プロトタイプ段階で何ステージ作るべき?Voodooのプロトタイプ改修事例
ハイパーカジュアルゲームの開発において、どう企画を立てるのか、プロトタイプはどう作り込んでいくのかという点は、多くの開発者にとって代表的な悩みどころかと思います。
ここに焦点をおいてVoodooから実例が公開された2021年1月のハイパーカジュアルゲームナイト。VoodooのパブリッシングマネージャーであるMichael Paxmanさんからお話し頂いたグローバルヒットタイトルである「Roof Rails(日本語名:「レール・ラン」)」の企画〜プロトタイプ改修事例です。
プロトタイプ段階で何ステージ作ればいいのか?
「Roof Rails」の場合、以下が開発進行時の大きな区分です。
・企画:コンセプトアートの作成
・プロトタイプ Ver.1
・プロトタイプ Ver.2
・プロトタイプ Ver.3
プロトタイプは3段階あったものの、その改修過程ではステージ数を増やすことはなく「Ver.1で10ステージ、Ver.3でも10ステージ」です。
「何ステージ作ればいいのか問題」「プロトタイプ段階でステージ数を増やす必要があるのか問題」に対する一つの解、アプローチとして、参考になるのではないでしょうか。
では、なぜ10ステージでいいのか。その理由は後述のVer.2、Ver.3への改修過程のパートで触れますが、まずは開発の流れに沿って企画段階の話から入ります。
企画段階 - アイディアはハイパーカジュアルの外から
「Roof Rails」の場合、アイディアのもとになったのはRedditで話題になっていたという上の動画です。この話から参考として心に留めておきたいのは以下2点です。
・新鮮なアイディアはゲーム以外の場所から。各種SNSでバズっている動画をヒントにゲーム化できないか考えてみる。
・既存のハイパーカジュアルゲームを参考にしない。
ハイパーカジュアルゲームの開発に取り組んでいると、様々なハイパーカジュアルゲームを遊んでいるなかで、意識せずとも影響を受けてしまうこともあるかもしれません。ただ、何かしらの類似タイトルとみなされてしまう時点で目新しさが出づらい=ダウンロードされにくい=テスト段階で目標とするKPIに到達しない、となってしまいます。
また、本格的にプロモーションをする段階までたどり着いたとしても、類似タイトルがあるとCPIが高くなってしまう傾向があります。
企画段階 - コンセプトアート3枚で伝わるかどうか
上の3枚の画像が「Roof Rails」のコンセプトアートです。このように3枚の画像でどういうゲームか伝えようとした時にそれが伝わるかどうかです。伝わるようにしたいのは以下3点です。
1. 何をするゲームなのか?
2. どんな制限やルールがあるのか?
3.その制限があることでの難しさ/楽しさは?
「Roof Rails」の場合、コンセプトアートのみでも以下のようなことは伝わりそうです。
何をするゲームなのか?
・横長のポールを持ったプレイヤーが、自分が持つポールで2本のレール間もスライドしながら前進しゴールを目指すゲーム
どんな制限やルールがあるのか?
・持っているポールの長さが、2本のレール幅より長くないと進めない道が出てくる(コース上に落ちているものがポールを長くするアイテムかもしれない)
その制限があることでの難しさ/楽しさは?
・ポールを伸ばしたいが、コース中にポールをカットする障害物も登場
・ハイジャンプ中に次のレールに乗れるようルート取りをする箇所もある
企画がシンプルで伝わりやすいか、という点は特にハイパーカジュアルにおいてはその後の成否を左右する全てといっても過言ではありません。ハイパーカジュアルの特性上、伝わりやすさは本ローンチまでの各フェーズで問われるからです。
プロトタイプ作成後のテスト: 「おもしろそう」がすぐに伝わるか
テストとしてのゲームプレイシーンの動画広告が、数秒しか見てもらえない状況下で目にとまるかどうか、おもしろそうと思ってもらえるかどうか。
ダウンロード後: 「おもしろい」がすぐに伝わるか
細かなルールを伝えずとも、何をすればいいゲームなのか伝わるかどうか。普段あまりゲームをしない人たちでも何をすればいいか分かり、おもしろさがすぐ分かるのか。
ゲームプレイシーンを数秒しか見てもらえない状況下では、コンセプトアートで伝わらないものは、プロトタイプを作っても伝わらない、それくらいの慎重な姿勢でコンセプトアート作成時点で本当に必要なものだけを残す、という過程が極めて重要といえます。
「Roof Rails」の場合も、プレイヤーが持っているポールを伸ばしながらゴールを目指すというコアゲームプレイに関係しない要素は3枚の絵に一切含まれていません。
プロトタイプVer.1で最も注視すべきKPIは?
