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「Brussels Affair」 ローリング・ストーンズ

ライブバンドとしてのローリング・ストーンズの黄金期がいつかという議論には事実上結論が出ていると言って良いだろう。もちろん好みの違いはあれど、ある程度彼らのライブ作品を聴き込んだファンであれば、結局のところ1973年のヨーロッパツアーがその頂点であるという見解に落ち着く。そしてこの絶頂期のライブ・パフォーマンスを捉えたものが「Brussels Affair」だ。

なお、ここで紹介したいのは2010年にオフィシャルでリリースされた「The Brussels Affair 73'」や「Goats Head Soup Delux Edition」のおまけについているトラックではなく、長らくブートレッグとして親しまれてきた「Brussels Affair」であり、近年では「European Tour 1973」などのタイトルで度々再発されている音源だ。いずれもベルギーはブリュッセルでのライブを中心としているが、オフィシャルは2ndショウ、ブートレッグ版は1stショウという違いがある。どちらも素晴らしい演奏だが、より凄まじいのは1stショウをレコーディングしたブートレッグ版であり、本記事ではこちらをご紹介したい。Youtubeなどで公開されることもあるが、オフィシャルに入手できないものであることはご容赦いただきたい。

このライブの特徴は全曲を覆うその異様な緊張感だ。1曲目の「Brown Sugar」のイントロから、いや、それが始まる直前のキース・リチャーズの「ジャッ」という一音から近寄りがたい気迫がみなぎっており、それがエンディングまで緩むことなく続くのだ。キースとビルとチャーリーが三位一体となって作り出す音の壁はかつてないほど高密度で大きくうねるようにドライブし、オープニングからすでにクライマックスのような盛り上がりを見せる。

「Gimme Shelter」はその危うい空気が端々に感じられ、「Tumbling Dice」はむせるように濃密ながらも清涼感に溢れている。「Doo Doo Doo Doo Doo (Heartbreaker)」は彼らとしては珍しいマイナー調であり、少しエリック・クラプトンの「Layla」にも似ている。なぜこのような曲が作られたのか謎だったのだが、ここでの演奏を聴けばその理由がわかる。まさにこれは、ミック・テイラーが弾きまくるための曲だったのだ。

ミック・テイラーは1969年にブライアン・ジョーンズの後任としてローリング・ストーンズに加入した。その圧倒的な演奏力は、素人集団だったローリング・ストーンズのメンバーとしては規格外ですらあった。

この「Brussels Affiars」では、まさにそのミック・テイラーの鮮烈なギタープレイが全編にわたって響き渡っている。中でもこの「Doo Doo Doo Doo Doo (Heartbreaker)」は彼のプレイスタイルに相性が良かったのだろう、強烈なリズム・セクションをバックに、彼にとって生涯最高と言えるようなスリリングな演奏を聴かせてくれる。そのギタープレイはごく普通の青年の心に宿る底しれぬ狂気がほと走るようである。

しかし、この「Brussels Affair」のハイライトは「Midnight Rambler」の13分にもおよぶ熱演だろう。キース・リチャーズがブルース・オペラと言うこの曲は、さまざまなブルースの古典的フォームからなる組曲だ。しかし、ここで表現されているのはブルースの歴史絵巻ではなく、理性と欲望の間で激しく揺れ動く"犯罪者の心情"なのだ。
この「Midnight Rambler」は、おそらく実在の事件をモチーフとしたであろう、連続殺人犯の視点で描かれている。序盤は興奮を抑えながら、浮き足だった異常者の姿がはつらつと表現される。だが一転して中盤では、重い静寂が漂い、"彼"の息遣いが聞こえるようだ。そして波打つ鼓動が裂けんばかりとなったとき、ついに混乱と快楽の濁流へとなだれ込んでゆく。その恍惚感はまるでアルベール・カミュの「異邦人」やドストエフスキーの「罪と罰」のようですらある。
幸いにもこの「Midnight Rambler」だけはオフィシャル版の「The Brussels Affair 73'」でも聴くことができる。

