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「マスク、ワクチン差別と雇用」

2021/07/03



TONOZUKAです。

マスク、ワクチン差別と雇用

以下引用

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)も、いよいよワクチン接種が進み始めた。私の顧問先の病院でも、感染症指定医療機関は2回目まで終了しているところが多く、COVID-19患者の受け入れ病院でも接種が進んでいるようだ。私も医師として診療を行っているので、接種予定である。しかし今のスピードではオリンピック開催の時点で一般の人の接種まではできていない可能性も高そうである。

 一方で、「ワクチン接種をしない」という選択も自由である。他のワクチンによるアナフィラキシー歴のある人はもちろんだが、mRNAワクチンに含まれるポリエチレングリコールに対するアレルギーがある人などは副反応の危険性が高いと考えられる(なお、mRNAワクチンにはチメロサールなどの防腐剤は添加されていないようだ)。また、個人的なポリシーに基づいて接種しない人もいるだろう。

 感染症は、ハンセン病、結核、HIV、そしてCOVID-19診療に携わる医療従事者への差別など、昔から今に至るまでヒトの醜い感情が引き起こされやすいものだ。よって今後、ワクチン接種の有無で差別が生じる可能性もある。報道によれば、“ワクチン大臣”こと河野太郎規制改革担当相が4月11日のNHK番組で、ワクチン接種の有無による差別防止に向け、ガイドラインを策定する考えを示していた(時事ドットコム、2021年4月11日)。例えば、ワクチンを接種していない人が「感染防止対策の妨げになる」などと言われ、就業制限や望まない配置転換などを受けたりするようなことも、今後は懸念される。同時に、これは「マスクの着用」でも現に起きつつある問題のようだ。

アトピーでマスク着用せず解雇された事例

 こうした問題に関連する法令や裁判例を見ていこう。まず、一定の感染症に罹患あるいは、その疑いがある場合は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)に基づき、感染症の種類によっては隔離対象となる。感染症法で指定感染症となっているCOVID-19の場合、疑い患者も含めて入院勧告や就業制限の対象となる。

 この「疑い患者」について、COVID-19に関してはよく「全員がウイルス保有者だと思って、他人に感染させないように行動しましょう」などと言われているが、法令上の定義からすれば、発熱その他の症状がない人については感染症法上の「疑い」とまでは言えないだろう。法令上の文言は、その制度趣旨を踏まえて、効果を考えて解釈すべきだからである。

 前回のコラムでも書いたが、感染症法に基づく就業制限などの措置は、事業者からではなく都道府県知事から課されるものだ。「体調が悪いなら、今日は出勤しなくていいよ」という上司からの一言は、使用者と労働者との問題になる。事業者の都合ということで特別の有給休暇になるのか、法定の有給休暇の消化になるのか、自己都合でノーワーク・ノーペイとなるのか、これらについては個別の労働契約、就業規則、労働協約といった規定によって判断されることになる。

 就業規則などで感染対策を義務付けている医療機関も出てきているようだが、この感染対策の範囲や逸脱した場合の制裁の相当性は問題になり得る。「マスク着用」に関して、最近、報道された事例を参考に考えてみよう(時事ドットコム、2021年3月31日)。KDDIの子会社であるKDDIエボルバ社の40歳代男性従業員が、アトピー性皮膚炎によるマスク肌荒れを理由としてマスクを着用しなかったことで解雇されたことを争い、大阪地裁に訴訟提起した件である。

 記事によれば、2015年に契約社員で採用され、コールセンター業務などに従事していたが、「不織布マスクが刺激になる」とする皮膚科医の診断書を会社側に提出し、産業医による経過観察を条件の着用や大型フェースシールド着用の代替案を示すなどしたようだ。しかし会社側が、「安全管理や職場秩序維持の観点から就業規則を順守できない」として、2021年2月に男性を解雇したと主張しているらしい。

 報道の通り、医師の診断書を提示した上で、マスクでなくマウスシールドや、産業医の観察下でのマスク着用などの代案を提示して、それで会社は一旦了承しながら、解雇処分を下したのであれば、現在の労働法制では労働者側に非常に有利な判断を下されるのが通常なので、労働者側の言い分が認められそうである。

労働契約法第16条

 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

 マスクのCOVID-19感染予防効果は、それほど強固なエビデンスによって示されているわけではない。高度な防止力があるわけでもないし、飛沫が減って曝露されるウイルス量が減るくらいである(Nat Med. 2020 May;26:676-80.)から、合理的な理由という点でも微妙なところであろう。労働者側も代替案を色々と提示しているし、社会通念上も相当な解雇とはいえないのではないか。

 しかし、本件は本当に「解雇」されたのだろうか? 記事をよく見ると「契約社員」ということなので、労働契約法の有期雇用社員であると思われる。

労働契約法第17条

1 使用者は、期間の定めのある労働契約(以下この章において「有期労働契約」という。)について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。