プロトタイプテスト時に見るKPIは、3秒動画視聴率、CTR、CPI、プレイ時間、到達ステージ数、継続率が代表例です。パブリッシャーによりメインで使っている指標は異なりますが、これらは大きくわけると2種類に分類できます。
"おもしろそう"指標: 動画の3秒再生数、CTR、CPI
・スケーラビリティが判断できる指標
(どれだけ多くの人が興味を持ってくれるか)
"おもしろい"指標: プレイ時間、到達ステージ数、継続率
・スティッキネスが判断できる指標
(どれだけの人が長く遊んでくれるか)
KPIとする指標は様々あれど、プロトタイプVer.1で最も気にするべきなのは上の”おもしろそう”指標に分類されるものです。Voodooの場合、基本的にはプロトタイプを作成してからが初回テストなので、プロトタイプVer.1で最も気にするべき指標はCPIです(継続率やプレイ時間ではなく)。
では、「Roof Rails」のケースはどうだったのか。以下がプロトタイプVer.1です。
上のものが実際のテストに使われた動画ですが、注目すべきはコアゲームプレイそのものといえる必要最小限の要素しかないという点です。登場要素はコンセプトアートとほぼ変わらないともいえます。
色々なものを付け足して賑やかにしたくなるところですが、グッとこらえて足さない。瞬時にスワイプされるSNS内で広告が表示される状況は3秒程度。むしろその状況下では複雑なアニメーションや、動いている背景があったりすると逆に埋もれて目がとまりません。最少構成なのは、むしろコアゲームプレイが伝わりやすくなり、プラスです。
その上で、3秒以内にルールがわかる、コアゲームプレイだけで見ている人の注意を引けるか、おもしろそうと思ってもらえるかです。
テスト結果はCPI $0.2、翌日継続率30%、平均プレイ時間6分。CPIは逸脱した良さであり、一方で継続率とプレイ時間は及第点という結果です。あくまでも初回テストの目的は「ウケそうかどうか世の反応をみること」なので、優先順位はCPIが安くなるかどうか、おもしろそうと思ってもらえるかどうかです。
継続率やプレイ時間は、後からでも改善が可能です。一方で、後からCPIを安くできるかどうかは相対的に難しいといえる指標です。CPIの高低はコアゲームプレイの印象が最も直結するものであり、後々、作り変えをしたいと思っても、全面改修が必要で戻りづらいこともある、それゆえ初回テスト時に最も注視する指標になります。
Ver.2を作る最大の目的は?
プロトタイプVer.2がこちらです。
プロトタイプVer.1からの改良点はいくつかありますが、Ver.2で実現したいこととは何でしょうか?やみくもに改良案を出し、CPIも継続率もプレイ時間もどれでもいいから上がればいいというわけではありません。
Ver.2で改善したい指標は、引き続きCPIです。あくまでも"おもしろそう"指標の向上です。つまり、Ver.2を作る最大の目的は、コアゲームプレイの魅力度を高めることです。
では、どうすればコアゲームプレイがもっとおもしろくなるか?
原点は冒頭の動画のレールスライドです。コアゲームプレイ≒レールスライドであり、この時に楽しさを感じられるかがキーといえます。よって、コアゲームプレイの魅力度を高めるって何?を言い換えるなら「レールスライドの楽しさUP」そして同時に「その楽しさをいかに分かりやすくできるか」です。以下がその目的に対しての手段です。
・ゲームプレイ速度とカメラ角度
→プレイヤーの進行速度は変わっていません。ただ、屋上およびレールが長くなり、カメラ角度が調整されています。それにより、レールスライド中に次のビルの屋上の配置を確認しながら、どういうふうに進もうか考える楽しみが強くなっています。
・障害物をブロック上のものからチェーンソーに
→Ver.1の動画では、長いポールを持ったプレイヤーがブロック上のものに衝突しそうな場面でこのあと何が起こるか、人により予測が異なりそうです。プレイヤーが持つポールが折れる、ぶつかった反動で戻される等です。一方でVer.2では「このまま進むとポールがカットされそうだな」というのが伝わりやすくなっています。
一つ一つのモチーフに対して、なぜこれなのか、何が最も自然なのか、というのを突き詰めることが、存在するものすべてに一貫性を生み、全体の分かりやすさに繋がっていく一例といえます。
分かりやすさ、ということでは色の選択についてもそうです。
・ポールが黄色なのは、ゲームのメインとして目立ってほしいから
・チェーンソーが赤なのは、赤=危険という印象がほぼ世界共通だから
・背景はコアゲームプレイを邪魔しない薄い色味で
そしてこの段階でも、ステージ数は増やさずに10のままです。ステージ数を増やすというアプローチは、前述のVer.2での目的に対しての手段ではないからです。
テスト結果はCPI $0.09、翌日継続率35%、平均プレイ時間8分。3指標とも向上していますが、CPIが半分になったことが最大の変化です。まさに目的からブレないアプローチを取ったことがストレートに表れた結果といえます。とはいえ、驚異的なCPIですね...。
