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王子の星

深夜過ぎ、最も静かな時間に僕は城を脱け出す。
昨日仕掛けておいた網を確認しに行くのだ。
南の森に入り少し歩く。
ひらけた場所に出ると、並んだ二本の大木が目の前に現れる。
その間に網を張っている。
そこは丁度流星の通り道になるのだ。

僕が持ち帰る流星はだいたい僕の掌の大きさだ。
それより大きいものは職人が拾っていったりする。
大きな流星は欠けていたりひび割れていたりする。

今夜僕が手に入れたのは二つの流星。
袋に入れて僕は来た道を戻る。
袋は麻でできたもので、星の瞬きがぼうと透ける。
僕が歩く度に瞬くから連動している感覚になる。

城へ戻る途中、羊の大行進に出くわすことがある。
透子という女性が眠れぬ人々の為に夢羊を派遣しているのだ。
彼女の隣には人型の羊がいてハコという名前だ。
ハコは夢羊ではない。
僕はその二人の間に入って座る。
羊の習性を教えてもらったりお菓子の話をする。
そんな話をしながら夢羊の大行進を眺める。
夢羊が列を崩さないように犬が走り回っている。
彼の名はサボ犬。
賢くて食いしん坊な彼は一晩に百キロメートルも走るという。
お腹も空くわけだ。

僕の光る麻袋を見てハコが尋ねたことがあった。
『それは?』
『流星だよ、集めてるんだ』
『集めて何かするの?』
『大きな星にするよ』
『そう、その時は手伝ってあげるわ』
そう、ハコは職人で物作りがとても上手なんだ。

夢羊の大行進が終わると僕はみんなにまたね、と告げて別れる。
城へは裏手から忍び込む。
王子の僕が城へ入るのにこそこそしてるのってなんだか面白いでしょう。
実は協力者がいて、裏手の鍵を開けておいてくれる。
僕の双子の妹しお。
城へ入り鍵をかけ自室へ戻るとしおは黒猫と話していた。
僕達双子は同じ部屋を使っていて、時々黒猫のみゃーが遊びにくるのだ。
僕は麻袋から星を取り出し二人に見せてあげる。
そうして今日の夢羊の大行進の様子やお菓子の話をする。
ちょうど僕がチョコレイトどなつについて熱く語っている時に猫の鳴き声が聞こえた。
みゃーの声ではない。
『アリア!』としおが言う。
ベランダに黒猫がいた。
昼の間にしおとよく遊ぶアリアだ。
夜に来ることは初めてでアリアはなんだか不思議そうな表情だ。

アリアも加わりお菓子談義はさらに加速する。
しおはいつもより楽しそうだ。
しおが眠たそうな表情になるとみゃーがそろそろ帰ると言う。
それはいつも決まっていて、みんなもっと話したいけどみゃーがきっかけをくれるのだ。
みゃーとアリアが帰る。
星を水槽に入れて眠る。
その日、僕は夢をみる。
リリイズベーカリーの大きな食パンに挟まれサンドイッチにされて超巨大なサボ犬に食べられそうになる瞬間に目が覚めた。
僕は壁としおに挟まれていた。
まったく、しおの寝相ったら。


そんな日々を繰り返して、ついに今夜水槽がいっぱいになりそうなんだ。
昼の間しおと網の状態を確認しに行った。
するとしおが網の上に飛び乗ってハンモックみたいにゆらゆら揺らして遊び始めた。
『やめろよー』
僕も網に飛び乗ってしおを追いかけようとするがトランポリンみたいになって楽しくなって結局遊んじゃった。
ピョーンピョーンピョーンパミューンパミューンパミューン。
突然バリバリバリ!と大きな音がして網が破れた。
遊びが過ぎたのだ。
さて、どうしよう。
ぼう然とする僕達二人の元にパンダが来た。
『破れたらなっ!こうする!ここはなっ!こうする!そことここはなっ!こうする!』
あっという間に網は直った。
そうしてパンダは網の上で眠り始めた。
パンダはいつもここで昼寝しているのだろう。
僕達は帰る事にした。


