見出し画像

春の風を感じると思い出すこと

春の匂いがする。

人通りのない道でふと気付き、マスクを外すと、深呼吸をして胸いっぱいに春の風を取り込んだ。
春の風は、優しく穏やかで、強い憂いを帯びている。
自粛とマスク着用を求められる世界で、季節の境界はより一層曖昧になっていた。

去年の今頃何してたかな。

季節の変わり目に吹く風は、いつからか、新しい季節の始まりと、1年前の記憶を運んでくるようになった。
思い出そうとして、意味のない行為だと気付く。
ため息をつくと、さっきまでの青空ではなくて、無機質なグレーのアスファルトが視界を覆った。

自粛生活が本格的に始まったのは、ちょうど1年前だった。
計画されていたイベントは軒並み中止となり、手帳に書きこんでいた予定にバツが増えていく。
予定はシャープペンシルで書くのが私のスタイルだ。
消しゴムで消して、最初から予定がなかったことになってしまうのが嫌で、敢えてバツを書いた。
決まっていた全ての予定にバツがつくと、去年の手帳は、バツと空白だけになった。
何十年か後に、この手帳を見返したら、「この年はコロナ禍だった」ということに一瞬で思いを巡らせることができそうだ。

夏も、秋も、冬も、風が季節を告げるたびに、きっと私は、深呼吸して空を見上げながら、バツと空白を思い出すのだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?