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輪島のプロ雀士⑧人は地震の時どこに逃げるべきか?【庄田ボーイ】
著者プロフィール
庄田ボーイ 本名庄田祐生(しょうだゆうせい)。石川県輪島市出身。麻雀プロとして東京で活動しているなか年末に実家の輪島に帰省。そのとき地震は発生し家族一同で被災。現在は輪島に残り父母、祖父母と共に暮らす。将来の夢は麻雀のトッププロとして最強位、Mリーガー。ツイッターはこちら。
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震災からまもなく1ヶ月が経とうとしている。
僕と両親は避難所生活から始まり、自宅の車庫へと移り、今は近所の民宿の1部屋を借りて生活をしている。
夜ご飯に炊き出しで頂いたカレーライスを口にしながら家族で当時を振り返った。
「あの時みんな近くの山に逃げたけど、その山土砂崩れ寸前だったみたいだよ」
その山は親戚の家の目の前にある鳳来山(ほうらいざん)という山だ。
山道は最初こそ人が歩く整備がされているが、途中からはなにもない。津波が来る事を恐れ、冬のぬかるんだ山道を裸足で駆け登った。
1時間ほど経った時、市役所の職員か、レスキュー隊か分からないがその山にやってきた
「この山にいても危険です!山を下って近くにある高台のホテルの駐車場に行きましょう!」
山にいた数百人はその言葉を頼りに皆で手を取り合いながら山を下った。
ホテルの駐車場に着いたが、もちろんそこも極寒。
このまま夜は明かせないと判断した僕たちは津波が来る危険を承知の上で避難所へと走って行った。
僕は言った
「あの時って結局どこに行くのが一番安全だったかな?」
確かな答えは無いかもしれないが、少しでも生きる確率が上がる選択はあるはずだ。
どこに逃げるべきだったか?
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