墨乃宮はつかは、ごきげんななめ


#サクラ革命 #サク革飯 #墨之宮はつか
『墨之宮はつかは、ごきげんななめ』

(※登場する人物、お店などは実在のそれとは一切関係ありません。
 写真はイメージで一切関係ありません。)


   -0-

「し、司令、わたし、おこってませんよ」

 墨之宮はつかが、ニッコリと口角をあげ、笑顔を浮かべている。
囲炉裏調のテーブルをはさみ、うっすら赤ら顔の帝国華撃団の司令が、
 (しまったなあ…)
と、バツが悪そうにしている。
 島根の古民家を模した内装のお食事どころ。
ふたりで夕餉を楽しんでいる最中であった。


   ー1ー

 秋晴れの日曜日のお昼過ぎ。
 帝都でも有数の古書店街、神保町。
水道橋駅の東側の改札を出てドーム球場を背にすると、ちょうど南を向くことになる。

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山の手の円の東西の直径、頭上に敷かれた線路の下を、南北に白山通りが交差する。
歩道の端のガードレールに、一人の少女がたたずんでいた。
黒絹のような艶やかな髪。
前髪をセンター分けに、サイドを両の耳の上でわえている。
女学生らしい着物と袴。
小柄な体格ながら実に大人顔負けの落ち着いた空気を醸している。
少女は地図に目を落としていた。
空中に指で何かを描いたり、ぶつぶつとつぶやいたり、そんな様子を司令はしばらく眺めていた。
 少女が、ふう、と短くため息をつき、顔を上げたところをみはからって
「おまたせ」
と、声をかける。
 少女はビクッと身をすくめ、慌てて目をしばたたく。
見知った顔を見つけ安堵の表情を浮かべた。
「ししし、司令、お・・・おつかれさまです。
いつからいらしてたのですか?」
「いま来たとこ」
とそっけなく答える。みえみえのウソ。
「ささ、早速ですが、今日はよろしくお願いします」
 はつかは司令に深々と頭を下げる。
前髪と両耳のおさげも揃っておじぎする。

 少女の名前は、墨之宮はつか。

 山陰地方の政治の要、メガロポリス島根で巫女を務めている14歳の乙女。
宣託を告げる政治広報の顔でもあり、実際に議席を持つほどの才女。
普段の凛々しさと舞台の上での愛らしさのギャップから、個性派揃いの帝国華撃団でもなかなかの人気を博している。
 普段は日常的に純白の着物、真紅の袴の巫女装束を身に着けている。
今日は藤色の着物、菖蒲色の袴、眼鏡といかにも年相応の文学乙女らしい出で立ち。
いつもはかけていない眼鏡は、メディアへの配慮、目立たぬように変装のつもり、出かけるときだけの伊達眼鏡とのことだ。
『知識の王』というあだ名で呼ばれるほどの無類の本好き。
 今回、彼女の誕生日のお祝いにと、念願である神保町の古書店街巡りと相成った。
しかし、そのために政務を前倒ししたり、遅くまで書類を整理したり、倍以上に働くことになってしまったという。
それでも、今回の休暇は、はつかにとって魅力たっぷりな目の前の人参となり、こうして無事でいるところを見ると万難を排してこられたようだ。
 今回の司令は保護者、兼、荷物持ち。
そのため、あらかじめたくさんの本がすっぽり入る大きな背負いカバンを用意してきていた。
「そ、それでは参りましょう」

   ー2ー

 歩道には街路樹の銀杏が並ぶ。
落ち葉が金色の絨毯となって敷き詰められている。
ちょっと据えたにおいがするのはご愛嬌。
「司令、わかりました。次へ参りましょう」
 一通り店内をめぐり、品ぞろえを把握してきた。
「今のお店は全集、市町村の史集、企業の社長さんの自伝などが揃っておりました。
こ、古書店と一口に申しましても、店主によって『色』が異なります。
その店毎の風合いの違いを味わうのも、また一興なのです」

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 白山通りの交差点を渡り、教会のマリア様の像を横目に裏通りへ。
歴史を感じる小さなビル。目的は上の階。
ここは貸本時代の少女漫画の専門店。
人ひとりがやっと歩ける店内。書棚から平台まで本がびっしり。
はつかは上から下まで文字通り舐めるように吟味している。
司令は大きな背負いカバンを持ち込めないので、ひと足お先に店の外でお留守番。

