賽の河原のはなし
わたしにはパートナーがいます
これは過去の日記の追加なので
いました、になったのだけれど、
とても大好きなのに
時々気持ちがすり減ってしまう事がある
長く一緒に住んで生活しているのだから
良い時も悪い時もある
一緒に生活をしていて
時々ひとりになりたいと思うことがある
そんなとき
磨り減ってしまった気持ちと
どこにも居場所がない気持ちが
板挟みになって
どこか遠くへ行ってしまいたくなる
でも自分にはどこにも居場所が無い気がして
命が欲しい人に寿命って
あげられないのかなと
バチが当たりそうな事を思う
精神疾患によって
夢だった仕事を辞めたわたしには
(そんなたいしたキャリアじゃないけど笑)
経済力もなく
どこかに行きたくても
どこにも行けない気がして
見えない足かせを感じる
本気になれば
どこにでも行けるのだけれど
安定と自由の狭間で
ゆらゆらと漂っては
まあ、不幸ってほどじゃないかと
スタートへ戻る を繰り返す
この歳になって
完全な自由になるには勇気がいる
財産と安定を棄てるには
今のわたしには何もない
生活できるほどのお金もなければ
働けるほどの心の健康がない
自由を得ようとすると生活ができない
なりふりかまっていられないので
昼も働いて生活できるかな
と考えなくはないけど
もう若くはない歳と
病院で驚かれるほどの虚弱な体で
どこまで自由で居られるのだろうかと考える
自由でいるということは
何も持っていないのではないかと思う
何かを築いて財産と呼べるものを
手にすればするほど
人は自由が少なくなる
不自由である
と言うことは
実は当たり前の幸せが
具現化しているとも取れるのかもしれない
それは財産と言える
幸せや財産が多いから
私が不自由であるなら
贅沢な事なのかもしれない
自由でいると言うことは
何も持っていない事
海でひとり
波に乗りながら沖から離れ
漂っているとき
今のわたしはまさに自由だと
感じたことがある
でも、飲み水も家も何もない
雨が降っても雨水を貯めるものもない
高い波がくれば生きてはいけない
自由であると言うことは
大げさだけどこういう事なのかなと感じた
言葉にするのが難しいけど
海で漂っていると
わたしの不自由な生活は
とても幸せで贅沢な事しかないなと思う
パートナーもいる
自分の部屋も
少しだけど自由にできる時間もお金もある
不幸な要素が何もない
なのに賽の河原で
永遠に積んでは壊され、積んでは壊され
身のないことをやっているような
気持ちになる
独りになりたくなる
住みたい場所はないけれど
どこか家賃4万くらいの場所に
全てを棄てて住もうかな
石を積んでは壊される生活に
虚無感を感じる
わたしの財産の全てである
今の場所を棄ててまで
今わたしが得たいと思っている自由は
自由の反面 孤独なんだろうとは
思うのだけど
積んでも積んでも壊される
生活の中で
一人暮らしだった頃の
自由気ままだった生活に戻りたくなる
断捨離するなら1番目は
パートナーなのでは??
と今の贅沢な暮らしをさせてもらいながら
罰当たりな事を思わずにはいられなくなる
つまりは汚部屋体質で
自分本位な考え方しかできないパートナーが
嫌になったという話なんだけれど
生活させて貰っているのだから
お前が我慢しろよと
わたしの中の第三者が言うのだけれど
何年もこんな生活が続けば
賽の河原で石を積んでは崩される事に
心が磨り減ってしまう
夫婦生活はそんなことで??
と思う事であっけなく終わってしまう
それ以上の楽しい思い出も
たくさんたくさんあるのに
小さい小さい積み重ねでダメになる
ダメだと思うと
リセット癖があるわたしの脳では
本当に挽回できない
断捨離するとき
いらないものなのに
思い出が詰まっているから捨てられないと
ゴミ袋の前でゴミに情を感じて
ゆらゆらとしてしまう
なんとなく今の状況に似ている気がする
(生活させてもらっておいてなかなか酷い例え)
自由と安定の狭間で
ゆらゆらと漂いながら
また今回も、考えるのすら
めんどくさいなと
スタートに戻るんだろうなと
思っていたけれど
どうやらもう戻れないところまで
来てしまったようだ
なんとなく揺れ動いている場合じゃない
わたしの唯一の財産は
もう無くなってしまったのだ
わたしが不機嫌なのを察してか
ゴミ部屋を片付けてる気配を
そこらしらに感じる
そんな姿もいじらしいと思えないくらい
精神が磨り減ってしまってる
わたしは贅沢だ
こんな生活をさせてもらえる人には
もう出会えないと思う
だけどもうすり減って
感情が動かない
石を積み上げる元気がない
どうなってしまうのだろうかと
不安も恐怖も何も感じない
不思議なほど穏やかに虚無だ
欲しかった自由が
少し先の未来にはある
それなのに何も感じない
せめて悲観的にでもなれれば
泣いて縋る事もできるのに
わたしの心は何も動かない
わたしの定義でいうところでは
もうわたしは生きていないのだろう
なんとなくそう思う、