2024年大晦日
大晦日も藍染め。日に日に濃く染まってる気がして非常に嬉しくなる。何せ夏からずっと藍建てを頑張ってきてようやっと建ってきた。
微生物の動きに耳を澄ますように過ごしているのも、今はそれが聴き取りやすい。活性化しているから分かりやすい。そのことを実感する。夏の中ほどから秋を過ぎて冬になるまで、あまり聞こえてこない菌の動きにヤキモキして過ごしてきた。
だから今は楽しく、たとえ今日が大晦日で明日が正月といっても、それはまあ自分には関係ないかなと思える。
やるべき事がある。やりたいことがある。ふと我に返ると、あ、蕎麦を食べる日だなと思うけども、まあ何でも食べたら良いんじゃないかな。食べるものが手に入る生活を送っていることに感謝なのだなあと思う。お正月に食べる料理などもとくに用意してないけど、それはそれ。そうそう。ほぼ10年ほど寝かしてある杉の木材をいよいよ使ってしまおう。山武杉の生ハムみたいなゴツい色したやつ笑
ここにある杉は機会あるごとにどんどん使って、たぶん新たに補充することもなさそうだ。時は流れゆく。やっていることも変化する。
今日から明日へ。日付が変わることを我が身に引き寄せるのではなく、次に、外につながることに今年はことさらに想いを馳せる。谷川俊太郎さんが逝かれたことが思ったよりも強く堪えている。詩のことばをつむぐことの先達を失ってしまう。その安心感にすっかり寄りかかってしまっていたようだ。
ことばがインフレを起こしていることを谷川さんは憂いていた。それはざっくりと捉えて仕舞えばコミュニケーションの問題で、それをどうにか繋ぎ止めていたのが詩のことばでもあったのだろう。
それをどうにか考えていかんとならん。
残された、生きている私たち一人一人が担っていることの責任は重く、可能性は希望に満ちている。
そんなことを西暦の大晦日におもうのでした
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