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【婚活小説】恋愛作家の婚活塾①「私なんかと言わない」

「お母さん、もうわがったがら
お見合いどが、やめでって」

「なしてさー。こんなかっごいい人」

母の説得を遮るように、
私はおやすみと電話を切る。

母から送られてきたLINEの写真は、
パート先の同僚から紹介された息子さん。
凛々しくて、賢そうな見た目。

私なんかには不釣り合いだ。
そう、私なんか。

◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎


9月15日 18:00

踏切の音が頭に響く。
車のライトが冴えない
女優を照らすスポットライトのようだ。
現に、私は冴えない女だ。

目を細めつつ、
自然とコンビニの袋を強く握る。
激しい音を立てて電車が横切る。
振動が伝わる。
風で髪が揺れる。

遮断機が上がると同時に
周りと前に進む。
急いでいないのに、
自然と早歩きになる。
周りと合わせるなんて
まるで私の人生みたいだ。

もうすぐ誰もいない
私のすみかがみえる。


◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎

海が見える街で育った。
MDプレイヤーで夏色を聴きながら
自転車で坂道を登った高校生活。

クラスでは目立つことなく、
昼休みは図書館で過ごしていた。
時をかける少女のような
甘酸っぱい青春が憧れだった。

できれば地元に残ってほしいという
両親からの願いを叶え
地元の大学に進学。

オレンジデイズのような大学生活を探した。
バイオリンを弾けば、
妻夫木聡が声をかけてくれるだろうか。
柴咲コウになれるだろうか。
居酒屋のレジ打ちをしながら
妄想に浸っていた。

話しかけてくれるのは
ぶっきーとは程遠い、下っ腹が出たおやじ。
大学生活の思い出は、
駅前にある北海道料理の居酒屋と
家庭教師を直向きにやった生活だ。

就職後は地元に残らず上京。
あのとき地元に残るよう懇願していた両親は
人が減っていく地元に呆れ、
あんたの好きにしなさいと
養殖していた魚を放流するかのように
私を広い海に出した。

羽場建設に内定をもらい、
事務員として働いている。
中央線沿いにて無難に暮らしている。

◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎

9月15日 17:30

定時の鐘が鳴る。

「直子ちゃーん、今日はどう?」
営業課の課長が声をかけてくる。
すでに何人か捕まえたようだ。

「すいません、用事があるので」
ブルーライトカットメガネを外し、
勤怠表を入力して電源を切る。

「つれないなぁー。本当に用事あるの」

これは何ハラに当たるのだろうか。
男の職場では日常茶飯事だが、
若い女子が入りたがらないのもわかる。

最近、建設会社も若い女性が増えたと
どこかのニュースで話題だったが、
それは大手の話。
未だ、中小企業は男の職場だ。
平均年齢も45歳と、高齢化の一途を辿る。

別に急いでいるわけでもないのに
荷物をまとめて、机の書類を整える。

「お先に失礼します」

この光景に周りは、

_____田坂さんっていつも早いよね
_____羨ましいよな事務は
_____地味だよな。早く帰っても1人だろ

そのような噂をしているのだろうか。

そう。
事務職は暇だよ。
そして、1人だよ。

恋愛なんて最後は中学生の頃。

好きだった子に告白して、
振られてから周りに噂が広まり、
女子たちから嫌われていじめられ
そこから恋愛が出来なくなった。

あの頃のことなんて
もう誰も覚えてないだろう。
私は覚えているよ。
この先もずっとね。

□□□□□

同日 19:03

誰もいない暗い方向に
意味もなく言う「ただいま」
すぐさまシャワーを浴びる。

39マートで20%Offのシールが貼られた
生姜焼き弁当を買ってきた。
電子レンジで温めている間に、
ドライヤーで髪を乾かす。

だいぶ伸びた。
最後に切ったのはいつだったっけ。
外を出歩くことも少ないので
夏は暑いからショートにしようという
発想はなかったな。
少なくとも梅雨時期からずっと一緒だ。

