なぜ、山本由伸は高めにフォーシームを投げなかったのかを考える


はじめに

 近年のMLBでは、年々フォーシームを高めに投げる傾向が強くなっている。

 上の表はstatcastが導入された2015年以降のフォーシームの投球コースの高さの推移を表したものだが、これをみると2015年の78.3cmから2024年では86.9cmまで高さが上昇していることが分かる。
 この高めにフォーシームを投げる根拠となっているのが、空振り率である。

※赤枠はストライクゾーン、左投手のデータは左右を反転させている

 2024年のMLBの空振り率をみてみると、空振りの多いコースは高めに集中している。セイバーメトリクスの普及によって、奪三振の多い投手の評価が高くなっているMLBにおいて、フォーシームを高めに投げるようになったのは当然の流れといえる。また、外角と内角を比較すると、外角のフォーシームの方がやや空振り率が高い傾向にあるようだ。
 しかし今シーズン、ドジャースに移籍した山本由伸のフォーシームの投球コースはMLBの主流のものとは異なる。

※赤枠はストライクゾーン

 山本由伸がどのコースにフォーシームを投げていたのかをみてみると、外角を中心としたNPBでよくみられるような配球を行っていることが分かる。

※赤枠はストライクゾーン

 対して、同じく2024年にMLBに移籍した今永昇太は真ん中から高めを意識した配球を行っている。このため、「今永はいち早くMLBのトレンドを取り入れた配球を行って、より多くの空振りを奪っていた。山本もフォーシームを高めに投げた方が良い」といった意見も見かけることがある。そこで今回は、なぜ山本由伸は高めにフォーシームを投げなかったのかを考えていきたい。なお、今回使用するデータについては、baseballsavantを参照している。

縦変化量による比較

 はじめに、フォーシームの縦変化量に注目したい。2024年のMLBでフォーシームを100球以上投げた投手で比較すると、山本由伸の平均縦変化量は39.6cmで484人中268位とMLB平均の39.9cmに近い変化量だったのに対して、今永昇太は縦変化量46.5cmで33位と上位の値を記録している。この変化量の違いが投球コースに影響を与えていたのかを確認していきたい。

※赤枠はストライクゾーン、左投手のデータは左右を反転させている

 上の表は、2024年のMLBでの山本由伸と今永昇太のフォーシームの縦変化量に近かったボールの空振り率をコースごとに示したものだ。これをみると、縦変化量が大きい方が全体的に空振り率が高いが、空振りの多いコースについてはさほど違いはみられない。このことから、MLB平均程度のフォーシームの縦変化量であったとしても、高めのコースの方が空振りを取れるため、山本由伸があまり高めに投げていなかった理由とはならないようだ。

見逃しによるストライクについて

 ここまでは空振りに注目して話を進めてきた。しかし、空振りを奪うことだけがフォーシームの価値であるのかといえばそうではない。そこでここからは、空振り以外の要素から高めにフォーシームを投げていなかった理由について考えていきたい。

0・1ストライク時の見逃し

※赤枠はストライクゾーン

 はじめに、0・1ストライク時のフォーシームによる見逃しは、外角と低めで多い。外角での見逃しが多い理由としては、MLBの打者の引っ張り意識が強いことが考えられる。

 2024年のMLBでストライクゾーンを縦に三分割にした投球コースごとの全球種の引っ張った打球の指標を比較すると、内角から真ん中にかけて高い値となっている一方で、外角での値は低い。このため、早いカウントでは引っ張って打つことが難しい外角のボールを見逃して、内角から真ん中のボールに対してスイングをかけていくというのが、MLBの一般的なスタンスであるようだ。

※赤枠はストライクゾーン

 これらを踏まえたうえで、0・1ストライク時のフォーシームによるストライク率をみてみると、空振りの奪える高めよりも、外角の方がストライク率が高い傾向にあることが分かる。

2ストライク時の見逃し

※赤枠はストライクゾーン

 続いて、2ストライク時の見逃しについてだが、全体的に低いコースで見逃し率が高く、特に右対右の対戦では外角も見逃しが多い傾向にあるようだ。

※赤枠はストライクゾーン

 次に、2ストライク時のストライク率をみていきたい。ただし、ファールについては2ストライク時ではカウントに影響を与えないため、ここでのストライクは空振り、見逃し、スリーバント失敗とする。そのうえで上記の表をみてみると、外角低めが最もストライク率が高いことが分かる。また、それに次いで外角や低めのストライク率が高く、高めについては特段優れた値とはなっていない。空振り率+見逃し率という観点で見ると、外角は見逃し率が高く、空振りもある程度発生するため、見逃しを奪いつつ空振りも狙えるコースと言え、ストライクを奪うことに適している。

被打球の打撃指標での比較

 ではここからは、投球コースごとの被打球に注目して話を進めていきたい。

被打率

※赤枠はストライクゾーン

 まずは、三振を除いた投球コースごとの被打率についてだが、内角高めが最も安打になりづらく、低めや外角などで被打率が高くなっていることが分かる。

被長打率

※赤枠はストライクゾーン

 続いて、被長打率をみてみると内角高めと外角低めのフォーシームは長打になりにくいようだ。

被wOBAcon

※赤枠はストライクゾーン

 最後に被wOBAconを確認すると、被打率・被長打率がともに低い内角高めが最も優れており、真ん中から打者の膝元付近のコースのボールが痛打されていることが伺える。ゾーン内の高めと外角の被wOBAconはそれぞれ、右対右では0.387と0.406、右対左では0.382と0.412となっており、高めのフォーシームの方が打者を打ち取ることができると言えそうだ。

Pitcher RV / 100での比較

 これらを踏まえたうえで、最後にPitcher RV / 100(100球当たりの得点価値)を確認してみたい。

※赤枠はストライクゾーン

 上の表をみてみると、右対右では高めと外角、右対左では外角のフォーシームが得点を防いでいることが分かる。高めのボールは空振りが奪いやすく、被安打を抑えることができ、外角のボールは空振りや見逃しによってストライクを取りやすいため、Pitcher RV / 100が高いようだ。対して、真ん中から内角低めのコースにおいては、長打を打たれやすい傾向にあるため、Pitcher RV / 100は低めの値となっている。また、ゾーン内のPitcher RV / 100をみると、高めよりも外角の方が優れているが、ゾーン外では高めの方が失点を抑える効果が高い。このため、制球の乱れなども考慮すると、高めと外角の優劣をつけるのは難しい。

まとめ

 今回は、投球コースごとの指標を比較して、山本由伸がなぜ外角を中心にフォーシームを投げていたのかを考察した。近年のMLBでは、フォーシームを高めに投げることが推奨される場合も多いが、外角のフォーシームはストライク率が他のコースよりも高く、有効な選択であることが分かった。このため、山本由伸の投球スタイルはデータ的にみても、理にかなったものであるといえる。