プロ雀士スーパースター列伝 黒沢咲編
【干された過去】
掃き溜めに鶴という言葉を最近は聞かなくなったが、黒沢咲が新宿の雀荘に出入りしていた頃は、まさにそういう状況だった。
その雀荘が特別に汚かったわけではない。
だが、ほぼ全員がこれでもかチクショウというぐらい、ひっきりなしにタバコを吸いまくっていた。常に空気の色はスモークを炊いたように白くて、煙たかった。
そこに会社帰りの黒沢が現われると、急にパっと明るくなった。
着ているものが派手で目立ったということではない。勤め人だから色使いはむしろ地味だった。服装云々ではなく、黒沢は「光」の雰囲気をまとっていた。どんよりとした「負」のオーラが渦巻く雀荘という場所に、ちゃんとした人生をまっとうに生きてきた良いところのお嬢様がやってきて「光」で照らす。そんなイメージだった。
私はその店で黒沢の姿を何度か目撃したが、まさか彼女が後に日本プロ麻雀連盟の仲間になるとは思わなかった。誘おうとも考えなかった。「住む世界が違う人」に見えたからである。
言葉ではうまく説明できないのだが、要するに「私がいるこっち側は社会不適合者の集まり」であって、黒沢は「こちらに来ない方が良さそうな人種」だと私は思っていたのである。
ところが、黒沢はその後プロ連盟に入り、デビュー直後に制作された単発の麻雀番組に出場した。俳優の萩原聖人さんと初めて遭遇したのがその番組だった。
番組が終わった後、技術スタッフの皆さんが撤収作業を行い、制作の若手もそれを手伝って現場はガヤガヤしていた。
制作会社のプロデューサーA氏は出場者にギャラを手渡しし、領収証を書いてもらって集める必要があった。
今はほとんどが振り込みになったが、当時は「とっぱらい」が多かったのだ。
黒沢にもA氏がギャラの入った封筒を渡した。
「領収証に住所と名前を書いてください」
と言いながらだったが、黒沢は廊下で立ったまま誰かと麻雀の反省会をやっていて上の空だった。ギャラの入った封筒を手に持ってはいるが、たぶん気づいていなかった。
その脇を忙しそうにスタッフたちが行き来する。
A氏が他の出演者から領収証を回収し戻ってきても、まだ黒沢の感想戦は続いていた。
A氏が「早く書いてよ!」と言うと、黒沢はキッとA氏の目を見て「分かってます!」と強めに言った。
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