「痛い」1話~短編ホラー小説~
「痛い」 ①
楓
これは私が14歳の頃の話です。
私の両親は早くに離婚しており祖父・祖母共に私が小学生の頃に亡くなっている。一人っ子のため現在は母親と二人暮らし。幸い祖父が一軒家を残してくれていたので住む場所には困らなかった。
中学2年生の6月、小さな頃から通っていたダンススクールでのレッスン中、私は急に太ももの激痛に襲われ立っている事が出来ずに倒れ込んでしまった。周りの生徒たちも皆心配している。
(無理をして痛めちゃったかな…)
後悔と共に強くなる痛みに耐えきれず、ダンスの先生に事情を話しその日は帰らせてもらった。
翌日の朝、痛みは更に激しくなり痛みの範囲も広がっている気がする。
母親に整形外科へ連れて行ってもらった。受付を済ませ待合室にいると、
「〇〇楓さん、診察室へどうぞ。」
とアナウンスが。
診察室に入ると、ひょろひょろとした今にも倒れそうなおじいちゃんが白衣を着て座っている。
(これが先生?大丈夫かな…これじゃあどちらが患者かわからないよ…)
心の中でぶつぶつ言ってみたところで仕方がない。14歳の私は目の前のおじいちゃん先生に一生懸命症状を伝えた。
「ほう。それじゃあ腰のレントゲンを撮ってみるか。」
おじいちゃん先生がもごもごと独り言のように呟くと、隣に立っていた看護師さんが代わりに私に向かって言い直す。
「レントゲンを撮るので2番検査室の前でお待ちくださいね。」
検査が終わり再び診察室へ呼ばれ、そこで診断されたのは椎間板ヘルニアだった。
今まで病気一つした事がない私は説明を受けてもよくわからない。しかし母は、それならば安静にしていれば治る。そう思ったようだ。そんな母の反応を見て私は安堵する。
その時はまだ、これから経験する事などわかるはずもないのだから・・・
それから1週間程が経ったが、その間リハビリへ通いながら処方された薬をしっかりと飲み家では安静にしていたにも拘らず、痛みは治るどころかどんどん激しくなり範囲も明らかに広がっていた。両足や背中、更には腕まで痛む。刺すような痛みだったりヒリヒリした痛みだったり、とにかく夜も眠れない程の激痛だ。
「これは絶対におかしい。椎間板ヘルニアなんかじゃないわ。違う病院に行ってみましょうよ。」
母はあのおじいちゃん先生の診断を疑い、もっと詳しい検査が受けられそうな病院へ行こうと話し合って決めた。
県内でも比較的評判の良い大きな総合病院へ着くと、レントゲン検査やMRI検査をした。
検査の結果、椎間板ヘルニアではなかった。
今回の先生は40代くらいの男性だ。
「腰や背骨に異常はありません。ですからもう少し詳しい検査をする必要があるので検査入院をしていただくことになるのですが…」
私はそのまま入院病棟へ案内され、母は入院の手続きをしたり着替え等を取りに一旦家に戻ったりとバタバタと動き回ってくれた。
私は翌日から様々な検査を受けた。血液検査、筋電図、筋生検、再度レントゲン検査、NRI検査等、医者が思い付く限りのあらゆる検査をした。にも拘わらずどこにも異常は見当たらない。不安と痛みだけが強くなっていく。
そして日を追うごとに痛む範囲は広がっていき遂には自力で歩くことが出来なくなった。原因がわからなければ治療も出来ず、只ひたすら痛みと戦い続けるしかない苦しい入院生活となってしまった。
病院は慈善事業ではない。長期の入院は病院側にとっては痛手になる事もある。
リハビリの成果もありゆっくりならば自力で歩けるようになった頃、体の痛みはまだ治っていなかったが、
「安静にしていても痛むのなら、一度家に帰ってみてはどうだろうか?」
先生のその言葉で私の約半年間の入院生活が終わりを告げた。
退院から数日後のある夜、私は悪夢に魘された。
真っ黒に焼け焦げた兵隊さんが私を連れ去ろうとする夢だ。
私はあまりの恐怖で断末魔のような叫び声を上げながら目を覚ました。
まだ深夜である。
夢で見た兵隊さんが目の前に居る気がして慌てて部屋の灯りを点けてみるが、もちろん居るはずがない。
夢なのだから。
少しだけ安堵するも恐怖心は完全には消えてくれず自室がいつもより広く感じる。
酷い汗をかいていて寝間着が肌に張り付き気持ちが悪い。
着替えを済ませ再び布団にもぐるが、その日は朝まで眠れなかった。
つづく