あまりにも見事な「Midnight Rambler」はメンバー自身にも火をつけてしまったようだ。ここからはさらにギアが一段上がってゆく。「All Down the Line」ではキースが興奮のあまり終盤で数小節飛ばしてしまうのだが、他のメンバーはすぐさまそれに合わせて補正するという一糸乱れぬチームワークを発揮する。
そして最後の3曲は、メドレーのように連続して演奏される怒涛のクライマックスだ。「Rip This Joint」はソリッドで痛快なロックンロールだ。しかし、この幸福感は次の「Jumpin' Jack Flash」で不安に満ちた暴風雨に一変する。そしてこの風雨が終わる頃、「Street Fighting Man」の足音が聞こえてくるのだ。抗議はやがて暴動となり暴力となり、気づけば正気を失った暴徒たちに囲まれていることに戦慄する。そして理想も思想も瞬く間に崩壊し、この奇跡のライブは終焉を迎えるのだ。

前述の通り、この作品はベルギーのブリュッセルでのライブを中心に構成されているのだが、ロンドンでの演奏も組み合わせてひとつのコンサートのように編集されている。その編集技術は素人のものとは思われないほど完璧なものだ。つまり、本来この「Brussels Affair」は公式なライブ・アルバムとしてリリースされることを前提に録音・編集されていたのだ。だが、この時期のローリング・ストーンズは過去の作品の権利を、当時所属していたレコード会社に抑えられており、自由にリリースすることができなかった。かといって、お蔵入りにするにはあまりにも惜しい内容であるため"何者か"がラジオ局に持ち込み、オン・エアされたものが録音され、ブートレッグとして流通したものがこの「Brussels Affair」だと言われている。その音質・演奏ともにオフィシャルを凌ぐ圧倒的なクオリティは、今日まで続くブートレッグという市場が大きく拡大するきっかけともなった。

もし仮にこの作品が正式なライブ・アルバムとしてリリースされていたらどうなっていただろう。ライブ・バンドとしてのローリング・ストーンズとしての評価が高まったであろうことは想像に難くないが、特にミック・テイラーは大きな名声を勝ち得たと思われる。彼は前述の通りスーパーギターリストとして認識されていたものの、その技量はスタジオ・アルバムでは存分に発揮されていたとは言い難い。そもそも、リアリティを追求するローリング・ストーンズにとって、スーパーギターリストという浮世離れした存在は相容れるものではなかった。不満を募らせたミック・テイラーはその後脱退してしまうのだが、「Brussels Affair」がオフィシャルにリリースされていれば、彼はストーンズの中で自らの才能を示す場所を見出し、その後もメンバーとして存続していたかもしれない。だがそれは今よりも良いことだったのだろうか?

確かにこの「Brussels Affair」の演奏は素晴らしい。しかし、それは器楽的な側面から見た場合の評価だ。本作におけるミック・ジャガーのヴォーカルは叩きつけるようなものであり、表情に乏しく一本調子だ。あまりにも分厚いバンド・サウンドに対抗するにはそれしかなかったのだろう。そしてこの演奏は明らかに当時隆盛を極めたハード・ロックの影響を受けている。しかし周知の通りハード・ロックはその後一般的な支持を失い、一部のマニアにのみ好まれるアンダーグラウンドな音楽になっていった。ローリング・ストーンズがこの「Brussels Affair」によって熱狂的な支持を得た世界では、彼らもまたそうしたハード・ロックバンドのひとつになって経済的に困窮し、やがては瓦解していた可能性もあるのだ。思うにこの「Brussels Affair」が究極である、というファンの多くはバンド経験者であり、楽器演奏の卓越さに陶酔しているのではないだろうか。

とはいえこの「Brussels Affair」は紛れもなく名演であり、彼らのキャリアの頂点のひとつとして記憶されるべきものだ。しかしなぜ、この1973年のヨーロッパツアーだけがこれほど突出してハイ・クオリティなのだろうか。
1969年からローリング・ストーンズはほぼ休みなくライブとレコーディングを繰り返してきた。当然のことながらバンドとしての習熟度は高まり、同時代にこれほどの演奏力を持ったバンドは数えるほどしかいなかったのは事実だ。しかし、1972年のアメリカ・ツアーや直前の1973年のオーストラリア・ツアーの演奏はやはり素晴らしいものの、ここまでの魔性を帯びたものではなかった。しかも、ブリュッセルの演奏だけがたまたま良かったのではなく、さまざまなブートレッグからロンドンやミュンヘンなどこの1973年ヨーロッパツアー全体を通じて同様にハイレベルな演奏を繰り広げていたことがわかる。
実はこれはある人物による影響が大きかったと推測されるのだが、それはまた別の記事で語りたい。

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