裁判傍聴 マッチングアプリ美人局

 恐喝 不同意わいせつ 強盗監禁 性的姿態等撮影 逮捕監禁
 
 物々しい罪状が陳列されたセットリストに記された名前はどこか中性的な、所謂キラキラネームの片鱗を感じる名前だった。

 開廷まで時間があった為、その名前で検索してみたところ、いくつかのニュース記事が出てきた。
 21歳で無職の被告人は18歳の少年2人と共に繁華街にほど近い路上で男性を暴行し現金16,000円を奪ったとして逮捕された。この事件の昨年秋ごろから県内では同様の事件が複数起きており他の事件にも関与している疑いがあるというものだった。そこから推察するにおそらくその”他の事件”が今回の裁判のものだろう。
 そして、今回の事件はマッチングアプリで知り合った20歳大学生の男性をマンションの一室に監禁し暴行を行った上で現金を奪った、というものであった。
 
 開廷30分前から扉の前で待機していたおかげで、最前列は被告人席に一番近い席に座ることが出来た。
 しかし、その日は他に人気の裁判員裁判が行われていたこともあってか傍聴席に人はまばらであった。金曜日というこの地裁では比較的件数が少ないと言われる曜日だったので競争率が高いことを予想していたが大きくハズレた。とはいえ最前列がとれた事と、横には誰も座っておらずのびのび傍聴出来るので内心はニコニコである。
 
 今回は審理という事で証人尋問が行われる様だ。法廷の真ん中にはついたてに囲まれた証人席が設けられている。定刻に近付くにつれて続々と検察、弁護士と人が集まってくる。
 どんな被告人が来るものかとワクワクする。

 それからすぐに刑務官に連れられて入ってきた被告人はまばらハゲが目立つ、ボウズのポケモンでいう所のビリリダマに酷似した男性だった。後に聞いた話だとこの前の公判で突然頭を丸めてきたのだという。丸めた頭のせいでまばらハゲが目立ち、まるで古びて錆びついたビリリダマだ。「丸める前はすごかった」という事だったが、どうすごかったのかは気になるところである。
 彼の中性的な(どちらかというと女性的な)名前の語感と、下調べした際にマッチングアプリで知り合ったという被害者が男性であった事、そして罪状に不同意わいせつもあった事から私は被告人はてっきり女性だと思っていた。まったくもってがっかりである。
 勝手に地雷系でありながらパワーで全てをねじ伏せるタイプのユンボ系女子を想像していた。私がニュース記事を読んだ際に「男性」という単語を見落としていたことが原因だが、それでもやはりがっかりだ。

 被告人の男性はアンダーアーマーに厚めの生地が目立つ白Tシャツ、下はアディダスの三本線のジャージに便サンこと便所サンダルという姿で現れた。きっと塀の外ではピチピチパンツを履いてガニ股で歩いているタイプの人間だろう。
 そんな彼が便所サンダルの下に履いた靴下はOLがパンプスに合わせる様なウルトラローライズなものでこの靴下はどういう層がどういう目的で履くのかという疑問がよぎった。この靴下はこう履くのが正解なのだろうか。正解が分からない。
 あるいは便所サンダル用の靴下として拘置所の売店で売られているのかもしれない。もしそうだとしたらサンダルと合わせて欲しいものだ。そう思ったので早速「さしいれや」のサイトで調べてみた所、彼ほどのローライズな靴下はラインナップに無かったので私物であるらしい。
 そして「さしいれや」で掲載されていた肌着・Tシャツ類は私が着用しているものよりも大体に於いて高価であった為に少し悲しくなった。無地のスウェットのセットアップで6000円で靴下も600円、差し入れなどの手数料もあるとはいえやはり高い。
 

 最前列に座る私からは、被告人の男性は手を伸ばせば頬に触れる事ができるくらいの距離だった。被告人の男性が席に座る瞬間、彼と目があった。きっと私が前のめりになって見ていたからだろう。
 彼の目は切れ長の一重で、妙な迫力があった。私よりも10も年下であったが、それでも少し気圧されてしまう程の迫力を彼は持っていた。サファリパーク程ではないにせよ、柵越しでなければここまでじっくり見ることが出来ないような人種だ。ウィンクを送ろうか悩んだがそこから事件に巻き込まれる可能性を鑑みて諦めた。
 
