追憶・仲林圭【文・吉田光太】
六本木の店で仲林と昼メシを食べ始めた所だった。
店は六本木交差点沿いの好立地だ。
待ち合いのソファーとテーブル、6人掛けのBarカウンター、そして雀卓が3台。
3卓だけ? 少なく思う方もいるだろう。
だが、スピードバトルは1卓が東南戦の3卓分に相当するので十分だ。
狭い店だがようやく手にした自分の城だ。
以前は飲み屋だった箱なので立派なBarカウンターがあるのだが、昼はもっぱらスタッフの休憩場所だ。
この日は近所の中華料理店から出前を取った。部下と一緒に食べる時は私の払いだ。
小食な私は弁当を全部食べ切れないので、だいたい半分を仲林に分け与える。
不思議とスピードバトルの店は出前を頼むスタッフが多い。色々麻痺してるのだろう。
だが、この業界では麺類はNGだ。
ラス半が入っている卓が急に終わったり、突然に席を立つ客も居なくはない。
いつ席が空いて出走になるか判らないので、伸びる麺類はご法度なのだ(伸びても良いなら話は別だが…)。
“もしラス”が入れば買い物にも行けないので、メシはお預けとなる。
ただ麻雀を打ってるだけの仕事に見えるかもしれないが、大変な一面もあるのだ。
店は一階が牛丼屋でコンビニも隣にある。
だけど、私がそれらを店で食べる事はない。
男性麻雀プロの若手は食えない世界だ、将来性も無い。
だが活躍すれば自分の店が持て、良い酒を飲んで旨いメシが食える。
そういった姿を後輩に見せる義務があるからだ。
卓上のマナーだけではなく、男としての背中を見せる必要があった。
「ユウキ、そろそろ変わろうか」
店長であるユウキの卓にラス半が入った。
次ゲームから仲林と私でツー入りにして今日もタイマン勝負の始まりだ。
そう思っていた矢先、常連客が2人顔を出してくれた。
近所の飲み屋の黒服と、イタリアンの店のオーナーだ。
ユウキが慇懃に頭を下げて卓にご案内する。打ちっ放しだった奴がようやくメシ食えます、という顔で寄って来た。
抜けるように白い肌に、シャープな小顔。
華奢でベビーフェイス。
背こそ高くはないが国宝級のイケメンだ。
麻雀プロになる前はアイドルユニットを組んでいた。
「ねぇ、ケイ君聞いてよ。さっきの半荘、マジ有り得ないんだけど」
ユウキが仲林に先刻の自分のミスをひけらかしている。
2人は歳も近い友人関係で、もともとユウキがこの店に入り、その紹介で仲林がやってきた。
新宿の麻雀店で同僚だったらしい。
六本木の店は20歳のユウキが店長、同じく21歳の仲林が副店長だった。
2人とも若いがとにかく人懐っこく、客受けが良いので頼りにしていた。
ちなみに、私が「俺たちイケメンて配牌が悪いよな」
と冗談を言ったところユウキは深く頷き、仲林はまた迷言が始まったかと苦笑いしていた。
仲林には遅番を任せることが多かったため、私はユウキと働く事が多かった。
プロ協会の先輩である私を慕ってくれたのが付き合いのキッカケだが、プライベートでもよく行動を共にしていた。
芸能畑の出のユウキだからこそ想いが強いのか、特に「麻雀プロの現状を変えたい」という意識が近かった。
私たちはゲーム会社に企画をプレゼンしたり、ネット麻雀のカリスマ著者・とつげき東北さんと公開対局を行ったり、近代麻雀に若手男子プロによる麻雀教室の起案を相談したりしていた。
だが、結果はすぐに出なかった。
悔しい思いをしたユウキを帰りのタクシーで慰めたのをよく覚えている。
私は自分の無力さを恨んだ。どうしたらこの後輩たちに良いステージを用意できるのか、と。
ユウキはその後、24歳という若さで協会A1リーグまで上り詰めた。
だが仲林と違い、少し心に傷を負って生きて来た。
私や仲林はどちらかと言えば温室で大事に育てられた来た方だろう。
ユウキはアイドル時代もトラブルを起こして辞め、キャバクラの副店長をやってはずぐに辞めなどという事があった。
少し、生き方が雑な面があった。
だが、家族との事もよく相談してくれ、弟のような存在だった。
しかし、生来の気性の荒さか、若さからか、仕事面で私に反発するようになってきた。
どれだけ親しくとも仕事を一緒にやると関係性は変わってくる。
もちろんユウキの言い分も判る。好きにやりたいだろう。
だが、ここは私の店だ。勝手をやるならそれは将来自分の庭でやるべきだ。
私の思いと裏腹にユウキは仕事面でちょっとした造反をし、私はクビを宣告した。
店に残っているスタッフへの手前、私はユウキとの関係を断ち切った。
甘い姿を見せるわけにはいかない。
ただ、リーグ戦で当たる前日には必ず電話をかけた。
要らぬ気を使って欲しくなかったからだ。
―――2年が経った頃だろうか。
奴は変わらず協会で活躍し、結婚のためにサラリーマンを始めたと噂を聞いた。
六本木の店は閉店となり、私は次の店探しに奔走していた。
突如、奴から「話がある」とメールで連絡が来た。
あまりに久しぶりだったので、驚いた。
いったい、今さら、何の用だと言うのか…
私は気が乗らなかったが待ち合わせ場所に向かった。
正直に言って、緊張していた。
恨み言の一つや二つを言おうという心算だろうか。
もしかしたら手を出してくるんじゃ…
そんな事まで考えていた。
新宿のカフェで目の前に座るヤツをまじまじと見た。
何だか落ち着かない、私はぎこちない挨拶を一言二言交わした。
「実は―――」
「やっぱり俺の人生には光太さんが居ないとダメなんです」
そう言って奴は頭を下げた。
私としては受け入れない理由がないが、なぜ今さらなのだろう。
何か狙いでもあるのか?
「今さら、だからなんです。これから会社勤めを始める、結婚もする。そういった時にこれから先、光太さんに不義理をしたママは嫌なんだ…」
カフェから居酒屋に河岸を変え、私たちは再会の盃を交わした。
こうなると遊びの話も早い。
翌週、大久保の雀荘で私とユウキはセットをする事になった。
もちろん仲林も呼んだ。
セットが終わり、私とユウキが麻雀の談義をしながら歩いていた。
すると少し後ろを歩いていた仲林が言った。
「こんな日が来るなんて…また、この三人で話せるなんて本当に嬉しいっす」
そう言って、仲林はいつのように涙ぐんでいた。
私たちは駅前の安居酒屋に入った。
くだらぬ話をツマミに懐かしい時間を楽しんだ。
その一か月後、ユウキはビルから飛び降りて自ら命を絶った…
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