やっぱり車って一種のステータスじゃないか
社会の中で1度の失敗や希望しない人事異動で自己防衛のため職場を休んだりする人、少し折りの合わない人に対して変わった人扱いとして勝手にレッテルを貼られる場合がある。
自分も変わった人側かもしれないけど。
そういう人は会話とか避けられがちだけど自分はそういうのはあんまり気にせず会話をしたりする。
自分の職場にも望まぬ人事異動で少しの間、休職して自分のいる課に流れ着いた先輩がいる。
ある日、その先輩とたまたま帰るタイミングが一緒になった。自分は電車通勤でその先輩は普段はチャリ通勤している。
その先輩が「今日は車で来たから駅まで送ってあげるわ」
「ほんまですか!ありがとうございます。なんで車で来たんですか?」
「台風で大雨になるって言うからチャリじゃずぶ濡れなるから車で来た」
なるほど。
その日、雨は一切降っていない。降らなかった。そんな予報やったっけ?レベルである。
まぁ送ってもらえるならラッキーと思い、そこは深くは突っ込まなかった。
自分らが働いている建物のすぐそばに駐車場がある。
たわいのない話をしながら先輩についていくと
「乗って〜」
と言われた。
そこにはセンチュリーが停まっていた。
よく公用車とかでみるやつや。
議員とか首長とかお偉い方が乗るやつや。
勝手にファミリーカーを想像してた。
フリードとかヴォクシーとかノートとか僕らの年収でなんとか買えるようなやつを。
一気に自分の中で緊張感が増して固まっていると
「後部座席でいいかな?」
と言われて後部座席のドアが開けられた。
普通、2人で乗る時は助手席に乗って話しやすくするやん?
センチュリーで後部座席に乗ってしまったまさしくお偉い方フォーメーションになってしまう。
こちとらただの職場の後輩やで。
「いいんですか?」
必死に出た一言。
後部座席は革張りのシートでテレビのモニターもついている。
めちゃ高級感があって快適。
ただこの先輩は何者なんだろう?
自分らの給料で買えるのか?
って疑問がわいてくる。
やっぱり車って一種のステータスなんだと改めて思う。
自分の価値観から上回ったり下回ったりするとある種の違和感があり、その人自体に興味が湧いてくる。
世間話で初めて買った車であることや8月生まれだから夏は平気で冬は苦手でフリース3枚きてダウンを着ないとダメとか教えてもらったけど聞いているとやっぱり少し変わってた。
けど嫌いとか好きとか関係なく個性として受け止められた。
世間話が終わり、繁華街の駅に着くと扉を開けようと思ったがセンチュリーなのでもし扉を開けて何かにぶつけたらと思うとビビって開けるに開けれない。
少しためらっていると先輩が
「後ろの扉、開けるわ〜」
と言ってくれた。
ラッキーと思ったが、運転席から先輩が後部座席を開けて自分が出てくる。
いや、それってもうお偉い方の出方やん。
周りからすると何者なんかってなるけど
後部座席から出てきたのは堂々と振る舞うことに慣れてないクソ雑魚のやつやん。
「助かりました〜。ありがとうございます〜」
と深々とお辞儀して、センチュリーは再び走り出して行った。
やっぱり自分も変わっているのかもしれない。