「治る! アトピー性皮膚炎の新薬」
皆様こんにちは。今回のすくナビの担当は、アレルギー担当の竹村豊です。
今回は、前回からスタートした“小児科専門医を目指す若手医師が知っておきたい小児医療最新知識〜アレルギー編”です。このシリーズが対象とする主な読者は、卒後10年以下の若手小児科医です。しかし、内容は必ずしも若手の医師だけが知れば良い内容ではありません。卒後10年を経過してもその分野を専門としていない場合、新しい知識はアップデートしたいものです。このブログをお読みいただければきっとそのニーズにお応えできますので、お読みいただければ幸いです。
今回のテーマは、アトピー性皮膚炎の新薬です。
第1章: アトピー性皮膚炎の病態とそのメカニズム
アトピー性皮膚炎(Atopic Dermatitis, AD)は、小児の約10%が罹患する疾患です。ADの診断は、皮膚のかゆみ、年齢に応じた特徴的な皮疹の分布、そして皮疹の遷延により行われます。皮膚のかゆみと掻爬が引き起こす「Itch-Scratch Cycle(かゆみ-掻爬サイクル)」という概念は、古くから知られていますが、近年では、この概念を含んだ「三位一体論」が病態の主流として考えられています。三位一体論とは、皮膚のかゆみと掻爬、そして皮膚内のTh2型炎症が相互に作用し合う状態を指します。
この状態を分子レベルで説明すると、皮膚の表面を掻爬することで、IL-25、IL-33、TSLPなどのアラーミンが放出されます。アラーミンとは、細胞が損傷やストレスを受けた際に放出される分子のことで、ADにおいてはこれらのアラーミンが免疫細胞を活性化し、Th2型の免疫応答を引き起こします。Th2型炎症が惹起されると、IL-4、IL-13、IL-31などの分子が放出され、これらの分子はJAK-STAT経路を介して細胞内にシグナルを伝達し、炎症が誘発され瘙痒へと繋がります。この分子レベルでの悪循環が、Itch-Scratch Cycleの本態であり、ADの重要な側面を担っています。
第2章: アトピー性皮膚炎の治療法とステロイド外用薬の役割
ADの治療は、薬物療法、スキンケア、悪化因子の検索と対策の三本柱で行われます。この章では、これらの中から薬物療法に焦点を当ててお話しします。
ADの薬物療法において最も重要な薬剤は、ステロイド外用薬です。ステロイド外用薬は、抗炎症作用、免疫抑制作用、血管収縮作用、抑制分子の誘導などの効果を持ち、その結果、皮膚バリア機能を改善させたり、皮膚感作を抑制したりします。この薬剤は、歴史も古く、AD診療ガイドラインにおいてエビデンスレベルA、推奨度1とされています。
しかし、ステロイド外用薬には副作用が存在します。全身性の副作用はほとんど問題になりませんが、局所性の副作用には注意が必要です。特に、皮膚線状(線状皮膚萎縮症)は不可逆的な副反応であり、注意が求められます。最近の報告では、健康な成人の皮膚でも2週間以上ステロイド外用薬を塗布し続けると表皮の萎縮が出現することが明らかにされています。このため、医療者はステロイド外用薬の長期使用による副反応に注意を払う必要があります。
しかし、インターネット上にはステロイド外用薬に関する根拠のない情報が多く見られます。多くの場合、ステロイド外用薬の効果が不十分と感じられるのは、塗布量が不足していることが原因です。医療者としては、副反応を気にするよりも、塗布量が不足することで治療が不十分になることをより懸念する必要があります。
ただし、適切な量と期間でステロイド外用薬を使用してもADの皮膚炎を寛解維持できない場合があります。この場合、AD以外の疾患の可能性を確認し、ADに間違いなければ患者教育を行います。それでも寛解に至らない場合、その状態は「中等症以上の難治状態」とガイドラインで定義されています。
第3章: 新規薬剤と全身療法の最新動向
ここまでお話した「ステロイド外用薬の長期使用による副作用の懸念」と「中等症以上の難治状態」を克服するために、新規薬剤が登場しました。これらは、注射薬や内服薬などの全身療法と外用薬の2種類に大別されます。全身療法は主に中等症以上の難治状態の克服に、外用薬は主にステロイド外用薬の長期使用による副作用の懸念を克服するために使用されます。
