【秘蔵対談】馬場裕一×瀬戸熊直樹①
馬場「当時の麻雀プロなんて輩(やから)しかいなかったんじゃない(笑)」
馬場:こうやってなんか瀬戸熊プロとお見合いのように話すのって普段ないからね、ちょっと照れるよね(笑)
瀬戸熊:長い間お世話になってます
馬場:いや全然お世話してないけれども、初めて会ったのはいつか覚えてる? 僕ははっきり覚えてるんですよ。竹書房の創始者である野口恭一郎会長の麻雀棋士奨励会というのが開催されて、僕が会場向かうときに会ったんですよ。
すごく丁寧なご挨拶を受けました。
はっきり言って当時の麻雀プロなんて輩(やから)しかいなかったんじゃない(笑)。だけどすごく瀬戸熊さんは生真面目で礼儀正しいなと思って。
誰かに瀬戸熊さんのことを聞いたら、何かお父様がお国を守る方でお父様の教育が行き届いているんだなぁと感じたんですよね。
瀬戸熊:僕の中では、やっぱり馬場さんってバビィだったんですよね、ずっと。ノーマーク爆牌党とかで片山さんの作品で闘牌作成をやっているのが馬場さんってことがわかって、こんなすごい闘牌を作れる人がこの世に存在するのかと思っていました。
馬場「麻雀は一打が波紋のように」
馬場:それをもっと言ってほしいんですよ!
なぜかって言うと、竹書房の編集者はノーマーク爆牌党の話が出るたびに、もう苦しい思い出しか語らないんですよ。原稿こないとか(笑)。
あの闘牌作るためにね、当時はファミリーレストランとか行って、ちっちゃいミニ麻雀牌を並べて作ったんですよ、ずっと。今みたいに全自動卓がね、身近にあればね、これで闘牌シーンは作りやすいんだけどね。
また片山くんが漫画家といっても麻雀に関してもかなりの打ち手なので、細かいんですよ(笑)指示がもう。
でも今思えば、つらい時期もあったけど、こうやって瀬戸熊さんに評価されるんだったら良い漫画だったのかな。
瀬戸熊:僕は本当、あれほど配牌から最後のアガり形とか流局形で完成された作品はないと思っています。
馬場:あれ実はね、東1局からオーラスまで全部牌譜作っていたんですよ。使われないやつも含めて。それは片山くんのこだわりだし、嫌いじゃなかったからやってたんだけど。
ちょっと詰め込みすぎて嫌になって逃げ出したときがあって(笑)。
それで編集者から追いかけかけられて。
今は携帯とかあるけど、昔はなかったからもう、家の前で刑事のように待たれたりしてね、家帰れねぇとかあったんだよね。
でもこうやって評価してもらえると嬉しいね。
瀬戸熊:ぜひ今の若い人たちにも読んでほしいなと思う名作です。
馬場:なんだか損だ得だとか期待値だとか、牌効率とか言っている人には是非、いや、それ自体が悪いわけじゃないんだけど、流れというのがあって、その時のツキ牌やアヤ牌みたいなのがあって、今の人は全く理解してくれないだろうけど、なんかそういうのを楽しみながら打つ麻雀の世界っていうのがノーマーク爆牌党にはちょっと溢れていて。
片山君がすごいのは、流れ論者ばっかりじゃなくて、鬼押出登のような、いわゆるデジタルの先駆者みたい人を出したりしてね。デジタル対オカルトみたいな構造もあって。
瀬戸熊:僕いまだに、ドラが例えばチュンとか三元牌とかの時、ドラを切り出して良いことが起こった時、爆牌だったな、と思いますね。
馬場:なるほどなるほど、あるよね。みんな手が進まないイーシャンテンで鳴いた瞬間、みんなに聴牌が入るとかね。それはたまたまだっていうのが今の風潮だけど、それをたまたまじゃなくて、自分が一つ石を投げて波紋が広がったっていう考え方していくと麻雀は楽しいよね。
そうだ!次に瀬戸熊くんを紹介されたのは片山君の漫画だったね。卓上の暴君、そこででてくるんだよね。
瀬戸熊:そうです、多井さんを主人公にした「オーラ打ち言霊マンボ」に發王位決定戦で三連敗の後、三連勝して取った時を取り上げてもらって。
点箱じゃらじゃらってやって、そこでなんか卓上の暴君ってキャッチフレーズができてて、片山さんと馬場さんのことは知っていました。
なので初めて馬場さんに会ったときに、当時の僕はすごく緊張していたと思います。
あ、馬場さんだ、みたいな。
瀬戸熊「馬場さんのおかげで鳳凰位をとれた」
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