継続率、プレイ時間の改善を目的に作るVer.3
続いて、Ver.3がこちらです。
プロトタイプVer.3では、ステージクリア後のボーナスゾーンが追加されています。ゴールラインを超えてからどこまで到達できるかで、ステージクリアでもらえるジェムの倍率が変わるというこの仕組みは、このところのトレンドといえます。
ステージクリア自体は簡単な作りにしていることが多いランアクションでは「おもしろいが、簡単すぎて飽きやすい」というのは代表的な課題であり、それが継続率が伸び悩む一要因です。その課題に対して「次はボーナスが最大になるゾーンまで到達したい、もう1プレイ」という意欲を喚起することに寄与しています。普段あまりゲームをやらない人、得意ではない人はステージクリアで充分満足かもしれません。それらのプレイヤーを切り捨てることなく、ゲームが得意なプレイヤーの意欲もかき立てる絶妙な仕組みです。
Ver.3時点では上の動画のボーナスゾーンでしたが、現行版ではこれではなく「ステージ中にポールを長く伸ばせているほど、ボーナスゾーンのレールスライドで遠くまで行ける」というボーナスに変わりました。以下が、その変更理由です。
・ボーナスゾーンではじめて敵が出てくるという違和感
・押す力には長さも影響するが、スピードも必要。ただこのゲームではプレイヤーはスピードをコントロールできない
・メインのゲームプレイでポールを伸ばすことと関連するボーナスゾーンに
なるほど、という感じです。本当に一つ一つの選択に対して、なぜそれが登場するのか、その仕組みなのか、という点に対しての問答が極まっています。関係性のないものを急に出さない、各要素の一貫性を大事にする、この追求こそが全体の分かりやすさに繋がっています。
Ver.3ではこのステージクリア後のボーナスゾーン追加、地面の縮小(ポールを伸ばすアイテム獲得とチェーンソー回避をよりスリリングに)が主要な変更点で、継続率と平均プレイ時間が大幅に伸びています。
なお、この段階でもステージ数は10ですが、10ステージをクリアするのに10分もかかりません。それなのになぜ平均プレイ時間が13分なのか。
それは、この段階では制作した10ステージをループで入れているからです。それでも2周目、3周目とプレイした人がいたことが、おもしろさを感じてもらえた証拠といえます。
Ver.3時点の目的は継続率、プレイ時間のUPです。100人プレイヤーがいるとして、うち5人だけが何ステージも遊んでくれるよりも、50人の平均プレイステージ数が増えるほうが全体平均への影響力が強い、という指向です。それがやるべきことなので最初の1-10ステージをおもしろくすることこそが重要、だから新たなステージ11やステージ21を作るよりも、1-10ステージの魅力を高めたいという話です。
プロトタイプ段階のKPI突破後にやること
プロトタイプテストで目標とするKPIを突破し、最終的な仕上げ段階であったり、リリース後アップデートでも取り組む項目の例が上記のものです。
ステージクリア後のボーナスゾーンの改修、少し違うステージを追加、獲得したくなるスキンを追加できるかどうか、といった点で継続率のアップを目指す手段の一例です。そして、それらの項目の実装工数と数値インパクトを一般的なケースとして分類しているのが以下の表です。
あくまでも個々のケースにより、一概にこのマッピングと同じ状況にならないことも多々ありますが、一例としてご参照ください。
まとめ
プロトタイプ段階で何ステージ作ればいいのか、という問いに対して、迷いがなくなったのではないでしょうか。以下、改めて要点です。
・コンセプトアートで、以下3点がすぐに伝わることを目指す
・どんなゲーム?
・ルールや制限は?
・(その制限があることでの)難しさ/楽しさは?
・Ver.1はコアゲームプレイそのものといえる必要最小限の要素で作る
・Ver.1もVer.2も、最も気にするべき指標は"おもしろそう"指標
・Ver.3で、"おもしろい"が伝わる、継続してもらうための改善を目指す
以下が当イベント動画です。上記テキストではカバーできていないニュアンスや、市場トレンドについて、そしてたくさん頂いた質問で参考になる話が続々と出ましたので、ぜひ動画でも御覧ください。以下のような項目も一例です。
・プロトタイプで含むべき要素、含むべきではない要素
・CPIテスト時の動画はどういうものにするのがいいのか
・失敗プレイ、成功プレイ、どっちの動画広告がインストールに繋がるのか
・目標CPIに到達するものはなかなか出ない。まずは色んなアイディアをぶつけてみる
■ 関連トピック
プロトタイプテストは、パブリッシャーによっていくつかアプローチがありいます。プロトタイプ完成まで行かずに、数秒のゲームプレイシーンの動画作成のみで第1テストに入るケースもあり、その場合は、動画の3秒再生数やCTRが最初の指標になります。そのケースは以下の記事で触れていますので、あわせてご参照ください。