打牌批判は麻雀というジャンルを育てるか?
【早朝からしつこい男】
打牌批判に関する私の考えは以下の記事に書いたので、同じ話を繰り返してもしょうがないと思っていた。
が、カネポンこと金本晃「近代麻雀」編集長はしつこい。とにかくしつこい。
今朝6時半ごろ「福地さんのnoteももっともな気がしました。打牌批判が続くとどうなるか? 打牌批判はオッケーか? プロは病むか? 黒木さんに書いて欲しいです」というLineを送ってきたのだ。
いや、だー! かー! らー!
打牌批判はオッケーっていうか、私が決めることじゃないけど、普通はええに決まってるやん! ずっと言うてるやん!
朝早くからなんなん?
そう思ったが、でも、確かに「打牌批判が続くとどうなるか?」とか「プロは病むか?」という視点については触れていない。
まあ、それならいいかと思って、書くことにした。
現状「一般の方からの打牌批判」は存在している。それはSNSやコメント欄つきの動画配信プラットホームが誕生してからずっと続いているので、すでに10年以上は経過している。
それを踏まえた上で現状があるのだが、十数年前と比較して、特に大きな変化があったかどうかは分からない。もしかしたらあったかもしれないが、明確に「打牌批判の文化があったからこうなった」というのは誰にも分からないだろう。
世の中を見渡すと、ネット上の意見に影響されて考え方や方針を変える組織があるぐらいなので、プロ雀士の打牌にも少なからず影響はしているはずなのだが、周囲からそういう意見は聞いたことがない。
たとえば「叩かれそうだから鳴けなかった」とか「批判が怖くてリーチにいけなかった」とか、そういうことはないと思う。
ただ、解説者は「流れ論などを話すと怒る人がいるから言わないようにしている」と言う人が結構いて、打牌批判は怖がってはいないが、発言には気を付けているという人は多いようだ。
だから今後も、同じ傾向が続くのだと思う。
【プロ同士の批判はどうなのか】
解説での発言同様に、他のプレーヤーへの批判的コメントについてもプロ雀士は気を付けている。「本当はこう思うけど、こう言ったら炎上するかな」とか「こう言ったらこの人がへたくそ! って叩かれて気の毒だからな」とか、配慮してしまうのだ。
プロ雀士たちの間に「批判精神」がないわけではなく、その後起きる「ややこしい事象」を避けるために「配慮」した結果「批判」が極端に少なくなっているのである。
プロ野球の解説などを見ていても、最近は「マシュマロのように柔らかいなあ」と思う。昔は、解説者が結構強めに「ダメ」と言っていたのだが、今はかなりソフトになっている。これも時代に合わせた「各方面への配慮」だ。
今後もこの流れは続き、どんどんソフトになっていくと思われる。
だが、万が一、何かのきっかけで時代に逆行するようなことが起きたらどうなるか?
つまりそれは、裏側で選手たちが言い合っているものを表に出すようになったらどうなるか、という話だ。
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