第2回 食事オーダーについて
総合内科流 一歩上を行くための内科病棟診療の極意(2)
森川暢 市立奈良病院
第2回 食事オーダーについて
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高齢者が増えている昨今において、食事オーダーは高齢者の病棟診療を安全にマネジメントするための必須スキルです。食事オーダーを甘く見ると、必ず足元をすくわれます。早速、食事オーダーについて解説していきましょう。
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■ 症例(病棟の極意・実践前)
認知症と誤嚥性肺炎の既往歴があり、嚥下機能が低下している介護施設入所中の高齢女性。今回、尿路感染症で内科病棟に入院になった。入院主治医は、前回の入院時と同じように、常食をオーダーして、尿路感染の治療薬と点滴のオーダーを行った。入院当日、患者さんは常食を食べている最中に、急激に酸素化が悪化し、10Lマスクでなんとか酸素化が保てる程度になった。実は、介護施設ではミキサー食を食べていたと、後に判明。家族から、「なぜ、施設の食事内容を把握していなかったのか」と主治医に対して、クレームが入った。
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【極意】
① 嚥下食
食事オーダーの肝は嚥下機能の評価です。誤嚥性肺炎では、言語聴覚士(以下、ST)が介入して食事を決めるので、医師の仕事じゃないと思う方もいるかもしれませんが、とんでもありません。嚥下機能を適切に評価し、それに見合った食事をオーダーすることは、内科医の腕の見せどころです。
原則として、介護施設や家での食事形態は、必ず確認を行うべきです。また、「ソフト食」という言葉に関しても、それが意味するものは、ミキサー状の食事であったり、ゼリー状の食事であったり…。実際の食事形態が、画像としてイメージ出来るように、適切に問診を行い、食事のオーダーを行うべきです。そのためには、まず、所属している病院の嚥下食の食事形態を、具体的に把握しておく必要があります。つまり、ベッドサイドで、患者さんがどのような嚥下食を食べているか、実際に見る必要があるのです。さらに、日本摂食・嚥下リハビリテーション学会の嚥下調整食分類 1 も一度は目を通すことをお勧めします。
また、普段は常食であっても、高齢者では、感染症など全身状態の悪化に伴い、嚥下障害が顕在化することがしばしばあります。入院前の食事形態と全く同じでも大丈夫という保証はないのです。よって、高齢者で全身状態が不良であり、意識レベルが軽度でも低下している場合などは、最初は、食事形態を「落とす」方が安全です。
例えば、常食を食べていたのならば、トロミ付きの刻み食に「落とす」ことを考えます。では、絶食にすれば良いのではないかと考えるかもしれませんが、完全に絶食にする期間が長くなればなるほど、嚥下筋の廃用が起こり、嚥下障害が不可逆になってしまいます。つまり、ゼリー単品だけであっても、食事を継続した方が良いのです。また、一度「落とした」食事形態が、そのままというのもいただけません。全身状態が改善し、離床が進めば、食事形態もまた徐々に「上げていく」必要があります。
目標は、入院前の食事形態です。この際、所属している病院にSTがいれば、STと連携することが重要です。しかし、STが所属している病院にいなければ、医師が、可能であればベッドサイドに立ち会い、食事形態を「上げる」たびに、安全に食事が出来ているかを確認する必要があります。
なお、最終的な食事形態は、退院時や転院時、必ず診療情報として、記載することが重要です。当然ですが、嚥下食を食べていることが十分に伝わらずに、常食を食べてしまった場合は、窒息のリスクがあります。常に嚥下食に気を配ることが、高齢者診療の原則と言えます。
② 制限食
高齢者で、よくある落とし穴が「塩分制限食」です。皆様は、塩分制限6gの味は、イメージが湧くでしょうか? 基本的に、ほぼ味がないと思った方が良いです。特に、認知機能低下を来たした高齢者では、塩分制限食が食欲不振の原因となり、その結果、脱水となるという笑えない話はよくあります。そのような場合は、塩分制限食を解除し、むしろ、栄養士と連携して、醤油などを付加した方が良いこともあります。
しかし、心不全で、塩分制限をしなくてはいけない場合はどうするのかという話題は必ず出ます。塩分制限食をすることで、食事量が減少し、低栄養が進むのであれば、本末転倒でしょう。自宅では結局、塩分制限が守れないのであれば、入院時にのみ行う塩分制限に、どんな意味があるのでしょうか?
また、「タンパク制限食」も同じ誤謬をはらむ可能性があります。食欲が低下した高齢者に、タンパク制限食を行うことで、むしろ筋肉量が低下して、サルコペニアが悪化するといったリスクが出てきます。若年の肥満患者さんと虚弱高齢者の腎不全をまとめて扱うことなど出来ないのです。
③ 嗜好
制限食とも被りますが、入院中の高齢者の食欲不振の原因として、嗜好の問題が挙げられます。前頭葉機能が低下した場合に顕著になりますが、麺しか食べないなどの極端な偏食がみられます。
そのような事態に対応するためにも、日々、食事量をチェックすることが極めて重要です。食事量が少ないのであれば、その原因として、不適切な制限食や嗜好の問題がないか、常に考える必要があります。
もちろん、食欲不振の原因は多岐にわたりますが、栄養士に相談し、嗜好を探ることは、原因が何であっても有効です。栄養士と密に連携し、適切な食事を提供することを目指すべきです。
なお、そのような試みが難しい場合で、嚥下機能が保たれているのであれば、持ち込み食を家族に頼んでも良いでしょう。出来るだけ、自宅と同じような環境を整えることが重要です。
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■ 極意 ■
● 介護施設や家での食事形態は必ず確認を行うべき。
● 塩分制限、タンパク制限は慎重に考える。
● 不適切な制限食や嗜好の問題がないか、常に考える。
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■ 症例(病棟の極意・実践後)
認知症と誤嚥性肺炎の既往歴があり嚥下機能が低下している介護施設入所中の高齢女性。今回、尿路感染症で内科病棟に入院になった。普段はミキサー食だったが、全身状態が不良であり、入院してすぐは、毎食単品ゼリーのみで経過を診る方針とした。解熱に伴い、全身状態は改善し、徐々に食事形態をミキサー食に戻していった。しかし、食事量が少ないままであったため、栄養士と相談したところ、濃い味付けが好みであることが判明。練り梅や海苔の佃煮を添えたところ、食事量は改善し、点滴も不要となった。離床も進み、問題なく退院となった。
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■著者略歴
森川暢(市立奈良病院)
2010年 兵庫医科大学卒業
2010年~ 住友病院にて初期研修
2012年~ 洛和会丸太町病院救急・総合診療科にて後期研修
2015年~ 東京城東病院総合診療科(当時・総合内科)、2016年からチーフを務める
2019年~ 市立奈良病院総合診療科
■専門
総合内科、誤嚥性肺炎、栄養学、高齢者医療、リハビリテーション、臨床推論
■著書
『総合内科 ただいま診断中!-フレーム法で、もうコワくない-』(中外医学社)
監修:徳田安春/著:森川暢
■現在連載中
『総合診療』(医学書院)指導医はスマホ!? 誰でも使えるIT-based Medicine 講座
『J-COSMO』(中外医学社)総合内科まだまだ診断中!フレームワークで病歴聴取を極める