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スパイスを頂戴。

ゲストハウスを売りたい女、CoYuuです。

こっちの準備もそろそろしてますよ。

kinosaki hideyaを開業する前から、

大阪の今里というところで

当時大阪初、『女性限定のゲストハウス』をOPENしました。

これが2011年の春です。(笑)

怒涛の違法民泊が流行って、
民泊ラッシュが続き、

合法民泊とゲストハウスのせめぎ合いに
アパホテル他

大阪のホテルも軒並み建ち並び

ブルーオーシャンだったゲストハウス業は


大阪は観光業でバブルがはじけたような状況になりました。



この時、

なぞの値下げ競争と
乱立建設ラッシュに

枯渇してやめちゃった(ちゃんと権利を売り抜いて、です)友もいました。


時代は東京オリンピック前で沸きに沸いてる2019年。


そしてあのコロナ騒動。


コロナ禍を
のほほんと

ケセラセラ

笑いながらのラリくらりと

この怒涛のオーシャンを渡り切った

数人のアラフィフゲストハウスオーナーズおばさんたち


『ねえねえ、なんでそんなに続けてこられたん??』


と聞いてみましたよ。(笑)


もうね
ほんまおもろい。


建て前と本音を教えてくれる某さんもいらっしゃった。(笑)
マジで楽しすぎた。(笑)


『。。。もう週5で働きたくないし、上司にへこへこしたりしたくないから事務職無理だし

1年のうち2回はビックな旅行に行きたいから自由にできる自営が良くって

自分にはスキルがないから自動的にゲストハウス』


本音すぎる。(笑)



スキルないことない人なんですよ。(英語もめっちゃできるし、責任感めちゃ強いし)
物件もちゃんと買ってるし(コロナを乗り切った1つに持ち家っていうのも強かったですね)


この方のお話を聞いてたら
『なんか自分でもできるかも』って思えちゃいますよね。(笑)

でも実はおんなじ同期2011年生まれなんです。ゲストハウスが。(笑)




(ここに無断で載せてるから怒られるかな??(笑)匿名やから許してごめん)



別のアラフィフは、ですね。


『私、ゲストハウス4年で辞めるつもりやったんやけど、作った時のお金が回収できないっていうのと、そうこうしてるうちにゲストハウスブームになって

そんで気づいたら意外と生活していけるなぁとなり、

個の仕事にも慣れてきて余裕も出てきてそれがコロナ前くらいで。



一言で言えばずるずると、って感じ??』





ゆるい。


実にゆるい。




また、他のアラフォーオーナーちゃんは

こんなことを言うておりました。



『うちで働きたいとか働いてて楽しいと思ってくれてるスタッフが居る&居たからここまで頑張れてると思います!』





みなさーーん!人を育てる申し子がここにいますよーーーー!!!(笑)





私も含め、

前者の2名オーナーズは

自分のことだけ、自分の事ばーーーーーかり。(笑)


爪のあか煎じて飲まなあかんわー(笑)爪のあかチョーだい(笑)


って笑ってたんですが、

彼女は

『CoYUUさんはそれでええんやてーーーー!!!』


ですって。
優しいんか!!!

出木杉君か!!!



またまた他のオーナーズにもきいてみたら


『うーーーーーーーん。やっぱりチーム作りたくなってる』


この友、は、

『例えば面接でも
出来る子より、他ではなかなか生き生きできないだろーなーの子ばかりを集めてたのね。

個性はあるけど本人がまだわかってないやつ。

そこを引き出したり本人が輝きだすのが楽しくて楽しくて

気付いたら7年たってた。

って感じ。』




申し子すぎます。


私もつい先日


個性的な子を1か月で退所していただくことになりました。。。。


引き出すことができない私。

ほんま彼女の爪舐めまわさなあかん(笑)



そんなこんな話をしているうちに

次について話だした私たち。

私は息子が高校卒業まであと5年半。

彼女の娘はあと1年半で高校卒業。

だから次を考えてる、と。




彼女は私よりずいぶん若いんだけど、
それでも40は越えだして、


わたくしでいえば今年47歳。

息子が高校を卒業する時52歳。


たぶんまだギリ動けるし頑張れる年齢。


結婚してすぐ娘ができて、海外旅行もたくさん娘を連れて行ったんだけど

『日本以外の国で暮らす、働く、長い期間過ごす』

をしてこなかったのね。
ワーホリも語学留学も本当に憧れてたし


冬の日本を飛び出して3,4か月温かい国で暮らすように過ごす父も憧れ。

40代、50代でも母であっても

やりたいことをやりたい!

そんな話をして
また飲みにいこーぜとなってお開きになった
ええ時間を過ごしたのち、


社会人2年目で
起業してから同じく1年を過ごした

(半年留年したからやっとまるっこ1年が過ぎた)娘から相談LINEが。


プライベートネイルサロンを自分で起業して大阪でやってるんだけど、

『顧客さんも若干少なくなってきて新規の人もリピーターにちょくちょくなってきてるけどやっぱ安定せんから気持ちも安定せんくてどうしたらええかわからんねん』


『たぶんちょっと違うこともやってみたいな、って気持ちもあるんやと思うし』



と。

『安定してないことに焦り?もあるし、みたいな』


24歳の悩める起業家です。

『例えば違うことってどんな事??』


『うーーーーん。それもあんまりわかってなくて』


『1つだけで安定しなくても、2つしてる方がまだ分散されるから』

『だから今よりちょっと気持ちましになるかなって思ったり』




と、もやもやきもちがするようです。


『なんもかも取っ払ってどっか逃亡したろかなってなった時もあった』


というもんだから

『したらええねん。子どももおらんし、結婚もしてないんやし、2年くらいどっか逃亡しといでよ』



娘、(笑)しか送ってこない。

いや。わたし、結構本気でいうてるんだけどなー(笑)