 気がつくと裁判官が入廷しており、ぬるりと開廷した。
 
 事件は昨年の冬、クリスマスを目前にした水曜日の午前二時過ぎに起きた。舞台は踏切ではなく、あるマンション3階の一室だった。被害者の男性はマッチングアプリで知り合った女性と、彼女の自宅だというマンションの一室へと足を踏み入れた。彼女に促されるままに彼がリビングへと上がると女性は部屋から出ていき、出ていく女性と入れ替わるようにして被告人の男性を含めた4人の男性がリビングへと入ってきた。どうやら彼女の背負っていた大げさな荷物はカルマであったらしい。

「お前誰?」

 静寂を切り裂いた声と共に被告人は被害者男性を突き飛ばした。状況が掴めず唖然としている被害者男性に対し「誰の家だと思ってる」という様なことを言うと、スマートフォンと財布を出す様に言った。
 断ると殴られる、もしかすると殺されるのでは、と思った男性は逆らわずスマートフォンと財布を男性に手渡した。
 共犯者のうちの一人がスマートフォンから女性の連絡先を消し、また別の男性は包丁をちらつかせながら財布からキャッシュカードを抜き取ると「下ろしてこい」と指示を出した。その際被告人の男性から「逃げたらわかっているよな?」「逃げたら刺す」という脅しの言葉が飛び出した。

 その一連の指示していたのは被告人の男性だったという。
 
 それから包丁をちらつかせていた男と共にマンションから徒歩5分程の場所にあるコンビニへ向かい、口座にあった現金の全てである55,000円を下ろさせた。その際、包丁を持った男性はコンビニの外で待っていた為、被害者の男は店員に「助けてくれ」と声を掛けたが対応した店員は外国人だったこともあり彼の勇気も虚しく助けを求める声は届かなかったという。
 そのまま被害者は店外に居た男性と合流し、マンションへと戻った。
 
 マンションに戻ると金を受け取ったリーダー格である被告人の男性の指示で服を脱がされ写真を撮られた挙げ句、その場に居た4人の男性や女性から複数回殴られ模造刀を突きつけられたりしたという。
 その後、1時間半程すると男性2人と女性は自宅へと帰っていき、被告人ともう一人の男性と共にまた別の女性の運転する車に乗せられ、少し車を走らせたところで降ろされた。開放された男性はそのままの足で警察へと足を運び被害届を出すに至った。
 クレジットカードはすぐに停止の手続きをしたものの、スマートフォンによる電子決済でいくらか不正利用されていた。とはいえ、幸いそれについても不正利用ということで請求は免れたということだ。しかしスマートフォンは後に警察経由で返ってくるまでの間に結局新しく買う羽目になったという。
 
 概ねこういった内容の証言を被害者男性はついたて越しにボソボソとした声で語った。途中、その供述に対して被告人はため息を吐いたり首を横に振ったりとすこしばかり苛立っている様子が見て取れた。

