元エホバの証人二世マッチングと新興宗教施設訪問のエピローグ
マッチングアプリを使って婚活をしている師匠にならって私も少し前からマッチングアプリを入れている。
私はマッチングアプリを開く時、大概において酒酔いの状態であることが多い。そうでないと見ていられない人も多いし、勢いだけでスワイプすることが出来るからだ。勢いは大事である。よしんばそれによって事故が起きても勢いさえあればこっちのものだ。むしろ勢いが足りず中途半端な事故が起きるのが一番怖い。
私が使用しているマッチングアプリは治安が悪く性病の温床となっているとすら言われるそれで、実際やってみるとパパ活に副業の勧誘、ホスト・キャバクラ・風俗等の営業から果てにはロマンス詐欺と、噂に違わぬ治安の悪い世界が広がっていた。
健全な目的らしき人も居るものの「車はステータスだと思っているので軽に乗ってる人はごめんなさい」だとか「イケメンしか興味ありません」だとかそもそも私が相手の眼中に入っていないという有り様である。これに対しては瀕死の状態でぐうの音を吐くことしか出来ない。ぐぅ。
また、私はなんだか面白いからという理由でマッチの対象を男女問わずに設定していることもあり性別問わず出てくる。その為、たまに男性とも(概ね誤スワイプが原因となり)マッチする。そういう人たちの多くは同性愛者かネットワークビジネスなどの勧誘がほとんどだ。とはいえ、マッチしてもすぐに返事が来なくなる。それも2ラリーくらいでである。自己紹介にも進まない。
どうやら私の話は挨拶の段で人から引かれる様だ。長きに渡り独り身として暮らしてきた弊害だろうか。
挙げ句、私はアプリ無課金である為そもそもマッチし辛い状態だ。個人的な主観として無差別スワイプを行う怪しい外国人と男性を相手取ればマッチは容易であるようだが、もっともその層は求めていないので実質マッチしないと言っても過言ではない。このアプリの世界においても、「マッチしやすくなるかも」という蜘蛛の糸よりもか細い希望にすら金を積む必要があるらしい。神はない。
しかしそれでも、一切異性とマッチしないのかというとそういう訳でもない。男女比が崩れていることもあり、競争率が高くそうそうあることではないが一応無課金でもマッチはする。そしてそれもやはり大体に於いて返事が来なくなる。やり取りが続いたら奇跡に近い。
そんな奇跡が起こり私がマッチしてやり取りが続いているのはひたすら日記を交換(交換日記とはまた少し違う、奇妙な関係性だ)している人くらいであったが、最近もう一人新しくやりとりが始まった。
その人のプロフィールの写真はネタ画像のみで本人の写真はなく、資産を想起する語と「竹中」という日本人の名字由来と思しき語を組み合わせた名前が特徴的だった。
そのせいで、一応プロフイール上では27歳の女性ということだったが私の脳内ではミンクの毛皮を首に巻き、資産家でギラついたファッションに身を包んだ竹中直人の姿が想起された。それも劇場版「トリック」で出てきたときと同じくらいの怪しい笑顔を浮かべているときの竹中直人だ。陽気に歌って踊りながらカッ開いた瞳孔を見せつけるかのように目を見開き、奇っ怪なステップを刻んでいる。
あまり覚えてないが多分名前の語感が良いからという理由で右スワイプしたのだと思う。
どうやら向こうは私のプロフィールに書かれた裁判傍聴という言葉に興味を持ってマッチに至った様で「裁判の傍聴が好きなのですか?」というメッセージで我々のやり取りは始まった。
note記事のビュー数を増やしたいというみみっちい私は、そっとこのnoteページのリンクを送った。
すると大変興味深いネタがこぼれ出た。
「最近仲良くしていた人が(ドラッグの)売人疑惑あったので」
「ちなみに私は母親が元エホバです」
