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【脱がせてもらっている時間は時間に含まれていないと思っていたでござる ②サムライとハナのはなし】

慌ただしい鐘の音で目が覚めた。
外が騒がしい。剣がぶつかりあう音、うめき声が聞こえてくる。
急いで剣を持ち、障子から周囲の様子を窺った。
侍たちが敵陣に殺られている。何人も。何人も。
明らかに敵陣のほうが数が多い。狙って襲撃されたのか。
昨日風呂場にいた侍たちが戦っているが、相手の敵陣の多さに圧倒され、流血しながらバタバタと倒れている。
地獄のような光景を見渡すと、わずかにあいた襖越しの部屋に門番の姿が見えた。
必死に机周りの紙を集めているところだった。
「なぜ剣を持たない!」
部屋を出ると充満する血液の匂いに一瞬で吐き気がする。口元を抑えながら急いで門番の小屋まで駆けつけ襖を大きく開ける。
「わぁぁああ!な、なんだサムライか」
「オサジマ!なにをしている!早く剣を持て、戦え!」
「でもその前にこの本たちを」
「そんなものでは戦えない!置いていけ!」
オサジマが散らばっている紙に手を伸ばしたその時だった。
突然敵陣数名が乗り込んできて、刀を大きく振った。瞬きの間に、オサジマの右腕が切り離された。
あまりにも一瞬の出来事で、また剣を振りかざす敵陣を止めるのに精一杯だった。
「うぅぅ!」
オサジマが左腕で短くなった右腕をおさえた。
散らばった紙に血が滲んでいく。赤い液体が染み渡る。
「オサジマ!」
「やぁああああ!」
敵陣の数が多すぎる。狭い小屋の中、必死に剣を振った。
「こいつ…」
敵陣の一人がなにか小さく言葉を放った。
すぐに敵陣たちが部屋から出ていき、他の部屋に突入していた。
気持ち悪い違和感のなか、すぐにオサジマの腕を布で止血する。
オサジマが片腕を抑えながらうずくまっている。

普段から戦っているからそれは慣れた光景のはずなのに、ここに友人が倒れているというだけで過去とは比べ物にならないくらい最悪な空間だった。
「オサジマ、オサジマ息をしているか!」
もう肩で呼吸をしているオサジマへ駆け寄る。
「だめだ、、、血が」
「あまり喋るな」
出血が多いせいか眉間にも血管が浮き出ていて、オサジマは呼吸をするので精一杯だった。
「俺…じゃない…ハナ…」
「ハナ…!」
「早く…俺なんかじゃなくて」
「いいかここにいるでござる、動くな、」

敵陣の声も遠くなっていた。
なぜ私のことを斬らず出ていったのか、ふと気にかかった。あれだけ数が多ければすぐに倒せたはずなのに。
とりあえず侍女が生活をしている小屋へ走る。

晴れ晴れしている空とは裏腹に、日に照り乾いた血液が異臭を放つ。
侍女の部屋につくとそこもまた酷い空間が広がっていた。

もう目に正気がない侍女が何人も倒れていた。
女まで殺すとは何事なのか。すぐに敵陣の仕業ではないことに勘づいた。
女を殺すことに意味は無い。女は身の回りの世話のために生かしておくのである。
この企てはなんなんだ。頭の中の整理がつかない。
20人は倒れているだろうか、その中で血を浴びながらも必死に誰かの止血をしている女の姿があった。
ハナだった。

「ハナ!」
「サムライさま!」
「なにをしてるのでござる!早く逃げろ!」
「いえ、まだ助かる命があります」
「そんなことをしている間にまた奴らが来るでござる!」
「いいんです、それよりこの子の、この子の血が!」

ハナを好きなところのひとつが、そういう所だった。
常に人を想っている。ずっと変わらず、人を想っている。
執着のない自分にとって、そこが魅力的に見えているのだった。

「ハナ、いいか聞くでござる」
「はい」
「私は貴女のことを想っているでござる。」
「…」
「どうにかして逃げて欲しい」
「生き残って欲しい」
「貴女と生活をして行きたい」