真面目。


こどもできたらもっと急に
『あーもうばかばかしい!逃亡したい!!なにもかも捨てて
ふらっとどっか行きたい!!!』

ってなるで。
しかも4,50代、更年期とかかかってくるからメンタル総崩れ。

もっとなるっていう話よ。(笑)っていうのはいわなかったけれども。や。(笑)


だれかが言うてたけど

息が詰まった時、500キロ以上の大移動をすると(いや、300キロやったかな??忘れた)

新しい考えが浮かぶんだって。


とはいうものの、人生は短いからさ、

売上もぼちぼちでええんやで

頑張らんでええんやで


と諭します。
(そう、私はとっても甘いオカンです)


『ぼちぼちでもええんやと思うねんけどやっぱり遊びたいし

遊んでるからお金は必要なわけで

となると働かねばとなる。

うちもネイルは好きやけど
ネイルよりそら遊んでる方が好きやから
別に予約がはいってなかったらいいや、ってなるし

でも
働かんと遊べないに戻ってくる(笑)』



借金もない、ホスト狂いにも別になってない、自分のケツは自分で拭いて
えらいなぁ

とただただ関心してしまいます。


好きな仕事があって、
好きな推しがいて

それだけでええやんね。


でもなにか解決の糸口じゃないけど、


『たぶんちょっと違うこともやってみたいな、って気持ちもあるんやと思うし』

っていうてたし、
例えば
大阪と、私が住んでる豊岡の2拠点でネイルするとかは??


まだわからんけど、かーさんワンチャン来年から宮崎行こうと思ってるんやけど
宮崎と大阪でネイルするとか?(笑)

というてみた。

ほうほう、と食いついてきた。(笑)


後は

今同棲してる彼氏さんと同じ生活水準に合わせていく努力をする、っていうのは??



トレーニングじゃないけど。

っていうたら

『確かにそうだよねー』

って。


でも彼女は

『子ども最優先になる前に遊びつくしたい』

って。

なんかあれかな

わたしの育て方間違ったんかなーー(笑)とかおもっちゃった。

わたし全然苦労してないで。

むしろ君がいてたからトリプルワークも惜しみなくできて
たくさんの海外に私が行きたかったら
つれまわしただけで

こども最優先も悪くないんやで?(笑)

といいたかったけど今は娘のお話なので黙る。(笑)




なにも縛られない今の時間を遊びきりたい。



わし、30なるまで毎日クラブ行ってたで。(笑)

言わないけど。(笑)

そして

彼女は言いました。

『今に満足してない。ネイルも好きやけど、刺激が欲しいんやろうなと』


これだろうね。

彼女の今、悩んでるところは。



『1週間間借りありかも。田舎とかで』

『お客さんくるか知らんけど』




ありあり。

田舎のネイルはレベルが低くてセンスも悪くて施術時間もめーーーーちゃかかるから
田舎もありかもやけど、

人口も少ないからお客さんになる人の分母も分子も少ない。


ということも教えておきました。

でも豊岡じゃなくて、嵐山とかだったら外国人観光客もたくさんいててウォークインで来そうやし、


私の友達が嵐山で寝かせてる物件あるからそこで歩合でやらせてもらってもめっちゃええかもね。(笑)

て言うてました。

娘と私との今日の答えは


『外人向けに田舎アリやんね』

ということで、

落ち着きました。


で、早速週末に豊岡に来るんだって。娘が。

日曜の夜に来る。って。(笑)


即行動かよ。(笑)


そして
月曜帰るって。(笑)


即行動かよ。(笑)



可愛んだよ。(笑)



十何年続けてこれたアラフィフゲストハウスオーナーズおばさんたちも

日々の営業には苦しんだり悩んだり
してたんだろうなー。

今は時間も経っちゃって

喉元は過ぎてるから熱さももう忘れちゃってるけど
絶対こういう道を歩いてきたんだと思うと

振り返れることがうれしいし、

頑張ってる娘もかつての私だったし
なんだかとっても感無量なのでした。(笑)



私の大好きな人が

『年下が偉い』

っていうんだけど、


本当にそうだって思ってます。

柔軟で

一生懸命で

赤ちゃん見てよ。

あんなに一生懸命うんちして泣いて寝て。

あの無垢さに

みんな応援したくなるんですよ。


息子もほんまに腹立つけど

そりゃーまぶしいですよ。

中1で生徒会副会長立候補してくるんですよ。


成績めっちゃ悪いのに

そんなのかんけーねー!みたいな顔で

立候補演説をみんなのまえで読み上げて

選挙されて票数が見えてもしかしたら落ちるかもしれない。


なーーんにも息子のことを知らない上級生とかが

ちゃちゃを入れて傷つけられるかもしれない。
(いわゆるアンチね)

てめーまずてめーも立候補してからもの言えや!!!!!

って思っちゃうけどそういう

怖い
恥ずかしい
失敗したらどうしよう

がないうちの家でいちばん若い彼こそが
一番偉いって思うんです。


子どもらの事が尊敬できるってめーっちゃええですね。

私にとって、ゲストハウスのゲストはスパイスそのものでしたけど、
実は子どもらもスパイスでやっぱり旅も、やりたいこともスパイスそのものだと改めて気づいた今日このごろなのでした。

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