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どうやら私、退職するらしいです

今日、退職の意向を伝えてきた。
あまりにもあっさりと了承を得られたので、ほっとした半面あっけなさも感じた。
病気になってからというもの、自分の人生の使い方について考えることが増えた。そのたびに、今の会社で働き続けることへのクエスチョンマークが増えていった。
とはいえ、明確にやめることを決めたのは最近だ。
だってまだ新卒2年目だし、履歴書に残る傷は自分の想定を超えているかもしれない。どれくらいダメージがあるかわからないのは、とてつもなく不安だった。いったんは今の会社に戻って、やれるだけやってみようと思っていた。
でも、やっぱり会社を辞めることにした。
明確なタイミングがあったわけではないのだけれど、休職期間に出会った人たちとの会話の中で、どんどんと思いが醸成されていったんだ。
楽しく生きたいし、自由に生きたいし、せっかく生きるなら何か命を燃やそうと思うことに命を燃やしたい。そんな思い。

今の会社はとても良い会社だったと思う。成長環境だったし、そこであげた成果のおかげで声をかけられた部分もめちゃくちゃある。
でも、苦しくなってしまった。なんで成長するんだっけ?とか、なんでこんなに頑張ってるんだっけ?とか、疑問に思いながら走り続ける日々だった。
なんだろう。感覚でいうと、ブレーキを踏みながらアクセルを踏んでいるような感じだった。楽しく感じる技術や、楽しくしようとする工夫が足りていなかったといわれたらそうなのだと思う。
どこまで行っても私は、「なぜやるのか」を問いながらでしか走れない人間で、とてつもなく不器用な人間なのだ。
コマンドでいったら、ほかの人は魔法や多彩な道具を使える中で、私が持っているのは「こんぼう」。ひたすらぶんなぐるしかない。愚直に。まっすぐに。ほんと扱いづらいキャラクターである。みんな一回は経験してみてほしい、まじで。超大変。

なんか、転機はないといったけど、嘘な気もする。
これに命を燃やしたいと思うものに、出会ってしまったんだった。
そういえば、忘れていた。

病気になってからというもの、価値観が変わったように思う。
それまでは、価値提供とか、giveとか、そうしないと意味がないと思っていた。でも、今はそうは思わない。
楽しく生きなければ意味がない、と思っている。
でも、楽しく生きるということは楽に生きるということではなくて。
楽しく生きるには、強さが必要だということを知った。
楽しく生きるために、大きなかじ取りをすることになった。

不安とわくわくでいうと、今はわくわくのほうが大きい。
命を燃やしてやりたいと思えることがあるってなんて贅沢なのだろうか。

楽しんでいきましょう。ではでは。

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