認定中古車
訳あって、ひとり親となってから11年がたった。
怒涛の11年であった。
当時は0歳と6歳を抱え、車の免許も仕事もなく途方に暮れていた。
何でこんな事になったのかと、ぼんやりとした頭のまま、フワリと浮かぶボロ船に家族3人乗せられて、大海原へ放り出された気持ちであった。
かわいい盛りの子どもたちとの記憶も曖昧である。
仕事を探し、保育園を探し、入学準備をしながら学童を探し、今の住まいを失わないよう交渉し、不安と育児で眠れない日々を過ごしていた。
無事に保育園と学童が見つかり、ほんとうなら家でゆっくり成長を見届けるはずだった我が子を預け、仕事を探す日々。
当然なかなか見つからない。
ひとり親のため、何とか保育園に入れたが、無職で我が子を保育園に預けられるタイムリミットは3ヶ月だ。
その間に仕事を見つけて働き始めなければ、やっと入れた保育園を退園になってしまう。
そうすればまた1からやり直し。それだけは何としても避けたい。
毎日ネットで仕事を探して申し込んだり、ハローワークに通った。
迫る期日。焦る私。
いつものようにハローワークに行くと、近くの会議室で求人していた会社の人に声をかけられて、あれよあれよと仕事が決まった。
オープニングスタッフだった為、研修はひと月後だと言う。
仕事が決まりほっとしたが、あとひと月どうしようと思った。
子どもは慣らし保育に行けるが、私はまだ仕事がない。預けてもいいのだろうか。
車の免許も仕事が始まる前に何としても手に入れたい。
どうしたものか。
保育園の先生にも相談したところ、教習所に通っている間も子どもを預けて大丈夫、と言ってもらえた。
朝保育園に子どもを預け、自転車で教習所へ通う日々。
何とかひと月ほどで無事に免許を取得することができた。
しかし、車なんて買えるような状況ではなく、日々の暮らしで精一杯。
自転車で保育園と学童と職場を行き来する毎日。
雨の日も風の日も雪の日も酷暑も極寒も、私と子ども達は頑張った。
何とか安い中古車が買えるくらいのお金が用意でき、私は初めての車探しをする事になった。
右も左もわからないが、ネットで検索すれば自分の予算に合った車が出てくる。
子ども達が大きくなった時のことを考えて、天井が高めの軽自動車を探した。
ちょうど近所のディーラーが扱っている中古車が見つかり、来店予約をした。
当日私は某ディーラーに愛車の赤いママチャリで乗り付け、店員をギョッとさせた。
受付の女性店員は訝しげにこちらを見ながら、何の用かと眉間にシワを寄せながら聞いてきた。
こちらは客としてやって来ているので対応にイラッとしたが、自転車で乗りつけた汗だくのおばさんを怪しがるのは無理はないと思い直し、来店予約している旨を告げた。
客だとわかると突然笑顔になり、こちらへどうぞと案内された。
あの時の不審者を見るような視線、変わり身の早さ、全てが気持ち悪く心に残った。
やはりもう少しマシな格好で来ればよかったなと思った。
その時来ていたTシャツは、リアルなグレムリンのものであった。
夜中に食べ物をあげちゃった方のやつである。
見たかった車の元へ案内してもらい、乗り心地や内装をチェック。
しかし、実のところ予算を10万円オーバーしていた。
悩みどころである。今の私にとっての10万円は、とてもオーバーしてよい金額とは言えない。
しばらくウンウンと唸っていると、一台の車が運ばれて来た。
今私が見ている軽自動車と同じ色、天井の高さもある。
すぐさまこの車は買えるのかと聞いたところ、
ちょうどこれから値段をつける所だと言う。
おそらく今見ている車よりも10万は安くなるだろうと言っている。
「じゃあ、これください」
ギョッとする店員。
それもそのはず、見てもいなければ乗り込んでもいない。走行距離もわからない。
この人は車のことを知らないな、と判断した店員により丁寧な説明を受け、これから車検を受けると言う軽自動車をその場で押さえた。
ピッタリ予算内。
車が家に来るまでにこんなに手間と時間がかかるものかと驚いたが、新車に比べればマシなのだろう。
車が準備できたと連絡が来たので徒歩で車を取りに行く。今度は少しマシな格好で。
店に着くと受け付けの女性店員は笑顔で迎えてくれた。こちらも笑顔で挨拶する。
でもあの時のあの顔、忘れてないからな。
アイスコーヒーを頂き、店長が挨拶に来て名刺と菓子折りを丁寧に渡された。
中古車買っただけでこんな事になるの?と驚いた。
ほんとうにやめて欲しい。
コンビニのレジの如きスピードで終わらせてもらいたい。
そして車の説明をされ、キーを渡された。
とても緊張している。
なぜならペーパードライバーなのだから。
教習所を卒業してから運転したのは2、3回である。
エンジンのかけ方から怪しい。
しかし、そこは悟られまいと能面の様な顔でエンジンをかける。
大丈夫、前日の夜に教本を読み直したのだから。
シートの位置を調整し、シートベルトをしめる。
ずっと横で待つ店員。
もう戻ってくれと言いたかったが、これも彼の仕事なのだろうからとグッと我慢した。
慎重に走り出す車。深々とお辞儀する店員。
今のうちに店から出たいと思ったが、慎重に運転しすぎて店員が頭を上げてしまった。
バックミラーにもう一度頭を下げる店員が見えた。
そんなこんなで何も考えずに購入した車だったが、乗っているうちにかわいく思えてくるものだ。
古いが走りも快調。
猛暑にエアコンのガス切れで36度の風が吹いたり、今時CDプレイヤーだったりするが、アナログな私にはちょうどいい。
昔聞いていたCDを引っ張り出して車で聴いているが、振動でキズが付いて聴けない曲が増えてきた。
全てのCDが聴けなくなるのも時間の問題だ。
けれどそんな事などどうでも良くなる程、車のある生活はありがたい。
子どもたちと私は、もう雨の日も風の日も雪の日も酷暑も極寒も快適な車で移動できるのだ。
もう暑さで眩暈がしたり、寒さで耳の感覚がなくなったりはしない。
あのタイミングで偶然運ばれて来たこの車に感謝を。
そしてあの時なぜか即決できた無知で適当な自分に「良くやった」と言いながら肩をバシバシ叩いて労いの言葉を送りたい。
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