『オクジャ』はセカイ系なのか(感想)

ポン・ジュノ監督。第70回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作品。Netflixオリジナル映画。

評価:★★★★☆4

(感想にネタバレを含みます)




多国籍企業ミランダ社はカバと豚のキメラのような"スーパーピッグ"を開発し、世界各国の26の農家に10年間かけて育てさせ、最も品質の良い個体とその農家を表彰し、自社製品のアピールする計画を立てた。韓国の山奥に祖父と二人で暮らす少女ミジャは友人のように"スーパーピッグ"オクジャと山を駆け回り、世話をして生活していた。しかし、オクジャがミランダ社のコンペティションで優勝してしまい、ニューヨークに連れ去れてしまう。それを防ごうとする別勢力ALF(Animal Liberation Front_動物解放戦線)にまきこまれながらも、ミジャはオクジャと平穏な日常を取り返せるのか......?という内容の映画。

冒頭のミジャとオクジャ、祖父ののんびりとしたシーンを見てる時点では、「都市生活から疎外された平穏に暮らす純朴なアジア人が、商業主義的な目的で先進国のビジネスマン(だいたいアメリカ人)に目を付けられ、利用されて適当に捨てられる」ケン・リュウの短編小説みたいな話かな~と思ったが、もっと違った印象を受けた。

まず、登場人物が基本的にバカ。搾取される主人公サイドはいいとして、ミランダ社の社長(白人)も、ALFの連中もどこか抜けていて滑稽な印象を与える。いやバカというよりも「愚か者」のほうが近いかもしれない。でも登場人物がバカすぎてイライラするとか、そういうんじゃない。そういうんじゃなくて、キャラクターの背景が見えてくるというか、「あ~こいつ河川敷でバーベキューするときでもスーツ着るんだろうな」とか「こいつ休日は家で半日寝て、コンビニいってから度数の強い酒飲んで寝るんだろうな」みたいな風に思えてくる。ストーリーを進めるために作られた「物語の奴隷」は、合理的なことしかしないし失態をさらさない。でもそんなキャラクターには感情移入できないし、魅力を感じにくいと思う。今作は落ちぶれたタレント博士、雑な翻訳をするテロリスト、祖父、社長などいいなぁーと思う登場人物が多いと感じた。ALFのぬるいかんじがツボでした。ヴィーガンを皮肉ってるとか言ってはいけない。


で、今作は動物愛護映画ではないと思った。セカイ系です。『エヴァ』とか『イリヤの空・UFO夏』とかのアレ。

もう古い定義かもしれませんが、wikiに載ってる「セカイ系」の定義を拾ってくると

セカイ系とは「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群のこと」

とあります。今作では「主人公(ミジャ)とヒロイン(オクジャ)が一緒にいられるかどうか」という小さな問題が、「世界の食糧問題にかかわる、大企業の一大プロジェクト」に直結します。

「具体的な中間項を挟むことなく......」とはここでは主人公たち(「ぼく」と「きみ」)とセカイの間に社会領域(学校とか家族とかの社会の構成要素)が存在しないことを言っている。じゃあ今作はどうなのかというと、主人公は学校に通っていません(少なくとも作中に学校が描かれることはなかった)。祖父も山で自給自足っぽいことをしているだけで社会とのつながりを感じません。え?祖父がいるから中間項の社会領域として「家族」が描かれてるって?ぬぬ.......。......ミジャのセリフにもあるようにオクジャは「家族」の一員なので、「家族」は主人公とヒロインの関係性であって中間項ではないといえます。

さて、あなたはこの映画を観て「これ、セカイ系ジャン......」て思うシーンが1つあるはずです。

・トラックの中でミジャに計画を話すAFLのリーダー。いわく「ミランダ社のスーパーピッグ計画を止めるには、研究所に潜入して遺伝子組み換えや虐待の証拠を集める必要がある。研究所の警備は厳重だからオクジャに通信機をつけて、内部から証拠をつかみたい。」。そして「もし成功すれば、世界中の"スーパーピッグ"たちを解放できるかもしれない。協力してくれないか。」と言われる。要は「たった一人のヒロインの命を救うか、世界の人々を救うか」、セカイ系あるある命題ですね。それに対するミジャの回答は......


無題

視聴者「これ、セカイ系ジャン......」。ちなみにミジャは英語がわからず、右の通訳の男が無能なのもあって、相手の言ってることがわかってません。ついでに上の発言は承諾したように勝手に翻訳されました。翻訳は尊い。でも、ミジャだったら相手の言葉がわかったとしても断ると思うんだよなぁ。彼女にとってはオクジャがすべてで、連れ戻すために10歳ぐらいなのにソウルまできて、トラックにしがみついて必死で......。ヒロインのためにガムシャラになって頑張って、空回りすることもある主人公。そしてヒロインのほうが社会的に価値があるという(泣)。これ、セカイ系ジャン......。

実際のところ監督が意識してセカイ系にしたのではなくて、僕が勝手にセカイ系を見出しただけでしょうね物語の結末としてはオクジャは解放されて、ミジャたちは平穏な生活を取り戻すのですが、それはミランダ社との戦いに勝利したからではなく、ミランダ社のCEOが変わってオクジャの価値が他の有象無象の"スーパーピッグ"と同じになっただけで、ミジャの差し出した純金の豚との等価交換によってオクジャは解放されます。それは資本主義に則った正当な取引であって、ミジャは強大のシステムに従って問題を解決しただけです。

でも、こういう別視点の見方とかも大事なんじゃないのー?。ほら、多様性って、大事だし......。

というわけで映画『オクジャ』、おもしろいのでぜひ見てください。

(文責:灰入くらむ)




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