もうどこから掘れば良いのかわからない。初めてアマゾンプライムビデオを開いたときと同じ気持ちである。ラインナップに見たい映画が並びすぎていてどこから再生するべきかがわからず感情が大渋滞である。その時の私の口角は藤田和日郎作品の悪役くらいにつり上がっていたと思う。
エホバの証人とは、1870年代にアメリカで始まった新宗教の団体である。主に新世界約聖書を用い、聖書を解釈しているキリスト教の一種である。教義を要約すると下記のとおりであるが、これはあくまでも私がざっくり流し読みした程度のものであるので厳密な考証は行ってない。
全てのものは創造者によって造られ、神は唯一神エホバである。キリストは神性を備えた神の子であるが全能の神そのものではないとされ、天使長ミカエルと同一である。
当初、神はアダムとエバに地上で永遠に生きられる命を与えたが、二人が天使サタンに従い神に反逆しため、二人とその子孫である人類は永遠の命の権利を失った。
それ以来、世界と人類はサタンの支配下にあるが、聖書予言は今が世界の終わりの時であることを示しており、間もなくキリスト率いる神の軍団がハルマゲドンによりサタンによる支配を終わらせ、地球にパラダイスと神の名誉を回復させる。その時、神に従う人間はイエス・キリストが地上に来て捧げた償いの犠牲により、アダムから受け継いだ罪が許され、死んだ人たちも復活させられて神の教育を受け、神に従うことを選ぶなら永遠に生きる機会を得る。
なんだか私が知っている聖書のストーリーとは大きく違うがこういうものらしい。そして1870年代には終わりの時だと言われて今は2025年である。実にゆっくりと終わりは進むようだ。
また、エホバの信者以外はサタンの支配下に居るという解釈であることから後述する「忌避」だったり、信者ではない人に対しての妙な温度感、距離感などが生まれるのだろう。
エホバの証人の教えなどについてなどは知らなくとも、その名前を知っている人は多いだろう。
教えの中で禁止事項が多かったり、「輸血拒否で死亡」「虐待」といったネガティブな事件は一時世間を賑わせたりもした為そのイメージは強い様に思う。他にも教団内での性加害問題なども起きていると言われている。
普段、初対面の人と率先して会話をしようとしない引っ込み思案な私にとって出会い系アプリ、それも治安の悪いそれで知り合った人と出かけようという気持ちになることはそう起きることではない。突然怖い屈強な男が現れて身ぐるみを剥がれる可能性がちらついて仕方がないからだ。しかし、以前訪問した崇教真光の導師に次ぐ二世信者というのがどんな人なのかというのが気になって仕方がない。これはもう100%の下心といっても過言ではなかったが、それがどういうものであれ出会いを提供するアプリであるし、世間一般でいう所の下心よりもまだ健全だろうと勝手に自分に言い聞かせ、彼女をお茶に誘ってみた。
返事はすぐに帰ってきた。
「ぜんぜんあり」
そういう訳でその週末、彼女と会うことになった。
その日は前夜にいつもの居酒屋で飲んでおり、帰り際には常連からほとんど飲んでいない日本酒を押し付けられた事によって夜9時前にはシャワーと歯磨きを辛うじて済ませた後に半ば気絶という眠りについていた。そのせいで朝の四時というおかしな時間に空腹で目を覚ました。
その段になって急に緊張してきて二度寝が出来なかったので朝から「スペースボール」というB級映画を見たり、やけに遅く過ぎる時間をなんとかやり過ごしてから家を出た。
晴れては居たものの冷ややかな北風が頬を叩く昼下がり、指定された駅へと向かう。道中、その駅のほど近くにはエホバの証人王国会館があり、きっとかつて彼女の家族はそこへ通っていたのだろうなんてことを想像してみたりした。当時その近くの会社に出入りする機会があり、そこでたまに小綺麗な身なりのマダム達がそこに集まっていたのを思い出す。
ちなみに、それについて後に聞いてみたら当時にその施設はなかったということと、彼女が出入りしていたのはまた別のコミュニティだった。
