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プロ雀士スーパースター列伝 内田みこ編

【金がなければ夢も叶えられない】

 生まれて初めて好きなことを思いっきりやった。
 内田みこにとって、閉店後のつけ麺屋で打った麻雀がそれだった。
 
 幼い頃は、空間デザイナーを夢見ていた。まだ小さかったので「こんなソファがここにあって、こんなベッドがここにあったらいいな」と、空想するだけだった。
 だが、部屋は狭かったし、そういう欲求を満たすオモチャを買い与えてもらうこともなかった。
 こじんまりしたスペースでもできる、手芸や絵描きも好きだった。だが、小さなビーズなどの手芸用品や、絵を描くための道具も買ってもらえなかった。

 内田はすべてを我慢して生きてきた。

 高校生になると、つけ麺屋でアルバイトを始めた。将来のために金を貯めておきたかった。

 閉店後、掃除と片付けが終わると、従業員たちが麻雀牌とマットを出してきて、打ち始めた。
 内田もそれに混ぜてもらって、麻雀をやるようになった。
 
 理由は分からないが、とにかく面白かった。
 それまで「やりたい」と思ったことはすべて「お金がない」という理由でできなかった。だが、麻雀は時間が許す限り打てた。
 楽しかった。

 高校を卒業した後、空間デザイナーになるために建築系の専門学校に入った。
 学費を稼ぐ必要があり、つけ麺屋以外に、雀荘でも働くようになった。
 大きく稼ぐためにキャバクラの体験入店を何度か経験してみたが、自分には合わないと思ってやめた。

 内田は喜怒哀楽を表に出さない。だからつんけんしているようにも見える。その上、しゃべることがあまり得意ではないし、何よりも「ウソをつきたくない」という信念に近いものを持っている。たとえそれが誰も傷つけないような「おべんちゃら」であっても、ウソだと思ったら言えない性格なのだ。これでは、酒場を楽しく盛り上げるのは難しい。

 学校に行き、働き、帰って課題をこなし、寝る。それを繰り返した。寝る時間は3時間ぐらいしかなかった。
 大好きで、ずっと勉強したかった授業の最中に睡魔が襲ってくる。夢を叶えるために頑張って起きていたかったが、寝てしまうことの方が多かった。
 
 自分は何をやっているのだろうか。
 授業を受けるために働いているのに、働いて寝れないせいで授業がロクに受けられない。もどかしいが、金がないのは現実で、授業を受けないと空間デザイナーになれないのも現実だった。

 またしても「金がない」という理由で夢を諦めるしかなかった。

【生きるためにプロの世界へ】

 学校をやめたら寝る時間はできたが、どうやって生きていくのかを考えなければならなかった。
 
 自分が次に好きなのは麻雀だが、麻雀で生活ができるのだろうか。建築業は仕事だが、麻雀は遊びだ。

 プロ雀士の存在は知っていた。レンタルビデオ屋で「MONDOTV 麻雀プロリーグ」のDVDを見つけて借りてみたことがあったからだ。
 また、働いていたお店には、時々プロ雀士がゲストとして来ていた。村上淳、滝沢和典、宮内こずえなど、DVDで観たプロたちと実際に会うこともあった。
 
 村上にプロの世界について教えてもらった。村上が所属する最高位戦への誘いも受けたが、内田は日本プロ麻雀連盟を受けることを決めた。
 麻雀プロとして金を稼ぐにはプロ連盟に入って勝ち上がるしかないと思ったからだ。

 当時の内田は知らなかったのだが「雀荘でのゲスト営業」で稼ぐ方法もある。
 女性プロで愛想が良く座持ちが良いタイプであれば、新人でもそこそこ稼ぐことができる。雀荘から普通の従業員の倍ぐらいの値段でオファーされ、それを毎日繰り返していれば、同世代のOLの倍から3倍ぐらいは稼げるのである。

 そういった道を行きたいのであれば、プロ連盟に入るのはむしろ損かもしれない。連盟では「メールやLINEなどによる営業活動」を禁止しているからである。そういう営業をすることによって「ランチしてくれれば」とか「終わった後に一緒に飲みに行ってくれるなら」という「交換条件」を客から提示されるケースがあり、それがトラブルの元になりかねないからである。

 だからむしろ、稼ぎたいだけなら制約の少ない他団体の方が良かったかもしれないよ?
 内田にそう言ったら「営業みたいなのは苦手なんです。そういう能力があったなら、キャバクラで体験入店した時、そのまま続けられたと思います。でもそれができない人間だって分かっているから、プロ連盟に入って、勝って上がっていって、モンドに出ている人たちみたいになるしかないって思っていました」という答えが返ってきた。

【デビュー戦でアガった四暗刻】

 内田が受験した当時「日本プロ麻雀連盟チャンネル」「女流勉強会」という番組をやっていた。
 プロを志望する女性が参加できる対局番組で、1局ごとに解説者から「こうした方が良かった」とか「ここは良かった」とか「こういうことを意識すると良くなると思います」という風に教えてもらうことができる。
 新型コロナが流行り出してからは休止しているが、これほど自分に都合の良い番組に出ない手はない。内田はほぼ毎回参加していた。
 その当時から、麻雀のセンスがあることが分かった。私だけでなく、解説者やスタッフたちも、同じような感想を抱いていた。
 内田は出てくるたびにトップを取った。

 彼女なら楽勝で合格すると思っていたが、筆記試験に自信がないということだった。
 相談を受けたこともあったが、自分で過去問などを勉強するしかないと私は言った。

 「女流勉強会」の生放送がない時は、巣鴨の「日本プロ麻雀連盟本部道場」で勉強会があった。
 それが終わった後だったのだろうか。道場と同じビルに入っている「コメダ珈琲店」に入ったら、内田と、大月れみ、一瀬由梨、松田彩花が一緒に勉強していた。

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