#3 「揣度」は「しど」「したく」「しと」のどれで読むか?【漢検準1・1級 音読み】
はじめに
第1回で紹介した令和3年度第1回の漢検1級からもう1問過去問を紹介します。
揣度
これは音読みで何と読むでしょう?
一般的な国語辞典には載っていないのでこの単語自体を知っている方はいらっしゃらないはずです。
今回はこの1問に絞って解説したいと思います。
ただ、漢検準1級〜1級向けの記事なのに1級の問題を主体にするのは知識面で公平ではありません。そこで1つ大きなヒントを差し上げます。
「揣摩憶測(しまおくそく)」という自分だけで相手の気持ちを推量することを意味する四字熟語があります。ここからわかる通り「揣」は「シ」と音読みします。もちろん「揣度」の「揣」も例外ではありません。また、揣は「はか-る」「おしはか-る」と訓読みされます。
これを踏まえて「揣度」の読み方をお考えください。
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ここまで来ると薄々お気づきかもしれませんが、上のヒントが与えられても自信満々に答えるのは難しいでしょう。
この問題の真髄はタイトルの通り「揣度」の「揣」の音読みが何か知っているかよりも「度」をどう読むかであるからです。
一般的に、度には角度の「ド」、仕度の「タク」、法度の「ト」の3つの音読みが存在します。
つまり「揣度」はヒントが与えられたところで「しど」「したく」「しと」の3つが考えられるので答えが定っていません。
前回知らない単語は知っている単語から読みを推測しようなどと言いましたが、このように音読みが複数ある字は大変悩まされますし本番でも迷うと思います。その迷いを減らすため今回と次回にかけて音読みが何かについて掘り下げていきます。
そもそも音読みって何?
音読みとは文字通り漢字の音で読むことです。
基本的に昔の中国語を聞いて日本人が言いやすいように言ったりそこから変化させたりして今の音読みがあります。
英語で言えば国名の「English」という単語を聞いて昔の日本人が「エゲレス」と言ったりさらにそこから音が変化して「イギリス」と読んだりしていますが古い中国語と音読みにはそれに近しい関係があります。
複数の音読みができる原因
最初の「度」のように音読みが複数ある原因は大きく2つあります。
1つは意味によって発音が異なったから、もう1つは音読みのルーツが異なるからです。それぞれ順番に見ていきましょう。
意味によって発音が異なる
漢字は言語を文字にしたものです。そのため複数の語を同じ字で表すことがあります。
例えば隋や唐の時代、「ʔɑk」という発音で「わるい」を意味する語と、「ʔuo」という発音で「にくむ」を意味する語に対して「惡(悪)」という字で表しました。
(発音は中古音と呼ばれる隋や唐の時代の発音の1つで、それを推定したものの表記です。国際音声記号という普段見ない表記ですが話からそれるので詳しくは省略します。)
その言葉を昔の日本人が聞いて「ʔɑk」から「アク」、「ʔuo」から「ヲ」という音読みが生まれました。
「ヲ」は「オ」に変わっため、現在「悪」には「アク」と「オ」の2つの読み方があります。
そのような経緯があるため「悪意」「凶悪」など「わるい」の意味で使われる時は「アク」と読みますし、「嫌悪」「憎悪」など「にくむ」の意味で使われる時は「オ」と読みます。
発音のルーツが異なる
言葉は生き物です。発音は時代や地域によって異なります。音読みも様々なルートで伝達したため同じ語を示していても当時の中国語の発音が異なっていました。それが日本語の音読みの違いとして現れることがありました。
例えば「行商」「歩行」「行脚」の「行」はそれぞれ「ギョウ」「コウ」「アン」と音読みで読みますが意味は全部「ゆく」です。
音読みにはこのようなルーツによる違いにより「呉音」「漢音」「唐音」「慣用音」の大きく4つの分類があります。上の「行」の場合ギョウは呉音、コウは漢音、アンは唐音に分類されます。それぞれ概要を見ていきましょう。
呉音は朝鮮半島を経由して仏教伝来の際に伝わったとされる漢字の音です。長江流域にある呉という地域から伝わったとされます(三国志で有名な呉ではない)。これらの中では一番古くに日本に伝わりました。
経典の「経(キョウ)」、回向の「回(エ)」など仏教に関する言葉に多く見られ、仏教以外では「一月」の「一(イチ)」や「月(ガツ)」など日常生活で使われる言葉にも使われています。
漢音は遣隋使や遣唐使の時代に留学僧などが伝えた長安の発音を元にした音です。
当時スタンダードな発音だとして桓武天皇が儒学を学ぶ学生に漢音で読むことを奨励しました。そのような名残もあり今日使われる音読みの多くは漢音です。