髪がかわき、
電子レンジから熱々の弁当と
冷蔵庫からレモン酎ハイを取り出し
机の上に置く。

スマホを充電器にさして、
動画サイトを開く。
適当な生配信を見ながら晩御飯を食べるのが習慣だ。

マッチングアプリの広告が流れる。
この手の広告が最近増えた。
マッチングアプリの利用者が増える一方で、
ロマンス詐欺が横行しているニュースも見た。

勝手に危ないものだと感じているが、
どうせ縁がないものだと無視していた。

私も今年で32歳だ。
このまま独身で生涯を終えるか、
それとも結婚して家庭を待つか
そろそろ考えなくてはいけない。

生姜のタレがついた箸先を口に咥え、
特に見たい番組がないまま
垂れ流しにしているテレビを見る。

このままだと本当に1人だ。

◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎

9月16日 17:30

いつものように定時ダッシュ。
今日は接待で課長は不在。
私を止める者はいないのだ。

「田坂さん、この領収書どうすれば」

人事の澤田君が立ちはだかる。
澤田君は同期で、
たまに昼ごはんを食べる仲だ。

「申請書に貼り付けて、机の上に置いておいて」
「わかった!もう帰るの?」
「うん、定時だし」
「そっか。たしかに。たまには飯行こ」
「そうだね」

澤田君に軽く手を振り
首から下げている社員証をバッグに詰めつつ
会社を後にした。

急ぐ用事はない。

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同日 17:50

9月も半ばだというのにまだ蒸し暑い。

いつもより街中に人が多い。
世の中は金曜日か。
同じような日常で、感覚が狂う。
華金を楽しんでいるのだろう。
ざわつく街の音を
大好きな椎名林檎で塞ぐ。

最寄駅の改札付近。
男性が不自然に当たりを見渡している。
両手でスマートフォンを握り、
人混みの中から誰かを探しているようだ。

すると、目が合った。
私はすぐ視線を逸らす。
知り合いだっただろうか。

男性は右手を挙げてこちらに振ってくる。
正直見覚えがない。
男性が近づいてくる。
誰だ。私はどこかで出会っているのか。

「はじめまして」

男性は私の横を過ぎて
後ろにいた女性に声をかけた。

私は、詰まった息を吐き出す。

「アプリの、、はいアプリの」

どうやらマッチングアプリの
デート待ち合わせだったようだ。
その光景に初めて遭遇した。

急足で改札を抜けた。
なぜか急いでいた。

◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎

同日 18:30
最寄り駅に着く。

39マートに寄って、お弁当を買ってから帰ろう。
今日はハンバーグ弁当がいいな。

駅前には本屋がある。
「文明堂」と書かれた看板が
ライトで照らされている。

金曜だし、たまには本屋に寄ろう。
時間はたっぷりある。

店内に入ると、本屋らしい薫りが
鼻の中に一気に入ってくる。
この薫りは意外と嫌いではない。

2階建ての本屋で、
スーパーの袋を持った主婦や
仕事帰りのサラリーマン
女子高生など、15人程いた。

特に買いたい本があるわけではないが、
何も考えず本屋を徘徊するのは
ストレス発散にもなって昔から好きだった。
さすが、高校時代を図書館で過ごしてきただけのことはある。

久しぶりに、司馬遼太郎の「坂の上の雲」でも読んでみよか。
それとも、アドラーの心理学系にしようか。
本を眺めながら歩いていると、
恋愛本のコーナーに辿りついた。

私には無縁のコーナー。
そう思いながらも、表紙を眺める。

―あなたはもっと輝ける
―成功する婚活術
―もっと女らしく生きる生活

眺めれば眺めるほど、
眩しすぎて逆に見る気が起きない。
まるで、服屋でブランド物を押し付けられている気分だ。

帰ろうと思ったとき、
1冊の本が目に入った。

”ひとりぼっちからの脱却”

思わず手に取って、パラパラを捲ってみた。
ありきたりな婚活テクニック本というより
どこか、鋭い言葉で書かれた内容。
尖った作者だなと思いながら、
作者を確認。


” 作・あしだ じゅんこ ”