「お、お待たせしました。い、いいですね、いいですね!」
 はつかがフンスフンスと鼻息荒くして階段を降りてきた。
買ってきた本を司令の背負カバンに詰め込み、興奮冷めやらず休む間もなく歩き始めた。
 司令は、かつて学生の頃からの馴染みの店をはつかに気に入ってもらえ、思わず笑みが溢れた。

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 靖国通りの西側には演劇、歌劇、芸能の専門店が並んでいる。
図書館などではなかなか見つけるのが難しい雑誌『帝劇スタァ』がズラリと並んでいる。
はつかは食い入るように棚の隅々まで物色している。
はつかの探究心がいよいよ燃え上がってきたようだ。

 店を後にして靖国通りをいったん折り返し、今度は東側に向う。
 秋の陽気も手伝ってか古本のワゴンが店先に並んでいる。
何を見るでもないが、あっちをのぞき、こっちをのぞきと、はつかはまるでご機嫌な蝶にでもなったよう。
 古書店以外にも、出版社、階層ごとに専門分野に分けられたテナントビル、あらゆるジャンルを網羅した大型書店が軒を連ねている。

 喫茶店で作戦会議。
ほうじ茶と和三盆をいただく。
 はつかは、改めて地図を見直し、粗方あらかた希望のお店をまわれたのと、思いがけず素敵な収穫に出会えて、嬉しそう。
「し、司令。ここから史跡巡りと参りましょう。
よろしいですか?」
 もちろん二つ返事で承った。

 靖国通りから明大通りを北上。御茶ノ水の駅に到着。
そこから東へ、聖橋を渡る。

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 湯島聖堂。
孔子廟を外から眺め、裏の通りにまわる。

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 神田明神。

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機械仕掛けのミニ獅子舞の神籤をひく。
お互いの結果が気になるが、ないしょ。
さらに北へ。

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 湯島天神。
そこから東の大通りを南下する。
秋葉原に到着した。

 予め打ち合わせをしていたが、ここではお互い自由に散策することになっていた。
「い、いいですか、ここはお互いが自由で無関係な過ごし方をしましょう。
 ももも、もし、もしも偶然出会っても、そこは干渉してはいけません。
いいですね?
いいですね!
約束しましたからね。
また後ほど。では失礼いたします」
 はつかは司令にしつこいくらいに念を押すと、
これまで以上の速足でそそくさと人込みに紛れていった。

   ー3ー

 (暗転)

 闇の中、ピンスポットの下。
マイクを前に、イスに座った司令、曰く。

「約束?
忘れてました、
といったら、ウソになりますね。
ええ、覚えてました。
でも、咄嗟とっさでしたから。あれはそう、あれですよ
『か、体が勝手に!?』
……て、ダメですか?ダメですよね……。
すみませんでした……」

  (暗転)

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 秋葉原。
 司令は、はつかと別れてから家電量販店、大型書店、ゲームコーナーなどをぶらついていた。
 そうこうするうちに待ち合わせの時間。
末広町手前から折り返し、秋葉原駅に向かおうとした。
 すると、マンガ専門店の並ぶビルから、紙袋をパンパンに膨らませた乙女、はつかが出てきた。
はちきれそうな紙袋を手に、よろよろと店の出入り口のスロープを降りてくる。
「はつか君!」
 司令は、荷物持ちを買って出ようと、はつかに声をかけてしまった。

「ひ!」
 
 ビリッ
  ドサッ

 声を掛けられたはつかが驚いた拍子に、紙袋の持ち手の紐がちぎれてしまった。
 袋からキャラクターの描かれたノートのような薄い本がほんの少しはみ出して見えた。

「しししし、しれ、いひッ!!!」

 歩道を行き交う人々がギョッとする。
すわ警察案件か、と遠巻きながら視線が集まってくる。
「ちちちち、ちが、まちがいました!いえ、ちがいません!知り合いです!
わー!こんなとこで、ぐうぜんですねー!」
 なんだ知り合いかと、まわりの空気がゆるむ。
「しし、司令!あああ、あれほど声をかけないでと言ったではないですか!?」
「いや、こんなにたくさん本を抱えてたら大変かなって、つい…」
 司令が地に落ちた紙袋に手を伸ばした瞬間
「見るなッ!動くなッ!!!」
 はつかの怒声がビリビリと空気を震わす。
司令の身がすくむ。
「『軍師の街道封鎖』を発動。
司令は一歩も動けません」
 本来なら降鬼との戦闘で用いる、敵を足止めするスキルを躊躇なく使ってきた。
「司令。
ゆっくりと。
私の、目を、見て。
そう。
そのまま、逸らさず。
手元を、見ずに、
そっと、紙袋を、置きな、さい。
置きなさい。
置け」
 コワイ。
 はつかの声に表情がない。
 コワイ。
 はつかの顔に表情がない。
 司令が震えているのか。
 はつかが震えているのか。
 じわりと脂汗がにじむ。
 そっと、すおっと
 慎重に、慎重に、
 紙袋を置く。
 置いた。
 紙袋が足元で立った。
 ぐびりとのどがなった。
「『軍師のおびき出し』を発動。
 司令、一歩前に、進みなさい。
 見ない!下は見ない!!」
 今度は前進させるスキルを使った。自然と足が前に出る。
司令には見えないが、背後ではつかが紙袋を拾い上げ、司令の背負カバンにしまい込もうとしている。
 そのとき