ただし、すでに呉音が定着している以上この奨励が完全に浸透したわけではなく上の通り今日では仏教語や日常語などで呉音が多く見られます。
唐音は平安中期〜江戸時代に伝わった発音がルーツの漢字音です。
呉音や漢音にはある程度体系や規則性があるのですが、唐音には伝わった時代が幅広くルートも様々あるので比較的法則性がありません。また用例も少ないです。
椅子の「子(ス)」、提灯の「提(チョウ)」「灯(チン)」など物の名前に残っていたり、普請(ふしん)の「請(シン)」、和尚の「和(オ)」など禅宗に関連する言葉に残っていたりします。
慣用音は古代の中国語に由来しない日本独自で生まれた読み方です。
呉音や漢音は中古音などの昔の発音からある程度の音の変化の法則が見られます。その法則でうまく説明できないものが入ることが多いです。
例えば「消耗」は「しょうこう」と漢音(あるいは呉音)で読まれていましたが「毛」の影響からか今日では普通「しょうもう」と読まれています。この「耗(モウ)」のように読み間違いなどから生まれたものが多いです。
ただ必ずしも慣用音が読み間違いや慣用読みになるというわけではありません。例えば「早急(さっきゅう)」「早速」の「早(サッ)」も慣用音です。一般に「早」の漢音・呉音は「サウ」、現代では「ソウ」です。「早急」は「そうきゅう」と読んでも問題はないですが、日本語のマナー的には慣用音であろうが「さっきゅう」の方が好まれる傾向にあると思います。
問題の答え
改めて「揣度」に話を戻しましょう。「度」を漢和辞典などで引くと次のようなことが分かります。
つまり漢字の意味によって「トorド」と読む場合と「タク」と読む場合に分かれます。
最初のヒントにも書いたとおり「揣」は推し量るという意味の字なので「度」も同じ意味だろうと推測できます。
そのためここでの「度」は「タク」と読み、「揣度」は「したく」が正解と導くことができます。
「度」が推し量るの意味で使われる時は「タク」と見抜くのがやや難しいですが「忖度(そんたく・2字とも推し量るの意味)」から類推できると思います。
(度(タク)に対応する呉音の記載がないのは手元の漢和辞典(角川新字源、漢辞海)になかったためです。使われた痕跡がなかったからだと思われます。中古音から呉音への変化の法則を「度」に当てはめると「ダク」だろうと推定できます。)
まとめ・次回の話
漢字の音読みに複数の種類がある理由は「意味によって読み分けがある場合」と「漢音や呉音などルーツとなる漢字音の違いによる影響」に分かれると紹介しました。
この2つを混同しないように注意したいです。
例えば「重複」に対して、重いの意味の時はジュウ、重なるの意味の時はチョウと読むから「ちょうふく」が本来の読み方であり正しいとしばしば説明されます。これは上に関するよくある勘違いです。
実際はジュウが呉音、チョウが漢音であり、意味による読み分けは存在しません。
(現代の中国語では読み分けがありますが中古音と音読み、中古音と現代の中国語の音の変化の関連性が異なることが原因のためこの読み分けを日本語の音読みには適用できません)
実際に重の「ジュウ」と読む例と「チョウ」と読む例を辞書などで引くとどちらも多く出てくると思いますし、五重の塔や荘重など見れば別に意味による読み分けがなさそうなことも見えてくると思います。
(「重複」の読み分け事情は1〜2記事分語れるのですが、漢検とは大きくそれるのでここでは省略します。)
意味による読み分けはきっぱりと説明しやすいことが多いのですが、漢音や呉音による読み分けは「重」のようにかなり大雑把です。
基本は漢音、仏教系の言葉は呉音などざっくりとした目安はあるのですがそんなシンプルに語ることはできません。
実際「揣度」の「揣」を「シ」と読むのは呉音です(漢音はスイ)。また「度」も呉音の「ド」で読む例は多くあっても漢音の「ト」で読む例は「法度」と当て字の「屹度/急度(きっと)」ぐらいです。いずれにしても明らかに仏教語でないものが多く混ざっています。
曖昧に使われているからこそ漢音か呉音か慣用音かという話は簡単に説明できるものではありません。これらをどう意識して読めばいいのかについては長くなりそうなので応用編として次回に続けます。
複数の音読みに出会った場合は意味による読み分けなのか漢音か呉音かといった違いなのかを考えてみるという癖を最低でも身につけておくと、本番で未知の単語の読み分けを迫られた時に困りにくくなると思います。
なお、『漢検漢字辞典』や「漢字ペディア」の各字の解説には漢音や呉音の説明が一切なく、一般的な漢和辞典で調べる必要があります。
第1回で漢籍出典の単語を調べるために漢和辞典をオススメしましたが、漢字の意味をより細かく理解できるからという理由でもオススメです。
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