を処方されているケースも、最近では増えていますが、その場合は腎機能のチェックが必須です。腎不全が進行したケースでは新規抗凝固薬は禁忌となるため、必ず腎機能をチェックし、必要に応じてワーファリンへの変更を考慮します。
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⑥ 高齢者で入院後に積極的に導入する薬剤(私見)
ここからは、高齢者急性期病棟で入院後に積極的に導入を検討する薬剤について解説します。
高齢者でベンゾジアゼピンを使用しているケースは稀ではありません。ベンゾジアゼピンはせん妄のリスクとなるだけでなく、抗コリン作用による尿閉など、非常に多様な副作用を起こします。よって、睡眠薬も含めてベンゾジアゼピンは変更・減量・中止を考慮します。
筆者は、高齢者の睡眠薬はトラゾドンを好んで使用しています。トラゾドンは抗せん妄効果も期待出来るため、高齢者病棟診療では必須の薬剤と言えるでしょう[3]。実際に軽度のせん妄はトラゾドンでコントロールが可能であることがしばしば経験されます。さらにトラゾドンはもともと抗うつ薬なので、高齢者の軽い抑うつ症状にも使用可能です。なお、高齢者ではトラゾドンは25~50㎎/日の少量に留めておきます。ただし、嚥下機能低下や尿閉のリスクにはなりうるため、漫然と使用しないことも重要です。
前述したACE阻害薬も、高齢者病棟では頻用する薬剤です。ACE阻害薬は前述したように誤嚥性肺炎の予防効果が示唆されているだけでなく、心不全に対する心保護効果も併せ持っているため、適応があれば積極的に導入を検討します。高齢者医療においては一石二鳥で、1剤で多種多様な症状を改善しうる内服薬はキードラックになりえると言えるでしょう。
また、高齢者の尿道カテーテルはせん妄のリスクとなりうるため、積極的に抜去を目指します。その際に尿閉の治療薬について、内科医や総合診療医も充分に理解しておく必要があります。これらの薬を積極的に導入することで、尿路感染の再発を防ぐことも期待できます。
男性でのアプローチはシンプルで、シロドシンのような強力なα1遮断薬を導入し、3~8日後にカテーテルの抜去を行います[4]。それでも尿が出ない場合は、膀胱収縮力の低下が示唆されます。コリンエステラーゼ阻害薬であるジスチグミンを使用することもありますが、コリン作動性クリーゼのリスクがあるため、一般内科医が高齢者に処方することは可能な限り避けたほうが無難です[5]。ベタネコールもコリン作動性クリーゼのリスクはありますが、そのリスクはジスチグミンよりもはるかに低いため、高齢者でも積極的に使用しています。
なお女性であれば、α1遮断薬としてウラピジルのみが使用可能ですが、α1選択性が比較的低く、血圧低下のリスクも比較的高いことに注意が必要です。女性は前立腺肥大のリスクがありませんので、最初からベタネコールを使用しても良いです。特に便秘を伴う症例ではベタネコールが優先されます。
高齢者の鎮痛でNSAIDsを漫然と処方することは危険なので、アセトアミノフェンに変更することも考慮します。
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⑦ 薬剤プロブレムリストの提唱
筆者は通常のプロブレムリストに加えて、薬剤問題のみのプロブレムリストを使用しています。
具体的にどこの施設からどんな処方がされているかを列挙します。さらに、その薬を中止したか継続しているか、あるいは変更しているかも列挙します。継続している薬剤は「黒色」、中止している薬剤は「灰色」というように、色で薬剤の継続や中止を列挙し、入院中新たに追加した薬は別に列挙します。同時にポリファーマシーや薬剤アドヒアランス不良などもプロブレムリストとして挙げるようにします。
なぜ、ここまで面倒なことをするのかというと、入院中に中止した薬剤で再開すべきものがないか、あるいは追加すべき薬がないかをチェックするためです。
そのためには、薬剤師の検薬の情報が極めて重要です。また、多職種カンファレンスなどで、薬剤師の意見を聞くことで、これらの問題が明らかになることも非常に多いです。
ポリドクターの退院時の診療情報提供にも、Aクリニックにはこの処方を依頼し、Bクリニックにはこの処方を依頼するというように診療情報提供書を使い分けます。
また、通院先が多い場合は、退院時に内服薬を特定のクリニックに全て一括してお願いすることもあります。
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⑧ 退院後のフォローを意識する
退院時のかかりつけ医宛ての診療情報提供書には、薬剤を中止した理由、変更した理由などを詳細に書くことが重要です。
薬剤処方はかかりつけ医と患者さんの歴史の上に成り立つものであり、変更する場合にはそれなりの理由が必要だからです。
外来では得てして薬剤が多くなりがちです。かかりつけ医も減らしたいと思いつつ減らせないということもよく経験されます。かかりつけ医が院内にいる場合などは直接話すことも有用です。特に薬剤副作用が疑われる場合では詳細な診療情報の記載が求められます。
