プロ雀士スーパースター列伝 魚谷侑未編
【パリで怒られて】
2014年にパリで開かれた「第1回リーチ麻雀世界選手権大会(WRC)」の前日、ホテルのロビーで魚谷侑未は森山茂和(日本プロ麻雀連盟)会長から叱られまくっていた。
「なんであんなのを鳴くんだよ。くだらない一発消しみたいな真似するなって言ってるのがわからないのか。やるなら勝てよ」
魚谷はちゃんと反論した。
「私はその時、鳴くべきだと思ったから鳴いたんです」
「でもその結果勝てなかっただろ。明日から全世界の人に麻雀を見てもらう。お前はすでにプロ連盟の看板選手だ。女性のトップランクのプロなんだよ。そういう選手にみっともない麻雀をされたら嫌だから、俺はわざわざ今このタイミングで言っているんだ。わかるか?」
悔しそうに「はい」とうつむく魚谷。
私も何か言うべきかと思って「まあ、3フーロして役無しだったからね」というと、森山さんは「そういうことじゃないんだよな。別に3フーロして役なしでも良いんだよ。いい麻雀を打って勝ってほしいんだよ」と言う。
私は正直「なんやねん」と思った。はっきり言ってわかりづらい。
ただ、森山さんが真剣に魚谷を一流のプロにしたいと思っているのだけはわかった。だから私も、一瞬ムッとしつつも、それ以上の横やりは入れなかった。
「明日からの大会は、ちゃんと打てるな?」
「はい」
「よしわかった。ただし、しばらくの間は、俺が決めている大会の出場は停止にするからな。それぐらいペナルティがないと、痛みがないからすぐ忘れちゃうだろ」
魚谷は一礼して去っていった。
森山さんは大げさに言ったが、実際は森山さんが出場者を決めている大会は当時1つしかなく、魚谷はそれに1回出られないだけだった。
しかし、明日から大会だというのに、こんなタイミングで…。
私は森山さんにそう言ったが「このタイミングじゃなきゃダメなんだよ。これぐらいであの子がダメになるわけがない。あいつはどうせ明日勝つよ。見ててみろ」と言った。
別段、魚谷と森山さんに交流はないが、森山さんは、私よりもはるかに魚谷のことを理解しているようだった。
翌日の3試合目が終わったところで魚谷に成績を聞いたら、元気よく指を3本立ててドヤ顔をしてきた。もしかして3連勝?
「ハイ!」
魚谷は最終的には女性の世界一になって表彰された。
魚谷も森山さんも、私とは違う人種なんだと思った。
このやりとりを見て「パワハラだ」と騒ぎたくなる人がいるかもしれない。確かに同じことを会社とかでやったら「パワハラ」認定されると思う。否、連盟内でも、魚谷が「パワハラされた」と言えば同じことになる。
だが、彼女は会社員ではなく勝負師なのだ。「パワハラだ」と騒いで森山さんに何らかの処分を与えさせようとするでもなく、自分が去るわけでもなく、ただ勝ってみせた。どうだ森山、4連勝したぞと。女性の中では世界一になったぞと。
森山さんに指摘された魚谷の麻雀は、確かに良くなかったと私も思った。ただ、あくまでも麻雀の打ち方はその人の自由だし、本人もダメなことには気づいているだろう。その時は良いと思っていても、後から考えれば「違ったかな」と思うはずである。
だが、それを見て、何の躊躇もなく「ダメだ」と頭ごなしに怒れる森山さんは偉いと思う。「俺はお前とプロ連盟のために言っているんだ。パワハラだというなら訴えてみろ」という気概と覚悟を持って言っていた。同時に、魚谷を打ち手として信頼していたのだろう。「こいつなら、ちゃんと真正面から言えば分かってくれる」と。
私はパリで「スクール・ウォーズ」を見せられていたのだ。ラグビー部の顧問が全員の顔面を泣きながらぶん殴っていくあのシーンを思い出した。
目の前では、実際にぶん殴りはしていなかったが、同じぐらい真剣に、63歳の森山さんと29歳の魚谷が、魂のぶつかり合いを演じていたのだった。
魚谷はいつも泣き虫のくせに、この時は泣かなかった。
くそ、絶対に見返してやると、膝の上でこぶしを握りしめていた。
だが、彼女の凄いところは、そうやって「くそ」と思いつつも、ちゃんと自分の麻雀の反省ができるところである。
納得いかないところは譲らないし、指摘されたところがおかしいと思えば反省して修正できる。
だから現在でも、魚谷は一発消しやハイテイずらしが必要な局面ではちゃんとやる。当たり前だが、森山さんに怒られるからとか、そういうくだらない基準で麻雀を打ったりはしない。
私はパリでぼろくそに言われたことで、魚谷の麻雀は1ステージ上がったと思う。
他にも、何度も魚谷は色々なことで叱られてきた。
だが、決してめげない。逆にそれを糧にして、どんどん彼女は強くなっていった。心も技術も、どちらも強くなっていったのである。
初日が終わってホテルの部屋に帰ったところで、私は携帯のWi-Fiをオンにすれば使えることを思い出した。すると、魚谷から何度か着信があったことが分った。
大会の2日目の朝に「電話くれてたんだね、ごめんな。怒られたことで、何か言いたかったんじゃないの?」と言ったら「はい、でも日本にいる馬場(裕一)さんに電話して相談しながら思い切り泣いたらスッキリしたからもう大丈夫です!」と言っていた。
彼女は怒られ方も良く分かっているし、その後、自分をなぐさめてくれる人のチョイスもちゃんとできるのである。
【ド天然な部分】
魚谷は、プロ雀士に必要な要素のほとんどすべてを兼ね備えていると言っても良い。それぐらい凄い人だと私は思う。
だが、ひとたび麻雀卓を離れると、結構な天然なのである。
数年前、私と魚谷と宮内こずえプロが、札幌の喜多清貴プロにごちそうしていただいたことがある。
座敷で料理を待ちながら歓談していたら、魚谷が突然、真顔になって「すみません黒木さん。私、前から言いたかったことがあるんですけど」と言いだした。
3人とも身構えて、場はシーンとなった。
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