カケラの記録 1
ずいぶんnoteを書けなくなっていた。
心が落ち着かず、言葉がまったく湧いてこない時期が続いた。こんなこともあるんだな。
ようやく自分なりに、自分の身に起きた出来事を整理して受け止め、意味を噛み締められるようになった。記録のために書き残しておくことにする。
始まりは夏に受けた人間ドックだった。
医師の説明に安心させてもらっており、それまで通り、かかりつけ医と相談しながら健康管理していこうと考えていた。
お盆が明けたある日、ドックの結果の報告書が入った封書がポストに届いた。ところが、同日一緒にドックを受けた夫宛てのものは、ポストにない。私だけ?
嫌な予感がして、すぐに開封してみた。
すると、結果を記した報告書と共に、紹介状が入っていた。精密検査のために、専門医を紹介されたのだった。
初めてのことに驚いたと同時に、受け止め切らずに、無理やり大丈夫と思い込もうとしている自分に気付いた。なぜか、精密検査を受けない理由を探そうとしている。経験のない検査を受けなくてはならないことに、強い抵抗感が湧いていた。
でも。
思い直したのは、少し前に、大学の同級生と集まった時に、お互いに声を掛け合ったことが思い浮かんだからだ。私たちは、同級生をガンで亡くしていた。現在、闘病中の方もある。
検診は受けようね! ◯◯ちゃんの遺言だからね!
合言葉のように言い交わした。
亡くなった彼女は教職にあり、自身のお子さんの成長を見届けられないままこの世を旅立った、その友人のことを思うと、今も懐かしく、そして胸が痛む。彼女が私たちに命懸けで教えてくれたことを、絶対に忘れてはいけない。そう考えると、検査を避けることはできないと思った。つい避けたくても。
そして、自分のことをつい後回しにする性分、それが自分を苦しめてきたことを痛感していた。自分のこと以外の、目の前の課題を優先してしまう。結局、自分を粗末に扱うことにつながるのに。そういう自分を断ち切りたいと考えるようになっていた。
よし、やっぱり検査を受けよう。何もないならないと、はっきりわかる方がいい。
帰省していた娘を送り出したある日、予約を入れて検査に臨むことにした。検査そのものは、その準備も含めて、事前に説明を受けていた通りの段階を経て進んだ。唯一違ったのは、検査時間に要した時間が、聞いていたより長引いたことだ。その間、格別な痛みに苦しんだわけではなかったが、きっとこの先も慣れることはないだろうな、と考えていた。
その時、切り取られた組織片2つ。生検の結果は1週間後。
ドックの検査結果では、腫瘍マーカーの数値に異常はなかった。だから、きっと良性のものだ。そう思い込んでいた。(つづく)