 ここで語られたストーリーは少しばかり正確ではない。正しくは”被害者男性ディレクターズカット版”と言うべきだろうか。
 
 その後に弁護士側からの質問で明らかになったのは、そもそも被害者男性が売春目的で女性と会っていた、という事実だった。そしてその女性はあろうことか17歳であった。
 おそらく年齢を偽って知り合った(あるいは年齢を偽ってマッチングアプリに登録していた)のかもしれない、そもそも売春行為は犯罪だ。
 また、当然そのマンションは女性の自宅などでなく、被告人の自宅であった。その事もあって「不法侵入である」だとか「未成年相手に売春を行おうとした」という切り口での恐喝へとつながった。
 また、被告人の男性がリーダー格である被告人の男性が言ったとされる「逃げたら分かってるよな?」という言葉については事件当初の供述調書には書かれていなかったという。本人は言われた覚えがある、と反論していたがそれに対して弁護士は「もう事件から時間が結構経っている。それよりも事件直後に取った調書のほうが正確では?」とつつかれ、被害者男性は結局「記憶が曖昧でなんとも言えません」と萎縮していた。
 それに併せ、「逃げたら刺す」という発言についても包丁を持っていた共犯者の男性からのものではないか、という弁護側から問われていた。それに対して「被告人によるものだった」と答えていたがそれについては被告人は相当不服だった様で「はぁ!?」と声を上げていた。これについては状況を鑑みるとなんだか弁護側の主張である共犯者の男性から出た言葉という方が筋が通る気がする。
 また、金銭の要求についても被告人から穏便に済ませるために自発的に払ったのでは、という声も出ていた。これいついては被害者男性は否定していたがその声を聞いた被告人はやはり不服そうな態度を見せていた。これは恐らく被告人の男性はこういった事件においての定石である「誠意をみせろよ」という暗に金銭を要求する発言をしたにも関わらず、被害者の男性が意訳し、実際の言葉とは別の供述をしたことによる齟齬な気もする。
 真実は今となっては当事者達の脳みその中で劣化した記憶という形でしか存在しない。ただ、それでも第三者として見ていて些かばかり思うところがある。
 
 被害者男性はどうやら流されやすい性格の様で、供述がころころ変わったりするのは事件直後で落ち着かないまま書いた調書と記憶との間にギャップがあったのかもしれない。その際には警察や検察の言葉に多少流されるとこもあったのだろうか。そしてこの法廷では弁護側に流される姿が散見された。弁護士は弁護士で時間の経過やこうした詰めの甘さを上手く突いて被告人の罪を少しでも軽くしようとする様が見て取れる。意図は分かるが個人的な心象としてはいかがなものかと思ってしまう。
 そして被害者は被害者で最初の供述で「なぜ脅迫されるに至ったのか」だとか「そもそも売春目的であった」という自身に不利なことを伏せていたり、主張としては理解できるがやはり納得しきれないところがある。
 
 また、それに対し被告人は被告人で、被害者の証言の内容に対して「そこまでやってないだろ」とでも言いたげな反応をみせていた。細部のディテールはさておき、やることはやっているのは事実なのでそんな顔するのはどうなのだろうか。裁判に於いて細かいところまですり合わせを行う必要があるのはわかる。それにしても、被告人の男はもう十分すぎるくらいにやっているのだ。すくなくとも金銭を奪った上に人に暴行を加えたという事は事実であり犯罪だ。細かい脅迫のくだりで騒ぐな。

 どうやら当事者全員が大きな問題を抱えているらしい。
 
 この事件で逮捕された被告人の共犯者は17歳の女子専門学生、14歳の男子中学生、高校生ら2人とされている。包丁をちらつかせていたりしたのも暴行を加えたのも10代の未成年達だった。そんな人達とどうやって知り合ったのか、そしてどうしてつるむようになったのか。その背景が気になる。
 
 小学生や中学生の頃、年下の人としかつるまず、下級生や小学生と公園でカードゲームに勤しんでいた人を学年に1人は見た気がする。なんらかの理由で同年代のコミュニティに属する事が出来ず、絶対的に権力を握る事ができる環境に依存する人間は一定数存在する。