待ち合わせ場所にやってきたのは細身なハーフ顔の女性だった。プロフィールの年齢よりも若くも見えるし年相応にも見える。そして竹中直人要素は少しも感じられなかったし、ミンクの毛皮も巻いていなかった。残念。
勢いで誘ってみて今更ながら私の引っ込み思案のせいで大事故が起きるのではという心配が過ったが、大変気さくな方で冒頭からティンダーで知り合った面白い人列伝などを聞かせてくれた。
少し車を走らせて隣町のチェーンの喫茶店へと入った。店内は年末の香りが薄っすらと漂っておりそこそこの客入りがあったがすんなりと席に座ることが出来た。
私は調子に乗ってカツサンドというわんぱくなものを注文しつつ、さっそく本題に入った。
彼女は母親がエホバの証人の信者で、その二世として入信するに至ったとう。しかし母親が信心深い人であったということで、教えを深く理解しようと様々な人とディベートを繰り返していたが納得できない所などがあり、それをインターネットを駆使して調べていたところ、教えの矛盾などに気づき彼女が小学校低学年の頃にエホバから離れる事になったのだという。
原則、エホバではインターンネットという俗と距離を置き、できるだけ使わない様にという教えはあったものの教えを深く理解しようとする信仰心がそれに勝ったらしい。
脱会する際には有名な「忌避」(脱会後に他の信者との交流が一切禁止にされること)があったというが、エホバに入会したときから仲良くしてくれている家族が周りに居たりと、エホバ外でのコミュニティも少なからずあった事で完全な孤立ということにはならなかったということだ。もっとも、脱会したことで精神的支柱が失われたせいか、精神的なバランスは崩したという話も出ていたので何が正解なのかは私には分からない。
また、そうした教えが深く根付いた幼少期の家庭環境ではあったがエホバの証人に関わるもので有名な「ムチによる折檻」などはなかったそうだ。聞いてみるとどうやら私のほうがよく叩かれたのではと思うくらいであった。もっとも私はムチでも平手でもなくサランラップの芯であった。今でもサランラップを使い切ると思い出す。あれは痛かった。
ちなみに彼女は入信していた当時には勧誘でパンフレットを渡す役を賜っていたらしい。宗教勧誘でよく見聞きする構図のあれである。また、週に二回王国会館に出向く際には施設内で毎回お布施にの箱にはそれなりにゼロの付いた紙のお金ばかりが入れられておりそこからも同調圧力のようなものを感じたと当時を思い出して語っていた。
それでもネガティブな話しばかりではなく、大会が行われた際にはキレイなドレスみたいなお洋服を着せてもらいお友達とはしゃげて楽しかったとも言っていた。そうした側面も間違いなく存在した。
そうした話を彼女はあっけらかんと語ってくれた。
一連の話を聞いて私が「子供の頃のコミュニティ由来の気質は、それがどんな由来なものであれ逃れられないことが多い為、宗教が全て悪いという風に一概には言えない節があるな」という感想を抱き、それを口にすると彼女は「でも、エホバだったり新興宗教関係の家で育った子だったりすると特徴みたいなの出ますよ」と語った。
親が教育の際に「教えに背くからだめ」と教えたとする、すると子どもの中でその「教えを破ることがいけないこと」であるという事実に対し「なぜ?」という疑問が湧いた時にその回答が親の教えに対しての解像度が低かったりするとそこで親子間での軋轢が生まれたり、ちょっとした歪みのようなものが生じていくのだそうだ。
確かにそれを聞いて子どもに宗教の教えの由来などを正確に伝えるのは難しいな、と納得した。そして納得すると同時に自身の理解の浅さが急に恥ずかしくなり、手元のコーヒーに手を伸ばしたがすでに空だった。