 有期契約社員であれば解雇事由は「やむを得ない事由」でよいことになる。本件で「マスクをしない」という場合、該当するかどうかが問題となるが、「やむを得ない事由」についても、客観的合理性と社会通念上の相当性などが判断要素になる。

 また、労働契約法が2008年に施行されるまでは、有期雇用が実質的に期間の定めのない労働契約と同視できるような場合(東芝柳町工場事件・最高裁判決昭49.7.22労判206号27ページ)、または労働者が雇用を継続されることに期待を有し、その期待に合理性が認められる場合(日立メディコ事件・最高裁判決昭61.12.4労判486号6ページ)に、期間の定めのない労働者の解雇に関する法理を類推適用するという判例枠組みがあった。これは、労働契約法の下でも維持されている(東京地裁判決平24.4.16判例タイムズ1405号204ページ)。

 しかも、本件では2015年からの有期労働契約であるので、労働契約法上、5年以上の通算契約期間があれば、更新申し込みによって期限の定めのない正社員扱いになる。

労働契約法第18条(抄)

 同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件とする。

 この視点で記事を読んでみると、この男性は2015年から雇用されたとある。この記載がある点で記者はグッジョブである。以下のように、労働基準法では最長3年しか有期労働契約を結べない(医師などは5年)ので、2015年から2018年まで結び、2018年に更新され、2021年に満期となると推定される。

労働基準法第14条

 労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、三年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあつては、五年)を超える期間について締結してはならない。

 とすれば、2021年2月に解雇されたというのは、満期で更新しないという意味とも捉えられる。2021年に更新の申し込みをすれば会社として正社員にせざるを得ないので、これを阻止するために「更新せず」と判断されたのかもしれない。というのも、最高裁第1小法廷令和元年11月7日判決(判例タイムズ1469号52ページ)では、契約更新の時期の前に解雇したとしても、裁判中に契約期間が切れる場合は、そのことを加味せよ(例えば、契約満了後の賃金の支払請求は認容すべきでないことなど)と判断されているからである。

バチカンはワクチン接種拒否で「解雇もあり得る」

 世界に目を向けると、欧州諸国の中にはマスクの着用を法令で義務化しているところもある。例えばカトリック総本山のバチカン(ローマ教皇庁)はマスクを着用しなかったり、ソーシャル・ディスタンシング(対人距離の確保)を守らなかったりした場合に25~50ユーロ(約3200~約6400円)、隔離規則に違反した場合には1500ユーロ(約19万円)以下の罰金が科される法令を公布している。また、2月18日には、職員が新型コロナウイルスワクチンの接種を拒否した場合、解雇もあり得るとする法令を公布した(AFP通信、2021年2月19日)。

 バチカン市国では、約5000人が職員として働いている。確かにローマ教皇は高齢であるので、万が一感染したら大変である。現在の教皇フランシスコは84歳、前任のベネディクト16世は93歳である(もっとも両者ともワクチンは接種済みだそうだが)。バチカンの法令は、「ワクチン接種の拒否は、他者にリスクをもたらし、公衆衛生上のリスクを大きく増加させる可能性があること」を理由としている。

 欧州各国と比べて感染者が少なく、症状も軽いとされる日本では事情が異なるので単純比較はできないが、日本の感染症法には第2条に「感染症の患者等が置かれている状況を深く認識し、これらの者の人権を尊重しつつ」などと記載されている。冒頭に述べたハンセン病やHIVの歴史を見ても、感染症にはリスクの過大評価による人権侵害が付きまとうことが明らかであるので、裁判所の評価も微妙になる。

 他の感染症における裁判例を見てみよう。HIVではその感染を隠して病院の社会福祉士として採用されたが、発覚して内定取り消しになった事案で、内定取り消しは客観的合理性および社会的相当性を欠き違法としている(札幌地方裁判所令和元年9月17日判決、労働判例1214号18ページ)。

 一方、東京地裁平成15年6月20日判決(労経速報1846号9ページ)は、B型肝炎罹患の応募者に対して、内定を出したあと、HBe抗原検査を行うことを秘匿して何回か検査を行い、最終的に採用しなかった事案で、「内緒に検査したこと自体は違法だが、『肝臓の数値が高い』などと告げて何回か検査をした過程も踏まえると雇用契約の成立(採用内定)の期待が高まったとは評価できないから、内定取り消しは違法でない」と判断している。

 COVID-19の場合でも、感染の蓋然性がそれほど高くなかったり、マスクやワクチンによる他者への感染抑止の効果がそれほど高いエビデンスで示されていなかったりする以上、基本的には労働者保護の結論が予想されるが、マスクをしていない者に対する「社会通念」にも影響されることは否定できないので、KDDI訴訟は注目に値しよう。


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