「…もちろん気がついていましたよ」
ハナが優しく笑うのが分かった。
「えっ」
「私を見る目だけ違いましたから」
そんなこと、
「そんなこと分かるわけないでござる!」
「いいえ、あなたはわかりやすいです」
物書きのオサジマにも言われていたことだ。
「そして、あなたを初めて見た時から、分かっていたんです」
「夜の雲が晴れたから」
「夜の…雲?」
「ええ、雲が晴れたの。あの夜。それだけです。」
「…なんだかよく分からないな」
「ふふ」
ハナが少女のように笑った。
それでも本当は気持ちが分かりあっているような気がしたんだ。
周囲は地獄の景色。それでもここだけは天国のような、あたたかい空間。

「私はここに残ります、きっと襲ってきた敵には何か目的があります。おそらく私たち侍女では無いでしょう。」
「心配でござる。貴女になにかあったら」
「大丈夫です。私は強いです」
「強いと言ったって」
「だって見てください、いま私だけが喋ってる、この地獄で」
「…確かに、そうだが…」
「この地に生まれてから、誰かと想い合うことが出来ずに死ぬ運命だと感じていました、こんな時代ですし」
「でもあなたがいた。それだけで私は、とても幸せです」
「…」
「必ず戻ってきてください」
「…約束するでござる」

私は立ち上がると、ハナの笑った顔を忘れないように目に焼き付け部屋を出た。
終わりにしなければ。私が。
先程までの悲鳴や声がしなくなっていて、周囲が静かになっていた。
ということは、ほとんどやられてしまったのだろうか。
敵陣に負けた時の不安がよぎる。人生を飲み込まれるのだろうか。ハナの命は守られるだろうか。
将軍の首はまだ繋がっているだろうか。
急いで侍所の中心部へ走った。

男たちの笑い声がした。
その声に安心したのもつかの間、ふと疑問がよぎる。
笑い声?
こんな時に?
周囲を伺い、特に敵陣から狙われていることも無さそうだ。
襖の前に跪く。
「将軍様、失礼します」
「おおその声は!入れ入れ!」
「はっ」
襖を開けると、将軍と見かけない男たちが盃を交わしている所だった。
派手な和服に身を包み、酒のせいで顔が真っ赤になっていた。
「将軍様、敵陣が…」
「わかっておる、わかっておる、全ては私が仕組んだこと」
「…将軍様が…」
怒りと共に混乱が襲う。

「何故…」
「お前がいるからだ」
「私が…?」
「お前を渡せば、こやつらが戦を終わらせようと」

将軍は周りの男性達を指していた。
「敵陣…ですか…?」
「そうだ、敵陣だ。お前が何人も1人で殺しただろう。お前の首をとるより、今のうちに仲間にして別の一派と戦う方が将来性もあるだろう」
「そんな、そんなことで…」
「そんなことで!!こんなに多くの犠牲を!」
「なにを言っている」

将軍の目が座った。有無を言わさないその目は、一瞬で人を恐怖で縛り付ける。
「お前だって、今まで何人殺したんだ?数に変わりはないだろう。それともなんだ、命の重みや私欲を入れていると。いいか、同じだ。それはお前の目から見えている世界で、殺した奴らにも家族や友人がいただろう。この世を自分だけの目で見ているのは、お前だ。」
何も言い返すことが出来なかった。
私も人殺し。ここの人間の倍以上の人を殺しただろう。
でもそれは生きるためであって、好きでしている事ではなかった。
クソ、クソ、クソ、クソ。
悔しさや怒りが込み上げるが、もう過去には戻れない。
その場に居ることですら怒りの根源となって、身体中に血が巡るのがわかるくらいだった。

外へ出て歩き出す。
きっとハナは助かる。
しかし私のせいでこんなに人が死んだ。
ひとつの組織が死んだ。

「…オサジマ!」
まだオサジマは生きている。せめてオサジマだけでも、絶対に助けなければならない。
自分の選択が間違っていた訳では無い。ただ、ほかの人間を巻き込むのは違う。彼が飄々とした雰囲気で笑っていた時のことを思い出す。
酒を飲んで芸術で世界を変えると言っていた時のことも。
息を切らしながらオサジマの小屋へ戻った。
「オサジマ!」
勢いよく襖を開けると、そこには黒い服の男が立っていた。



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