#1 漢検はなぜ準1級から難しくなるのか?【漢検準1・1級 音読み】

自己紹介

始めまして、きのと申します。普段はきのこわずというブログでいろいろ書いております。

2020年春に漢検準1級の勉強を始めて同年秋(R2-2)に準1級に初合格、さらに2022年の夏(R4-1, R4-3)の2回漢検1級に合格しました。また同年度併願で受けた漢検準1級で成績優秀者に選ばれました。
漢字という学問に本腰入れて勉強したい理由からR5-1をもって一旦漢検勉強からは身を引くのですが、これまでに勉強した知見を漢検準1級・漢検1級を志す未来の方々のために残したくnoteにまとめたいと考えております。

はじめに

漢検準1級・1級の過去問や問題集に手を出すと最初にぶつかる壁が音読みだと思います。いきなり勉強するとどうしても丸暗記になりがちですし結構音読み一口に言っても知っておいて損はない背景知識があります。そこで準1級を初めて勉強する人から1級の合否を分ける実力の人まで役立ちそうな情報を紹介いたします。

今回を含めて最初の4回ほどは音読みについてまとめる予定で、それ以降別の単元に話を広げたいと思います。

音読み難しすぎない?

まずは2級から1級の実際の過去問を1問ずつ見てみましょう。

霜害で農家が大きな被害を受ける。(2級)
服地に光沢のある繭紬を使う。(準1級)
偸安の夢を愒っていた。(1級)

それぞれ過去問題2021年度第1回より引用

他の問題も見てみると分かりますが、そもそも何言っているの?となる問題が準1級から突然増え、1級では多々出てきます。

けん‐ちゅう〔‐チウ〕【絹×紬/繭×紬】の解説
柞蚕糸 (さくさんし) で織った薄地の平織物。淡褐色を帯びて節がある。布団・洋傘・衣服などに用いる。けんちゅうつむぎ。

デジタル大辞泉より引用

とう‐あん【×偸安】 の解説
目先の安楽を求めること。

デジタル大辞泉より引用

どちらも日常生活で見聞きする言葉では全くないかと思います。特に普通の問題集だと解説なしにポンと出てくるので初学者にとっては大変骨の折れる話だと思います。(私は勉強し始めた際に準1級でも1級でも折れました)

なぜこのようなマニアックな問題が出てくるのでしょうか?実は漢検公式の問題集『分野別精選演習』の「はじめに」にこのように書かれています。

図式的ではあるが、今日の国語、言葉の世界においては、一方には、国民全体の共有財産としての国語という考えに立ち、日常の文字生活の簡便化、能率化を図るという方向にある。
(中略)
もう一方には、そうした枠組みをそれほどに意識せず、個人の自由な営みとしての言葉の使用を重んじるという方向にある。
(中略)
漢検2級までは、前者に対応するものであると位置づけられよう。準1級は前者から後者へと踏み出すものであり、1級において、個人の自由で豊かな言語の世界が切り拓かれ、展開することになると思う。

『漢検分野別精選演習1級』第1版より引用

戦後日本では漢字教育やコミュニケーションを円滑にするため当用漢字・常用漢字が制定されました。それらをきちんと使いこなすことが2級で求められ、その枠組みにとらわれずに戦前の文章にも広く触れていくのが準1級、1級の世界です。
しばしば「漢検準1級からはマニアの世界。このような勉強は社会に役立たない。」という言説を耳にしますが当然です。常用漢字の2級レベルの知識で日本語のコミュニケーションができるよう教育され社会が形成されているからです。あくまで趣味と割り切った上で難しい漢字の世界に興味がある人に漢検の上位級が向いていると思います。(ただし難しい漢字とは言っても学術的な知識はほぼ身につかないのでそちらを勉強したい方は目標に向かって勉強した方が有意義でしょう)

漢文の世界に片足突っ込む

先ほどの漢検1級の過去問からもう1問見てみましょう。

既にして方広東被し教肄南移す。

過去問題2021年度第1回より引用

最初の偸安の夢の文よりはるかに理解しづらい文章です。
中国語のサイトを翻訳などを駆使して意味を調べましたが「大乗仏教(方広)が東方に広がり、教えと学び(教肄・きょうい)が南に伝わる」ということだと思われます(間違えていたら申し訳ございません)

《文选·王屮<头陀寺碑文>》:“既而方广东被,教肄南移。”
吕延济 注:“教肄,谓教人习法也。肄,习也。”

汉语词典より引用

先程の文などをうまく検索すると分かるのですが実は『文選』中にある王巾の『頭陀寺碑文』という一節に由来している文章です。ようするに実在する漢文の書き下し文なのです。
このような文章の割合はそれほど高くないですが、そういった背景知識を知らないと一切理解できない問題が多いので必然的に問題文を理解するのは難しいです。
(学術的に見て健全な行為ではありませんが)漢検の世界では「きょうい」と読めさえすればOKですし、ある程度知識があれば「肄」が習うことを意味する字と知っているはずなので(マニアックな方広以外の)大体の文脈は理解できるようになります。

このように漢文でしか出ないような単語も出てくるので日本人向けに作られた『広辞苑』などの国語辞典に載っていない単語も平然とでてきます。
一般用でいいので漢和辞典を持っておくとそちらに載っていることがしばしばあります。(教肄は『角川新字源』『漢字海』などに載っていないのでいい例ではないですが)

まとめ・次回以降に話したいこと

漢検の試験概要を見てみると準1級から求められる力に「古典的文章の中での漢字・漢語を理解している。」ということが記載されています。そういったこともあり、世間で出てくる一般的な難読漢字クイズとは一線を画した出題がほとんどです。難しい字や表記だけれど答えは聞き覚えのあるもの、あるいは魚へんの字などとっつきやすい要素のあるテーマが多いですが漢検は答えを聞いても「?」となるものが多いです。難読漢字はハードルの低さや娯楽性など漢検上位級にはない強みがあるのでどちらがいいかとは決められるようなものではありません。ただ、これらのカバーする範囲が異なることは訓読みなどで如実に現れるので念頭に置いてください。

こういったものを覚える際に意味を意識して覚えることが大切になることや、複数の音読みがある漢字をどう読み分けるかなど注目したい部分はいくつか存在します。次回からもう少し実践的な内容に踏み込んで紹介したいと思います。

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