また、患者さん本人、家族にも薬剤性有害事象およびポリファーマシー、ポリドクターについて説明し、退院後はまずはかかりつけ医に相談するように説明することも重要です。
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■ 極意 ■
●高齢者の病棟診療では薬剤性有害事象が非常に多いことを常に意識する
ポリファーマシーだけでなくポリドクターも意識する
●高齢者で副作用を起こしやすい薬と、キードラックとして一石二鳥の効果を期待出来る薬を押さえておく
●薬剤師と連携し薬剤プロブレムリストを使おう
●退院後のフォローを見据えた薬剤調整を心掛ける
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■症例(病棟の極意・実践後)
92歳女性が急性腎不全と尿路感染症で入院した。神経因性膀胱と脊柱管狭窄症、抑うつの既往歴があった。
内服薬を確認すると、内科のクリニックからはフロセミド、酸化マグネシウム、整形外科のクリニックからはロキソプロフェンとH2阻害薬、泌尿器科からは尿閉に対して抗コリン薬が、精神科からはスルピリドとブロチゾラムが、皮膚科からは抗ヒスタミン薬が処方されていた。典型的なポリドクターおよびポリファーマシーであると診断した。
尿閉の原因として、抗コリン薬・抗ヒスタミン薬・ベンゾジアゼピン系睡眠薬であるブロチゾラムが考えられた。またH2阻害薬・抗コリン薬・ブロチゾラムは、せん妄のリスクであると考えた。さらに、急性腎不全の原因として、フロセミド・NSAIDsはリスクであるため一旦中止した。そもそもNSAIDsは心不全のリスクでもあった。
また、腎不全にも関わらず酸化マグネシウムを内服していたため、血中のマグネシウムを測定したところ、高マグネシウム血症を認めたため酸化マグネシウムを中止した。睡眠薬は抗せん妄作用と抗うつ作用を期待してトラゾドンに変更した。その後、軽症のせん妄を認めたがすぐに改善した。抗菌薬と輸液で全身状態も改善し、食事摂取量も改善した。ただ嚥下機能低下を認めたためミキサー食で対応した。腎機能改善後、高血圧を認めたため、嚥下機能改善および心保護も兼ねてACE阻害薬を導入した。さらに尿閉に対してウラピジルを導入した。リハビリを開始したところ腰痛を訴えたため、NSAIDsの代わりにアセトアミノフェンの定期内服で対応した。便秘に対しては、腎不全があっても使いやすいベンコールを導入した。その後、経過は退院となった。
退院後は、もとのかかりつけで訪問診療にも対応している内科クリニックで基本的に処方を一括して管理する方向とした。アセトアミノフェンのみ整形外科に処方を依頼し、NSAIDsを処方しないように依頼した。
患者さん本人、家族にも薬の有害事象について十分に説明し、まずはかかりつけ医を受診するよう指導した。
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【参考文献】
Takeshi Morimoto, et al.Incidence of Adverse Drug Events and Medication Errors in Japan: The JADE Study. J Gen Intern Med. 2011 Feb; 26(2): 148-153.
日本老年医学会, 他. 高齢者の安全な薬物療法ガイドライン 2015. メジカルビュー社. 2015.
Y Okamoto, et al. Trazodone in the Treatment of Delirium. J Clin Psychopharmacol. 1999 Jun;19(3):280-282.
日本泌尿器学会. 男性下部尿路症状 前立腺肥大症診療ガイドライン 2017. リッチヒルメディカル. 2017.
A Hameed, et al.Cholinergic Crisis Following Treatment of Postoperative Urinary Retention With Distigmine Bromide. Br J Clin Pract. Mar-Apr 1994;48(2):103-104.
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■著者略歴
森川暢(市立奈良病院)
2010年 兵庫医科大学卒業
2010年~ 住友病院にて初期研修
2012年~ 洛和会丸太町病院救急・総合診療科にて後期研修
2015年~ 東京城東病院総合診療科(当時・総合内科)、2016年からチーフを務める
2019年~ 市立奈良病院総合診療科
■専門
総合内科、誤嚥性肺炎、栄養学、高齢者医療、リハビリテーション、臨床推論
■著書
『総合内科 ただいま診断中!-フレーム法で、もうコワくない-』(中外医学社)
監修:徳田安春/著:森川暢
■現在連載中
『J-COSMO』(中外医学社)総合内科まだまだ診断中!フレームワークで病歴聴取を極める