その日の深夜過ぎ。
僕はいつもより高鳴る心臓と共に城を脱け出す。
今夜はしおも一緒だ。
なぜなら今まで集めてきた星を運ぶからだ。
大きな麻袋が二つと小さな麻袋が一つ。
しおには小さい方を持ってもらう。

森へ向かう途中。
『大きな星ができたらどうするの?』
『北国のお嬢の元へ飛んで行くのさ。彼女は星が好きでね、けれど星に乗った事はないだろうから』
『私も乗った事ない』
『じゃあ一緒に行こうか』

『やったー』と両手を上げるしお。
麻袋の重さでバランスを崩し転けてしまう。
『大丈夫かい?怪我は?』
『嬉しいから痛くない!』
まったく、心配させてくれるよ。


僕達は森へ入り網を仕掛けた場所まで行く。
今夜は三つの流星がかかっていた。
僕はそれを麻袋に入れてハコの家に向かう。
ハコの家は煙突があって釜とかもあって色々な物を作ってる。
『こんばんは』
『やあ、そろそろ来るんじゃないかと思って準備していたよ』
『こんばんは』としお。
『おや、その子は』
『僕の妹だよ、双子のね』
『君がしおか、話には聞いてるよ』
『私も聞いてる、大きな星を作ってくれるんでしょう』
僕としおは麻袋を机に置く。
『たくさん集めたね』


『じゃあ早速星の加工を始めるよ。君達にはチョコレイトとホットミルクを用意している。星の再誕まで少し時間がかかる』
『何か手伝う事はある?』
『特にないな、待ってな』
僕としおはチョコレイトを頬張りながら待つ。


ハコは手際良く作業を進めていく。
『ん?王子、星が足りない』
『そんなはずはないよ、今夜は流星を三つとってきてちょうど二百になったはずだ』といい終わらぬうちに僕は思い至る。
しおが転んだ時に落としたかもしれない。


僕はハコの家を飛び出す。
すると目の前に一匹の黒猫がいた。
こちらを振り向いた黒猫はアリアで星を二つ咥えている。
アリアは星を草の上に置く。
『散歩中に光る星を拾ったから君達双子にプレゼントしようと思っていたら、突然王子が目の前に現れて私はびっくりしている』


『アリア!』
背後からしおが寄ってくる。
『アリアが僕達に星の贈り物を持ってきてくれたよ』
『ありがとうアリア!』
僕達は一つずつ星を手に取りハコに渡す。
『うん、これで足りる。黒猫さんもホットミルクを飲んでいくといい』

『君達、少しの間外で待っていてくれ』とハコが言う。
僕達は言われた通りにする。
するとカコーンカコーンカキンカキン!という音に合わせて煙突から光が飛び出してくる。
光はずうっと高くまで昇って消えていく。

僕達はその光を見ていた。
そうしていると透子と夢羊達とサボ犬がもこもこと現れた。
『光の柱が見えたから何かと思ったらついに星が集まったのね』
『そう。今ハコが加工している最中なんだ』


音が止んでハコの家の戸が開いた。
『完成だ』
僕達はぞろぞろ家に入る。
金ピカの大きな星が出来上がっていた。
『すごいよハコ!』
『わ〜!』
『綺麗!』
『新星ね!』
『まっ眩しいにゃ〜』
『さあ、こいつに乗って飛ぶ姿を見せてくれ』
家中もこもこしていた。


皆で星を抱えて外に出る。
『アンちゃ〜ん!』
『りりぃ!』
リリイズベーカリーのりりぃが来てくれた。
『今夜出発するんでしょう。これ持って行ってよ!』
そう言ってリリイズベーカリーの包紙を渡してきた。
『焼きたてじゃないか!』
『間に合って良かったわ!』


『王子、これも持って行って』
透子が小さな袋を渡してきた。
中身を見ると色鮮やかな金平糖だった。
『みんなありがとう!』
そう言って僕としおは星にまたがる。
『……ところでどうやって飛ぶの?』


皆が頭にハテナを浮かべていると昼間のパンダが来た。
『星をなっ!しっかり掴んでなっ!念じる!』
僕は言われた通りにする。
すると星がふわりと浮き上がった。
そうして進めと念じた。
ゆらゆら揺れてなかなかうまくいかない。