そうした話を雑談交じりにしつつ、結局想像以上に長々と居座ってしまった喫茶店を後にした。少しばかり後ろ髪を引かれていたところで彼女が私が前に行った新興宗教施設である崇教真光の道場に興味を示していたので「前まで行ってみる?」と聞くと乗り気な返事が帰ってきたので我々はおかわり二回戦として懐かしの道場へと向かった。
当時、グーグルで調べるとすぐに出てきたにも関わらず全然ナビで出てこず、手こずりながらもポコポコ車を走らせる。少し曲がるところを間違えながらもなんとかたどり着いたが様子がおかしい。
かつて駐車場としてしっかりと雑草が刈られ、申し訳程度ではあったものの、それとしてちゃんと機能していた空間には「売地」の看板が雑草の中に鎮座しており、かつての道場は小綺麗な一軒家に変わっていた。いびつな形の一軒家を改造した様な道場の面影は何一つ残っていなかった。
あの地に籍をおいていた導師はどこへ行ってしまったのだろうか。調べてみてもその道場の顛末については何も出てこなかった。まるで夢から覚めてしまったかのような、物悲しい喪失感に襲われた。
最後に道場へお邪魔してから2年も経っていない。少子高齢化が進んでいるとはいえそこまで一気に進むものなのだろうか。心にぽっかりと空いた寒々しい感覚は冬の北風によるものだけではないだろう。
所謂伝統宗教という様な宗教でも現在日本では厳しい状況にある。周りの人の話を聞いていても自分の家がどの宗派であるかを知らないという人も多く、檀家制度が崩れていっているのを身を以て感じる。その為、所謂ワーキングプアのような生活を強いられる僧侶も多く、サラリーマンや他の事業と兼業する僧侶も多いと聞く。また、副業として活動する宗派を問わないフリーランスのお坊さんというものまで生まれているのが現状であるという。
また、そうした背景と併せて寺院の後継者問題も際立っている。これは比較的安価にお経を挙げてもらう事ができるフリーランスのお坊さんの台頭と現代人の仏教離れが大きいのだろう。
現在、京都や奈良の様な有名寺院以外に一般の人々が高額のお布施を落とすことはほとんどない状況で、地方の寺では御朱印や寺の装飾にこだわり、人を呼ぶために工夫を凝らしている。シンセサイザーや和太鼓の演奏を取り入れ話題になった寺も記憶に新しい。
この過渡期にどう振る舞うか、というのは生き残りという観点に於いてとても大切になってくるのだろう。
崇教真光の道場が無くなった事で喜ぶ人もいれば居場所を失う人も居る。何事にも様々な側面が存在する。それをどれだけ分かっているつもりでいても完全に理解するということは難しいし、到底無理な話だ。
それは、普段現実社会を生きている上で変化で新しい居場所や価値観を持つ人もいればそれらを失う人が居るのと同じで日常的に至るところで起きている現象だ。
私が偏屈さを極め、年を追う毎に属するコミュニティや関わる人の幅が狭まっていくのと同じ様なものなのだろう。ただ、それでもこのnoteをそれなりに楽しんで読んでくれている人が居たりすることは大変ありがたい事で、そうした縁がきっかけになった人が居るのも事実だ。
どれだけ私の社会的に価値が年々下がろうとも、そうした人たちのお陰で楽しい毎日を送ることが出来ている。
そうした縁に改めて感謝したいとしみじみと感じた年末年始であった。
この日会った竹中は出会い系アプリで知り合った面白い人(一度ヤバいヤツ、と言ってから言い直していた。会うに至ったということは私はヤバいカテゴリに入るのだろうか)と会うのが趣味だという。出オチみたいな人間というものを体現した様な私とはおそらく今後に繋がることはないんじゃないかと思う。
繋がる縁があれば無くなる縁があり、途絶えていた縁が復活することもある。これから一昨年に再び縁が戻った海外駐在員をしている同級生と飲みに行ってくる。月並みな表現だが人との縁というものはどこまでも奇妙で面白いものである。
今年は人との縁を大切にしていきたい。