「どう?」

突然、背後から声をかけられ、
驚きのあまり本を落とした。

振り向くと灰色のスエット姿に
ピンクのサンダル。
ショートの髪をかきながら
こちらを見ている。

「ひどいわね、本を落とすなんて」

それはこっちのセリフだ。
急に声をかけられたら誰でも驚いて本を落とす。
誤りながらも本を拾って、わずかな埃を払った。

「田坂直子、羽場建設株式会社」

え、なぜ私の名前を。
女性の手元には、私の名刺入れがあった。

「あんたの名刺入れ落ちたの見て拾ったのよ」

名刺入れを受け取る。

「あ、ありがとうございます」
ずれた眼鏡を直しつつ、立ち去ろうとする。

「待って、まだ感想聞いてないんだけど」
すれ違う寸前に、声をかけてきた。

「え、感想、、ですか?」
動揺して声が詰まる。

「そうよ。立ち読みしたうえに落として、感想も言わずに帰るとか失礼でしょ」

何故、わざわざ感想を言わなくてはいけないのか不思議だった。見た目からは本屋の関係者とは思えない。

「いや、、その、、面白そうだなと感じましたけど、、えっと、、失礼します」

脳裏に浮かぶ母からの教え、
変な人に絡まれそうになったら逃げる。

リュック紐を強く握り、
立ち去ろうとする。

「あんた、眼鏡かけない方が美人よ」
またしても動揺した。

「目が悪いから眼鏡をかける。変な人に絡まれそうだから逃げる。恋ができない自分を逃避したいから恋愛本を手に取る」

女性が顔を近づけてくる。

「行動には、全て理由が存在する」

「行動、、ですか」

「でもね、理由を知りたいと思う人って少ないの。何故なら怖いから。本当の自分を知るのがね」

目の前の女性が、何を言っているか理解できなかったが、芯をつくような感じが伝わった。

「あんた、彼氏は?」
「な、、何言ってるんですか?どうして教えなきゃ」
「結論から!カ・レ・シは!?」
本屋なのに声を荒げる。

「い、、いません。」
「でしょうね」

失礼な女性であることはわかった。会って5分の人に恋人の存在を聞く。いないとわかったら、想像通りと上からくる。帰りたくても、女性が仁王像のように立ち塞がる。

「このまま1人でいいの?」
はい、と返事をしたかったが言い返せない。どこか私の悩みを読まれているようだった。

「わかった。なら、あたしが彼氏をつくって、いや、あんたを結婚させてやる」

「けけけけけ結婚!!」
想像の上をいくとはこういう事だろう。

「あたしが、あんたを結婚させる。あたしはその内容を本にする。ほらWin-Winでしょ!あたし天才かもー!」
高らかに笑いながら、その場で回り出す。

「いや、でも私に彼氏なんて、ましてや結婚なんて無理ですよ。好きな人もいないのに。私なんていいんです。普通ですから」

先ほどまで笑っていた女性が、急に真剣な顔つきでこちらを見る

「あら、どこが普通だって?あんたは普通なの?普通って言えるほどの価値があるの?」

さすがに怒りそうになった。
あまりにも失礼すぎる。

「あの、さっきから何なんですか!!人のことを眼鏡外した方がいいとか、彼氏いるの?とか、普通って言えるほど価値がないとか!あなたに私の何がわかるんですか?」

つい、声を荒げてしまった。周りの客がこちらを見ている。恥ずかしくなった。

「ようやく出たわね。怒りは人の本性。あんたは自分を否定されることから逃げてきた」

女性は、先ほどまで読んでいた『ひとりぼっちからの脱却』を手に取ると、本を捲りだした。

「コホン、えー、私なんかと言ってはダメ。私こそと言って前向きになりなさい。そう瀬戸内寂聴さんは話している」

急に読み出したかと思えば、瀬戸内寂聴さんの言葉。

「スーパーのじゃがいもが、どうせ俺なんかって言ってたら買いたくないでしょ。俺こそ新鮮だぜ!ってわかるじゃがいもの方がいいじゃないの。あんたは売れないじゃがいもよ!」

私は、いつからじゃがいもになったのだろうか。もはや呆れていたが、どこか的を得ている気がした。

高校の文化祭でライオンキングをやろうとなったときも、私なんか脇役だと思っていた。私こそ主役だと、目をぎらつかせる勇気は1mmもなかった。

「大丈夫!あんたは奇跡的な出会いをした!そして、あんたを変える自信がある!絶対に結婚させてあげるわ」

女性は私の肩を叩く。何かのドラマがはじまる気分だった。私に言い返す余力はなく、受け止めるしかなかった。

「わかりました。ところで、お名前は?」

女性は本棚に本を戻しながら振り向く。

「え、知らないで話してたの?じゅんこ!あしだじゅんこ」

今日3回目の驚愕だった。目の前にいるのが立ち読みした本の作者だった経験がこれまでなかった。

「じゅんちゃんって呼んでね⭐︎ あんたはね、、なおちゃん」

こうして、私の人生を大きく変える半年間がはじまった。

「あ、いっけない!あたし39マートにハンバーグ弁当買いに行くんだった!これ、あたしの名刺ね!明日ここにきて」

それじゃ!と言うと足早に去っていく。私も弁当を買いに行こうとしたが、一応落としてしまった手前、本を購入した。

さて、ハンバーグ弁当はまだ売っているかしら。

_____
今日の日記

本屋で奇妙な人と出会う。
あしだじゅんこ。作家だ。
じゅんちゃんらしい。

私なんかと言うのをやめる。



















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ナカヤマシュン
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