2018年にデュピルマブが日本の成人を対象に使用が開始されたのを皮切りに、多数の全身療法薬や外用薬が上市されました。
外用薬としては、デルゴシチニブとジファミラストが使用可能です。デルゴシチニブはJAKを抑える薬剤であり、ジファミラストはPDE4阻害薬として、cAMPを介して免疫を調整し、炎症を抑制します。これらの薬剤は乳児から使用可能であり(デルゴシチニブは生後6か月、ジファミラストは生後3か月)、ステロイド外用薬の長期使用による副作用の懸念を克服するのに有用です。デルゴシチニブには使用量に制限がありますが、これらの薬剤は、副作用が少なく、ステロイド外用薬との併用で使用量を減らすことも可能です。
これら2剤の他にも、タクロリムス外用薬は忘れてはならない存在です。タクロリムスはカルシニューリン阻害剤であり、一般にⅣ群(ミディアム)のステロイド外用薬と同等の効果を持ちます。デルゴシチニブ同様、使用量に制限があるものの、併用を検討する価値があります。
次に、全身療法について述べます。全身療法薬は分子標的薬であり、生物学的製剤とJAK阻害薬に大別されます。生物学的製剤は遺伝子組み換えモノクローナル抗体であり、特定のサイトカインや炎症細胞の相互作用を標的とします。小児領域で使用できる全身療法薬には、デュピルマブ、トラロキヌマブ、ネモリズマブ、バリシチニブ、ウパダシチニブ、アブロシチニブの6剤があります。これらの薬剤は、各々が異なる作用機序を持ち、患者の重症度や年齢に応じて使用されます。
デュピルマブとトラロキヌマブは、それぞれIL-4/13、IL-13というTh2型炎症の根幹を抑える薬剤です。デュピルマブは生後6か月から使用可能で、トラロキヌマブは12歳から使用可能です。デュピルマブは、AD以外のアレルギー疾患(気管支喘息など)にも適応があり、アレルギー疾患の進展を抑制する効果も認められています。ネモリズマブはIL-31を標的とし、「かゆみ」を治療する薬剤で、6歳から使用可能です。ただし、ネモリズマブは皮膚の炎症を抑える効果が弱く、副反応としてアトピー性皮膚炎の悪化が見られる場合があります。
一方、JAK阻害薬では、ウパダシチニブとアブロシチニブが強力な効果を持ち、重症ADの治療において重要な選択肢となります。これら2剤は12歳から使用可能であり、デュピルマブと比較した研究でもJAK阻害薬の方が、効果があったことが示されています。バリシチニブは2歳から使用可能ですが、他のJAK阻害薬に比べると効果はやや弱いとされています。また、バリシチニブは錠剤しか剤型がないため、幼児が服用するのは実際には困難な場合があります。JAK阻害薬は強力な効果が期待できる一方で、副反応への懸念も存在します。最も大きな懸念材料は、肝炎や結核、ヘルペスなどの感染症です。そのため、JAK阻害薬の投与を開始する前には、これらの感染症のスクリーニングを行い、投与開始後も定期的に状態を評価する必要があります。
全身療法の選択にあたっては、各薬剤の特性を十分に理解し、患者の状態や年齢に応じて適切に選択することが求められます。各製薬会社は、それぞれの薬剤の利点を強調していますが、医療者自身が中立的な視点を持ち、添付文書や厚生労働省の最適使用推進ガイドライン、または臨床研究の結果を参照しながら治療方針を決定することが重要です。必要に応じて、専門家の意見を参考にすることも推奨されます。
以上が、アトピー性皮膚炎の病態、治療法、そして新規薬剤と全身療法に関する最新の動向です。今後も進化する治療法や新しいエビデンスに基づき、患者一人ひとりに最適な治療を提供できるよう、私たち医療者は継続的に学び、実践していくことが求められます。
いかがでしょうか。小児アトピー性皮膚炎の最新の薬剤についてご理解いただけましたか?この様な話を直接聞きたい、または何らかの質問がある、という方は、このブログにコメントをいただくか、SNSを通じて連絡をいただければ幸いです。
近畿大学病院小児科では「健康について知ってもらうことで、こどもたちの幸せと明るい未来を守れる社会を目指して」をコンセプトに、こどもの健康に関する情報を発信しています。これからもよろしくお願いします。
竹村 豊