クリエイターを惑わす日本刀論争
餅は餅屋
私は20代の頃に日本で演劇を習い、その中で殺陣も習いました。そこで得た知識や情報というのは今でも残っていますが、今の私は西洋剣の専門家なので、日本の殺陣や日本の剣術のことはできるだけお話しないようにしています。やはり餅は餅屋だと思いますから、日本刀のことは日本刀の専門家にお任せするのがお客様の利益を考えたときにベストではないでしょうか。
今日お話する内容は、ツイッター上で起きている日本刀に関する議論・討論を、西洋剣の専門家の視点で見た感想と考察です。
第一印象
この記事を書くきっかけになったのは「日本刀の持ち方」や「日本刀の斬り方」に関するツイートでした。
少し要約してご紹介すると、
日本刀は左手で持ち、右手は添えるだけ
日本刀は左右の手でしっかり握るが、力を入れるのは攻撃の瞬間のみ
日本刀は左手の小指を柄(頭)にかけ、右手は刀を支えるようにして持つ
というようなもので、様々な持ち方があることが伺えました。
ちなみに、私が習った殺陣の持ち方は一番最後の小指を引っ掛ける持ち方です。
【流派がたくさん存在するから?】
第一印象として感じたのは、日本刀にいろいろな持ち方が存在するのは流派がたくさん存在するから?ということです。
西洋剣の世界から見ると、日本刀は本当に流派が多いです。なんでこんなに流派が多いのか考えたこともありますし、持論もありますが、それはまた別の機会にお話させていただきます。
そしてすぐに論争が始まった
この「日本刀の持ち方」に関するツイートはすでにいろいろな返信がついてスレッド化していたのですが、読んでいくうちに私は先程の考えが違うことがわかりました。
「日本刀の持ち方」だけでなく「日本刀の斬り方」など、日本刀に関するツイートのほとんどがそうなのですが、そこにあるのは流派の違いなどではなく、個人的な考え方の違いしかありませんでした。
ツイッターなので、個人的な考えを返信するのは当たり前なのですが、もう少し細かくお話すると、「相手がどういった立場で発言をしているのか」を考えずに、自分の考えを述べているということです。
つまり、自分が言いたいことを言っているだけなのです。
ツイッターの性質を考えるとこれは悪いことではありません。そもそもツイッターは個人の勝手な「つぶやき」に誰かが勝手に反応して各自楽しむものですから。
立場の違いが不明確
ただ、自分の言いたいことを言っているだけだと、必ず論点のズレが生じますので、そこからたいてい論争に発展します。
ではなぜ論点にズレが生じるのかというと、それは自分の立場と相手の立場の違いを無視しているからです。
この「立場」について、分析してみると「日本刀の持ち方」に関するスレッドでは少なくとも3つの立場が存在していると思いました。それは、
①剣術
②殺陣
③剣道
の3つです。
この3つはどれも日本刀を想定したテクニックで構成されていると思いますが、それぞれの趣旨は違うと思います。
西洋剣の場合、趣旨が違えばテクニックも違うものになるのですが、日本刀ではどうでしょうか?
剣術には剣術の持ち方があり、殺陣には殺陣の持ち方が、剣道には剣道の持ち方がある。それを認識した上で、それぞれの利点などを発表し合うというのであればとても生産性のあるものになると思うのですが、そのスレッドではそうなっていませんでした。
スレッドでは、相手の理論を否定して、自分の理論を肯定する発言が多かったのですが、相手を否定することが悪いことだとは思いません。なぜなら、自分が知っていることは自分の経験から得たものなので、一番信頼できる情報ですし、相手の理論を認めるということは自分の経験を否定することになりますので、相手を認めたくない気持ちにもなります。
論争は悪いことではない
私は論争を「悪」だとは考えていません。そして、論争を引き起こす人も「悪」だとは考えていません。私が考えている「悪」は、裏付けのない薄っぺらい情報です。
みなさんは「コタツ記事」という言葉を知っていますでしょうか?
これは自分で取材をするわけでもなく、インターネット上の情報を集めて書く記事のことを言うのですが、コピペ記事と同じようなものです。
私はこの「コタツ記事」や「コピペ記事」こそが「悪」だと思っています。
クリエイターを惑わす「悪」
私が日本で仕事をしている理由は、日本のクリエイターに役に立つ情報を提供するためです。
劇団でお伝えしている西洋剣術のテクニックや情報は、俳優の安全管理だけでなく、役作りの裏付けに役に立つとおっしゃっていただいておりますし、本に書いたイラストレーター向けの情報なども好評をいただいております。
こういった立場から日本のクリエイターのみなさんに申し上げたいのは、インターネットを情報源とした場合、コタツ記事やコピペ記事が含まれていることを前提に読んでほしいということです。
どの情報を信じ、どの情報を自分の作品に取り入れるかは自由ですが、インターネットを情報源とするのはそれなりの危険を含んでいるということを忘れないようにして下さい。
サポートいただいた金額は研究費や渡航費にあてさせていただきます。これからも応援よろしくお願いいたします。