 そうした人間の成れの果てだろうか。
 
 本来であれば若輩者の突飛な行動にブレーキを掛けるべき立場になるであろう彼はこの期に及んで「俺はそこまでやっていない」というスタンスを保ち続けていた。
 それは年下だろうと平等に扱うという考えによるものなのか、あるいは自己保身か。そもそもそこまでの考えも無いような気もする。
 こうした美人局から発展する脅迫事件というものは結構昔から起きている。名作マンガ「闇金ウシジマくん」の「ギャル汚くん編」でも類似の事件が描かれていたが、作中では上手く細部が詰められており、通報を避ける仕組みが出来ていたが今回の事件ではそういった詰めが余りにも甘かった。
 スマートフォンから女性の連絡先の削除した事やコンビニの店内まで同行しないという点、全裸での写真を撮影したことなどは間違いなく通報対策だろう。しかし、それにしても得られた金銭があまりにも少なすぎるし自宅の場所など足が着くポイントを避け切れていない。
 通報に関しては恐らく売春行為という事実と被害者男性の全裸の写真という脅しの材料があるから大丈夫だろうとたかをくくっていたのかもしれないが、実際に行為に及んでいないという事実と被害者の社会的地位からくる「通報することに対してのリスクの少なさ」を加味で来ていなかったことが推察できる。詰めが甘いとすら言えない程のそれだ。
 そして被告人の男性がハメた男性がマイク・タイソンみたいな人だったりしたらどう動くのかという点も気になるところだ。
 また、こうした事件に於いて「未成年相手に売春をした」という切り口が含まれることが多々あるが、それは恐らく恐喝を行う側の精神的な負担(不当な事をしているという実感)を軽減する効果があるというのも大きいだろう。
 一時流行った高齢者を狙う詐欺事件などの裏で「年寄りが金を溜め込んでるから経済が回らない。これは社会経済を回すための行為」と謳われていたのもこれと近い物があるだろう。
 今回の事件の被告人たちは他にも多数事件を起こしており、そこまで考えているかというのは些か疑問に思うものの、こうしたこうした心理も犯罪行為が日常に組み込まれるようになるまでの過程でそれなりに影響していそうな気もする。
 
 そして、被害者の男性も大学生である。私は大学を出ていないしそもそも入学もしていないのであまり内部事情は分からないが普通に同回生に好い人を見つけるのではいけなかったのだろうか。
 社会に出てからよりも大学のほうがそういった繋がりは生まれそうなものだ。そんな中でマッチングアプリを用いて買春を行おうとするのはどうなのだろう。大枚叩いて危ない橋を渡るよりもそのお金を使ってもう少し着飾ったりという努力をしたほうが良いのでは、と思ってしまう。
 もしくはスケベなお店にでも行ったほうが安心である。素人がいいという気持ちもあるのだろうがそれは素人系の店でも探せばいい。それくらい多分あるだろう。そしてそっちのほうが幾分安上がりだし、うっかりアブノーマルな店を選ばない限り殴られることもあるまい。現実世界を生きていく上ではそうやって理想と現実の折り合いを付けなければいけない。
 夢にすがりついた結果がこの有り様ではもうどうしようもない。
 

 被告人は他の事件逮捕された際に「遊ぶ金が欲しかった」と犯行動機を語っていた。今回の裁判では犯行動機について彼の口から語られることは無かったが、恐らく今回も同様の動機とみていいだろう。
 彼はどこでどういう遊びをして日々暮らしているのだろうか。最近私は友人とチェスをしたりして遊んでいるばかりで平均的成人男性の遊び方をあまり知らない方なので参考までに教えてほしいところである。
 また、21歳無職でどういう経緯であのマンションに暮らしていたのだろう。彼が住んでいる付近のマンションの相場は私の住むアパートを大幅に上回る家賃であった。週5日働いている私の財布事情は寒々しいのにこの格差はなんだろうか。マンションは親の所有だったりするのか、あるいはまた別の収入源があるのか、謎は深まるばかりだ。

 私の知らないところで知らないシステムが働き、社会の一部として廻っていると思うとなんだか不思議な気持ちになる。
 田舎の町角にある年中セールと書かれているブティックの様に、どうして生活が成り立っているのかこれっぽちも想像のできないものはこの世に溢れている。それなのに私は週に5日8時間働いても生活は苦しいままである。納得がいかない。
 
 そして最後に、被害者男性は買春行為により何らかの罪に問われたのだろうか。個人的には彼が最後の瞬間まで全面的に被害者という顔をしていたことに終始違和感を感じて仕方がなかった。おそらく彼は今回その罪で裁かれることはないのだろう。
 しかし実際、行為に至っていないとはいえ彼は男たちが出てくるまでやる気満々だったのだ。自分が被害者だと主張するならば自分が一線を越えようとしていたという事実もしっかり受け止めてほしいものである。そもそも彼が被害者になった原因の一つは間違いなくその下心があったからなのだ。
 
 未成年の見えないものを見ようとする前に見えてる法律などを見落とさないようにしてもらいたい。

 話はそれからだ。

いいなと思ったら応援しよう!