  ビリッ
   ドサッ
    ドサドサッ

「あ」
はつかは小さく声を漏らした。
「え」
司令は思わず後ろを振り向いた。
紙袋の底が、抜けていた。
薄い本が歩道に
  散 乱 し て い た 。

「あわあわあわ…!」
 はつかは混乱している。
「あわあわあわ…!」
 司令も混乱している。
「「わああ!わあああ!うわああああああ!!!」」
 ふたりはガタガタ震えだした。
秋葉原のまんなかで、あいを叫んだ悲しい獣。


 (暗転)

 闇の中、ピンスポットの下。
マイクを前に、イスに座った墨之宮はつか、曰く。

「反省しています。
ええ、ちょっと、我ながら迂闊でした。
あの紙袋は、もうずいぶん昔のモノですね。
花園栞先生のファンの方が作られたグッズなんです。
パッと見にはわかりませんが、
栞先生のサインをアレンジしたデザインなので、
普段使いにもできますし、
ファン同士が見たらわかり合える『符丁』のようなモノなのです。
それを秋葉原で持ち歩きたいという、ちょっとした遊び心で…。
ただ、あまりにも素晴らしい本の数々に、目を、心を奪われました。
ちょっと買い込みすぎましたね。
もうずいぶん使い込んだものですから、しょうがないです。
 あ、あ!あの、一応補足させていただきたいのですが、よろしいですか?
私は未成年ですので、全年齢向、一般向しか買っておりません。
そこだけはどうか誤解なきようよろしくお願いいたします。
え、見せてほしい?
ダダダ、ダメです!それはぜったいにダメです!」

 (暗転)


   ー4ー

「は、はつかはもう、お嫁に行けません……」
 はつかは、恥ずかしいやらなんやらでもう自分がどんな顔をしているのかわからなくなっていました。
「すまない。本当にすまない」
 司令は先ほどからずっと謝り通しです。
「け、結果的に司令には、助けられたわけですから……ありがとうございました……」
 秋葉原の歩道に散らばった本は、幸いにも一冊ずつ透明の袋に入っており、大した傷や汚れもなさそうだった。
凍り付いたはつかをよそに、司令が手早く背負いカバンに詰め込み、はつかの手を取り、何事もなかったかのように足早にその場を離れて行った。

 気まずい……。
 秋葉原から神田を経由し、地下鉄で三越前へ。
はつかも司令も、お互いの顔をまともに見れていない。

「……な、中は見えてませんでしたよね?」

「……ほ、本当ですか?」

「……ほ、ほんとのほんとですか?」

 そんなやり取りをくりかえすうちに、本日の夕食にと目星をつけていたお店に到着した。

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 日本橋 しまね料理とさばしゃぶの店 『主水もんど

 はつかの故郷、島根の美味しいものをいただけると評判のお店だ。
「あら、いらっしゃい!ご予約の2名さんでしたね。
お待ちしてましたわ!
あらあら、まあまあ!
ずいぶんと大荷物だわ!つかれたでしょ?
今日は島根のおいしいもんをたくさん食べて!
ささ、どうぞおかけになって!」
 白いエプロンをかけた明るい店員さんに、ほっとした。
カウンターからさらに奥まったところに囲炉裏風に組木でできたテーブルが用意されていた。
店内には出雲大社のミニ鳥居、島根県の観光ポスター、酒蔵の前掛けなどが所狭しと飾られている。
さっきまでくったりと元気がなかったふたりだったが、熱いお絞りで手をふき終わるころにはようやく肩の力が抜けてきた。
「今日のおすすめはこの辺全部!うちに来たらこれもはずせないね!」
 司令もはつかもお勧めされるままに注文していた。

