稲作創話「棚田物語」甲類01「よせあげ」
自然農法稲作① 「ヨセ上げ ~田地創造~ 」
何を上げるのだと思いますか。「ヨセ」って何? 田んぼにそんな部分があるの? ってことですよね。
でも、これ、親父からも言われた棚田の米作りにとって大切な作業なのです。わが棚田は石垣でできているという話は、以前したと思いますが、その石垣の足元、田に埋まっている石垣の部分の土を田の形に沿って幅三、四十センチほど掘り下げて溝(ヨセ)を作り、そこに水を誘導するのです。その溝の泥土をスコップや平鍬を使って上げていくのが、「ヨセ上げ」です。石垣の畔(あぜ)ではなくて、その反対側の土手作りです。
目的は、田を乾かすことと余分な冷たい水を侵入させないため。石垣を伝って落ちてくる雨水や上の田から染み出てくる水をこのヨセで受け止め溜めて、その水がそのまま田に侵入してくるのを防ぎます。なるべく田には温かな水を送りたいので、この溝で外からの水の侵入を防ぐのです。
また、ここには、基本的にいつも水が溜まっていますので、大量のイモリの生息地となっています。時には川から流れ込んできたのか、三センチほどの小魚が泳いでいたりもします。トンボがお尻をちょんちょんと浸けて卵を産むのもこのヨセです。また、蛍の幼虫も居て、カワニナもたくさん居ます。もちろん、サワガニもゲンゴロウもミズカマキリも居ます。まだまだ私
の知らない昆虫や小動物がたくさんいると思います。そんなたくさんの生き物たちがヨセ合って、大喜利でもしているかと思います。(寄席やい!)
そんな、ヨセですが、上げる作業は結構骨が折れます。基本、泥遊びです。
そう、天地創造ならぬ田地創造の泥遊び。形無きものに形を与える箱庭療法のような「田造り。」畦の草刈りや畦塗同様の田の輪郭を整える極めて創造的な泥遊び。通りで癒されるはずです。「その行為そのものが治療である」とは、箱庭の権威、河合隼雄先生のお言葉です。(私、大学時代、ユングにかぶれてました!)ならば作業者である私たちは、心病みし者たち。小動物にも癒され、ヨセ上げという行為にも癒され、もう田の神様にひれ伏すしかございませんなぁ。
そんな、ヨセ上げですが、年に3回はします。春、水入れの前。この時は、田の形を整え、いよいよ稲作の始まりの儀式のように、田への挨拶として。2回目は、9月、稲刈り前の田を乾かし機械を入れるため。また、野分(台風)で稲が倒れないように足腰を固める思いもあります。そして、冬を迎える前の十二月頃。しっかり乾いてほしいので、稲作を終えての感謝を込めて、雪が降る前に。このヨセ上げは、基本、泥の土手を作る行為ですから、その土手は崩れ易いです。また、我が棚田の神、イノシシノオオカミが、餌をあさって壊してくれます。(この話は、イノシシノオオカミが別のところで語っていますので、そちらに譲ります。)
ですから、年に3回の直し(?)が必要なのです。そうすると、ヨセは基本広がり、土手は高くなります。ヨセが広がるとその分、田の稲作面積が縮小します。細長い棚田の場合その一列が植えられないとなると、それなりの減収になります。ですから、高くなった土手を崩しながら石垣側に引き寄せ、ヨセ溝を狭めます。それでも残る泥土は、運搬車に積んだトレイに入れて田の低い所に移します。こうして、主に稲刈りを終えた後のヨセ上げをしながら、田造りをしていくのです。本当に、しんどい作業ではあります。
が、まさしく、「田地」創造! こんなに創造的で楽しいことはない、と思われませんか! 確かに、手首を痛める可能性は否めませんし、冬場は、指先が寒さのためにしびれて動かなくなりますが、それでも、「ここに来るために来る」(河合先生の患者さんの弁)。好きな言葉です。
そんな訳で、まだまだ「田地創造物語」は続きます。
が、閑話休題で、次回は、草刈り機にまつわるお話をお届けいたします。盗難にあった草刈り機が、形を変えて帰ってきた心温まるお話です。ご期待くださいまし。