『お兄ちゃん怖くない?私ちょっと怖い』
しおが言う。
『僕は王子だぜ、恐怖に打ち勝つさ。しっかり僕を掴んでおけよ』
ようやく前に進み始めた。
しかし、右に左にぶれて真っ直ぐは進まない。
さらに遅い。


透子がさっと手を上げた。
夢羊達が列を作っていき、サボ犬が列を正していく。
僕達の乗った星の両脇にずらりと夢羊が並ぶ。
夢羊の滑走路だ。
僕は集中する。
真っ直ぐ進んでくれ。
羊達にぶつかっちゃいけない。
そうそう、真っ直ぐだ。


『お兄ちゃんみゃーがいる!』
しおの指差す夢羊の上に確かにいる。
『マジシャンじゃないですの。二人の為に魔力を解き放ちます。この星に更なる加速を!主の意志を聞き入れ!高度をもたらせ!スピードスター!にゃ〜!』
星は輝きを増し加速する。
そうしてぐんぐん高く上がる。


『ねぇみんな小さくなったよ』
『うん』
僕は振り返らない。
嬉しいのに涙が押し上げてくる。
そんな顔を妹に見せるわけにはいかない。
僕は金平糖を頬張る。
しおも袋に手を伸ばす。
『甘いね』
『うん、甘いね』


僕達はそれから海に出た。
『海に映ってる〜』
僕は高度を下げる。
『しょっぱい〜』
飛沫が顔にかかったしおが僕のお尻を叩く。
『叩くなよ〜』
再び高度を上げて加速する。
北国まではすぐだった。


『北国のお嬢は起きてるの?』
『きっと起きてる。この時間は夜空を見上げているはずさ、ほら』
こちらに手を振る人影。
僕達はそこに降りる。
『こんばんは、久嗣。さあ乗って』
『あっ王子だ!すごい星に乗ってる〜星の王子〜!ひょい』
僕達はずっとずっと高くまで登る。


僕達は三日月に並んで座り、りりぃが渡してくれた包紙を開ける。
リリイズベーカリーのパンがたくさん入っていた。
久嗣は食パンを、しおはサンドイッチを、僕はどなつを選ぶ。
『食パン好きなんですー』
そうして久嗣が鞄から水筒を取り出す。
『ココアありますよ!』


僕はここまでの経緯を久嗣に話したり、お菓子の話をしたり、しおが猫のみゃーとアリアの話をした。
『久嗣にお願いがあるんだ。星作りに協力してくれた人の絵を描いてよ』
『がってん!いいですよ!』
そう言うと久嗣は鞄から虹色の筆を取り出し、胸ポケットから小さな笛を取り出し吹いた。
笛は鳴らなかった。
『ぴー!』
口で言った!

しばらくすると翼竜が飛んできた。
『可愛い〜』
しおは喜んでいる。
『メジャケンですよ〜ひょい』
久嗣はメジャケンに飛び乗ると雲に虹色の筆を走らせた。
ハコ、透子、サボ犬、夢羊、りりぃ、なっパンダ、アリア、みゃー、しお、僕、久嗣。
みんなよく似ていて笑っている。


僕達はその雲を星に繋ぐ。
そうして北国の大地まで降りる。
『楽しかった〜!』
『お菓子パーティーするから今度は久嗣がこっちに来てよ』
『いくいく〜!』
『じゃあまたね』
『またね〜!』
僕としおは星にまたがり国へ帰る。
しおは帰り道眠っていたようだ。


帰り道、海の向こうから朝日が昇ってキラキラしていた。
ハコの家に着くとハコと透子が迎えてくれた。
雲に描かれた似顔絵を見て笑っていたので僕は嬉しい。
他の皆はハコの家で夢羊を抱いて眠っていた。
きっと楽しい夢を見ているだろう。
僕はしおをおんぶして城へ帰る。

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アンドレがしおをおぶって歩いてきた。
『ぐもにんアンドレ!』
『ぐもにん王よ』
疲れきった表情だが満足感と昨日までは無かった逞しさがあるように思える。
『何も聞きはせぬ。さあ、本日は存分に眠る事を許可する』

潮の香り、風の名残。星を手にしたか。

王の知らぬ物語、完。


僕の言葉が君の人生に入り込んだなら評価してくれ