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 一皿目、刺身盛り合わせ 天然生さば、ノドグロの炙り、白いか

 サバは島根沖でとれたて新鮮なうちに産地直送。
津本式という特別な血抜き方法で生臭さがない。
「ノドグロがお刺身で食べれるなんてすごいです!
この白イカのねっとりした旨みときたら!
ん~、サバ、おいしいですね!
なつみにも食べさせてあげたいです!」
 華撃団にいるサバ好き乙女、長門なつみにも食べさせてあげたら喜ぶな、
なんて思っていると、はつかも同じことを思っていたよう。

「お飲み物お待たせお待たせ!
お嬢さんには『安藤さんの抹茶』。
大人には、島根の地酒のみくらべ。
しまね地酒マイスターのおススメだからね!」

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『七冠馬』
バランスよし。キレ、スッキリ。島根県産酒米にこだわった純米酒。まさに七冠馬シンボリルドルフが如し。

『出雲 月山』
米の旨み。心地よい辛口純米酒。濃厚で幅広い味わい。料理と合わせるとまた一段と美味。

『李白 やまたのおろち』
濃厚、コク有り。特別純米酒。するりとのどを落ちていく。美味くて止まらなくなる怖いお酒。

「出雲は酒の発祥地ともいわれております。水清く、米尊く、供物としてのお神酒が…」
 はつか君の嬉しそうな説明をきいていると、なお一層お酒の味わいが深まる気がする。 

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 二皿目。大和シジミの酒蒸し

 まず、運ばれてきた香りにやられる。
次に大きさに驚かされる。一個一個シジミが大きく食べ応えがある。
丁寧に砂ぬきされている柔らかい肉質のシジミ。
「ちゃんとアルコールをとばしてるからお嬢さんでも食べれるでしょ。
シジミを食べ終わってからが、本番よ。
このおさじで出汁をのんでみて、ってあらあら♪」
  ぷはあ
 司令もはつかもすっかり飲み干していた。
「お行儀悪いかとおもったのですが、とってもいいお出汁なので、思わず飲み干してしまいました」
「いいのよぉ!おいしく食べてもらえて、シジミも喜んでるわ♪ありがとね」
 みんなが笑顔になる。

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 三皿目。夢路のつくね焼き

 ここのお店の始まりのお店「夢路」からのオリジナル名物料理。
ふううわりした鶏肉と旨み!
香ばしい甘めのタレ!
「はふふ、この濃厚な卵黄がたまりませんね!これもご飯にあいますよ」
 思わず笑みがこぼれるつくね棒。

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四皿目。名物さばしゃぶ

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出雲市平田三津港伝統の漁師料理。
新鮮な生さばを、醤油ベースの出汁で豪快にしゃぶしゃぶ!
島根県産・玉葱の薄切りともやしと一緒に食べていただく。
サバと出汁の甘みが絶妙!
さらに、サバとトロロともやしの組み合わせの発想よ!
「ふえええ。おいひいです。とってもおいしいです。これもお米が食べたくなりますね」
 はつかが喜んでくれている。
それだけでお酒が進む。

「それじゃ、最後の〆はいかがします?」
 鍋はもやし一本残らず空になったところ、店員さんが最後の注文を伺いに来た。
「司令、だいじょうぶですか?まだ食べられますか?」
 はつかがメニューを広げて見せている。
 司令はすでにほわほわと夢見心地になっている。

  こめ……おちゃづけ……そば……そばかあ……

(カッカッカー!出雲といえば出雲蕎麦!
 こりゃうまい!
 なんてうなること間違いなしよォ!)

 そういえば華撃団の島根出身の乙女が出雲蕎麦をお勧めしていたなあ、とぼんやり思い出した。
少しおなかもきつくなってきたし蕎麦なら丁度よさそう。
「それじゃあ、出雲蕎麦で…」
「え?!」
「ん?」
「いえ、なんでもないです……
私はこちらのご飯ものをお願いします」
 今のはつかの「え?!」はなんのことだろう?
司令はぼんやりとはつかの顔を伺うと、
はつかは、くちびるを軽くはみ、ほほをぷっくりとふくらませていた。

 「し、司令、わたし、おこってませんよ」

 墨之宮はつかが、ニッコリと口角をあげ、笑顔を浮かべている。


   -5-

「あ!しまった!」

「い、いいんですよ、司令は食べたいものを食べてくださって。
だって、出雲といえば出雲蕎麦。
それはもう、とってもおいしいですから!
お酒を飲まれた後の〆にもぴったりですし。
私もお蕎麦にしようかなって、正直、迷いました。
それでも、やっぱりここは、食べたかったンです。
 お 米 」

 そうなのだ。
 華撃団にはサバ好きの乙女、蕎麦好きの乙女、多種多様な嗜好の乙女がいる。
 その中でも一際大きな派閥がある。それは

 『 米 派 』

 「私の故郷、島根の名産である仁多米にたまい
神様にも愛されるほどのその素晴らしさよ。
神はこう云っています。
清浄きよあかき奥出雲の地が育みし
豊穣の証、仁多米を食せばさきたま
巫女・墨之宮はつか、かしこかしこまおす…」
「はつか君、おこってない?」
「いいえ、司令、わたし、おこってませんよ」
 墨之宮はつかが、ニッコリと口角をあげ、笑顔を浮かべている。

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「はい、おまたせ!出雲割り子蕎麦!」
 割り子に入ったお蕎麦とお汁が運ばれてきた。
なるほど、汁をまぶして食べる、ぶっかけ蕎麦というものだ。
うまい!
蕎麦の香りが一段と強い。
ずるりと、一息で飲み干してしまった。

「はい、お嬢さんはこちら」

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 サバの胡麻和え丼

 ドン!

と、はつかの顔が入るくらいの大ぶりな丼が来た。
丼いっぱいのサバとご飯。
実に美味しそうである。
しかし、いくらおいしそうでも、14歳の乙女のおなかには、いささか荷が重そうに思える。
「あの、手伝ってもらえますか?」
「あの、手伝おうか?」
「あら、こんなこともあろうかと♪」
 ちょうど店員さんが取り分け用のお碗と小ぶりなおしゃもじを持ってきたところだった。

 はつかは、胡麻サバをよけて、ご飯をお茶碗によそう。
新しいお箸で恭しく胡麻サバを取り分ける。
その所作一つ一つが、まるで神事の儀式のような神々しさを帯びている。
「それでは、いただきます」
「いただきます」

 おお、美しくしまった身のサバ、
 コクのある胡麻を纏い、
 純白の仁多米の大地に降りたたん。

 ふと、はつかを見ると、うっとりと恍惚の表情を浮かべていた。

 おお、神よ、今ここに平和がもたらされました。

   -6-

「お客様、お会計でーす!ありがとねー♪」
 帰り際、店員さんが司令に耳打ちをしてきた。
「お嬢さん、喜んでくれたかね?
 そうかいそうかい♪
 またきておくれよ!ありがとね!」
 この店員さんには本当に救われた。
実に気持ちのいいお店だった。

 お店を出て、駅への道を重たいカバンを背負って歩く。
「し、司令、ここで問題です」
 はつかが司令の前に立ちふさがると、じっと司令の目を見つめてきた。
「私、墨之宮はつかを見て、いつもとどこがちがうか、お答えください!」
 ふだんの巫女装束から、お出かけ用の着物と袴、実は今日の日のために用意してきた。
伊達メガネも普段は強めのフレームなのをリムレスに、こめかみにウサギをモチーフにした意匠が施されている。
それは髪留めと同じく『MIYAZONO』ブランドの新作であり、
さらに、はつかのために特別にアレンジしたオリジナルであること。
「すごい!正解です!」
 はつかの顔がパッと明るく華やいだ。
「それでは、今の答えを参考に、
墨之宮はつかは、どのような気持ちか、お答えください!」
「……はつか君、酔ってる?」
「酔ってません!飲んでません!」
「……おしゃれに目覚めた!」
「……それだけですか?」
 司令は、うんうんと、首をかしげて一生懸命考えている。
「……もう!いいです!」
 はつかは、その場にしゃがみこんでしまった。
 ごめんごめん
と、司令もはつかの顔を覗き込むようにしてしゃがみこんで謝る。
「クスクス。
司令、謝らないでください。
私の方こそ、すみませんでした」
 はつかが、すくっと立ち上がる。
「あー!
楽しくて、美味しくて、
こんなに笑ったのって、久しぶりです。
今日はありがとうございました!
それじゃ、帰りましょう、司令」
 はつかが司令の手をひいて立ち上がらせる。
「あ!私も、出雲蕎麦、食べたかったなあ」
 司令はドキッとした。

「なんて」
 はつかは、してやったり、といった無邪気な笑顔を見せる。

「司令、わたし、おこってませんよ」

 墨之宮はつかが、ニッコリと口角をあげ、笑顔を浮かべている。


おわり。


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