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「Led Zeppelin Ⅳ」 レッド・ツェッペリン

初めてこのアルバムを聴いたとき、かつてないほどの衝撃を受けたことを覚えている。その美と暴力を合わせ持った超自然的なサウンドは、我々が生きる日常をどこまで繰り返しても決して辿り着くことのない、まさに異世界の音楽だった。

レッド・ツェッペリンは1968年にジミー・ペイジ、ロバート・プラント、ジョン・ボーナム、ジョン・ポール・ジョーンズによって結成された4人組のバンドだ。しかし、後にハードロックと呼ばれるそのフォーマットは、ジェフ・ベックやキース・ムーンなど当時の様々な才能が集うコミュニティの中で次第に形成されていったもののようだ。つまり当時の多くのミュージシャンが、"ブルースをすごいパワーでやる"、というアイデアを持ってはいたが、それをビジネスとして運用する力量を持っていたのが彼らだったということなのだろう。

だが、そのアイデアは初期の2枚のアルバムで早くもネタ切れになったようだ。もっと擦ることもできたかもしれないが、彼らはあえてそうはせず、3枚目のアルバムではアコースティックを前面に打ち出したサウンドに挑戦した。当時は多くのバンドがアコースティックをどうやって自身の音楽に取り入れるかを模索しており、同じベクトルの試みではあったのだが、これは彼らが単なるハードロック・バンドに止まらない独特の世界観を獲得するきっかけになった。そして、それはこの傑作「Ⅳ」への伏線でもあったのだ。レッド・ツェッペリンは多くの傑作アルバムをリリースしているのだが、結局のところ彼らを至高のロック・バンドとして決定づけたはのはこの「Led Zeppelin Ⅳ」だったと言って差し支えないだろう。

まず冒頭にロバート・プラントが全力で卑猥に叫ぶ「Black Dog」から度肝を抜かれる。床を踏み抜かんばかりのパワーで乱れ打つジョン・ボーナムのドラムと自在に変化するジミー・ペイジのギターが複雑怪奇なこの曲に野生の躍動感を与えている。
ロバートのパワフルなハイ・トーン・ヴォーカルは当時としては衝撃的だったに違いない。ボーナムやペイジが作り出す重機のような演奏に生身で対抗して、まったく力負けしないほどの凄まじいパワーだ。後のハードロック・バンドのほとんどがこのスタイルを踏襲せざるを得ないほどのインパクトだった。

そして「Rock and Roll」は短いながらもこのバンドの魅力が凝縮されている名演だ。ベースとドラムは重く速くスイングし、ヴォーカルとギターが火花を散らす。複雑で壮大な構成の曲が多い彼らのレパートリーとしては異色なほどにシンプルな曲ではあるが、古典的な"ロックン・ロール"をただなぞっているだけではない。地滑りのようなギターリフによって、独特のドライブ感を生み出している。
ジミー・ペイジはロック音楽におけるギターの可能性を追求し続けた天才だった。後の世のギターリストが何をやっても、結局は過去にペイジがやったことの劣化コピーにしかならないという有様だ。この世に神がいると信じるのは難しいが、どこまで行ってもペイジの手のひらを超えることができないという事実は全てのギタリストが痛感していることだろう。

そしてロック史上最高の名曲は何かと聞かれたとき、かなり高い確率で選ばれるのが4曲目の「Stairway to Heaven」だ。Youtubeの公式チャンネルで、この曲は1億2千回以上再生されている。
まるで童謡のように素朴なギターの響きに導かれて、つぶやくように歌い出されるこの曲は、おとぎ話のようなストーリーから始まる。だがこの平和な世界はいくつかのアコースティック・パートを経てゆっくりと不安にざわめきだってゆく。そして幽玄とした空気を漂わせながらも、ドラムが聞こえる頃にはその語り口は力強く、確信に満ちたものになり、クライマックスでは躍動する生命のほとばしりがそのまま旋律となって鳴り響く。"天国への階段"というタイトルでありながらも、精霊が血肉を得て、ついに大地を揺さぶるような顛末はむしろ"天国からの階段"という印象すらある。所詮虚構の世界に我々の生きる場所はなく、結局は現実に向き合わなければならないことを教えているかのようだ。約8分にもおよぶ長大な組曲だが、緻密に計算された構成と全力を尽くした演奏は、これ以上のものが思い浮かばないほど完璧であり、我々が生きているうちにこれを超える曲に出会うことはないだろう。

この3曲のインパクトがあまりにも強いが、その他にもこのアルバムには魅力的な曲が詰まっている。いずれも「Ⅲ」のコンセプトを洗練させたような佳作だが、私のお気に入りは「Four Sticks」だ。土着的なリズムはその複雑さを感じさせないほど野生的だ。途中の異次元的な展開はやや間延びした感もあるが、それがむしろメインパートの魅力を際立たせている。ジョン・ボーナムの獰猛さとジミー・ペイジの魔術師ぶりがストレートに楽しめる曲だ。

このアルバムが作成された1960年代末期から1970年代前半にかけてのロック・シーンはまさに黄金期だった。毎週のように歴史的名盤がリリースされ、常にどこかで奇跡のライブが行われていた。それは1980年代の少年ジャンプさながらの激闘に次ぐ激闘の日々だったのだろう。ロック/ポップスにおけるほとんどのパターンはこの時期に出尽くしたと言って良い。私がこのアルバムに出会ったとき、すでにレッド・ツェッペリンは解散して久しく、彼らの残した偉業が手を替え品を替えながらあらゆるジャンルのミュージシャンたちに使いまわされていた。だがひとたび「Ⅳ」を聴けば、そんなガラクタに費やした金も時間もいかに無駄だったかを知るのだ。

一方で、彼らの音楽はあまりの独創性と芸術性の高さゆえ、そうそう気軽に聴けるものではなかった。つまみ食い的に聴くことははばかられるし、カフェでBGMとして流れることもほとんどない。つまり"重い"のだ。これは彼らの音楽の魅力ではあるが、市場競争力としては弱いところでもあった。そして1970年代後半を過ぎるころには、彼らのスタイルを踏襲しつつも、よりエンターテイメント性を重視したバンドに市場は席巻されてゆくことになる。この頃にはレッド・ツェッペリンの活動は目に見えて鈍化し、1980年のジョン・ボーナムの突然の死をきっかけに惜しまれながらも解散することになる。
もちろん代わりのドラマーを入れて活動を続けることはできただろう。しかし、明らかに複雑化してゆくマーケットにおいて、盟友を失った喪失感を背負って、彼らのクローンたちと闘うモチベーションはなかったに違いない。

時代は下って、2012年にレッド・ツェッペリンはケネディ・センター名誉賞を受賞している。その授賞式では、列席した3人のメンバーを前に、レニー・クラヴィッツやフー・ファイターズらがツェッペリン・ナンバーを演奏した。その中でも圧巻だったのがハートによる「Stairway to Heaven」だ。その壮麗なアレンジとアン・ウィルソンの熱唱は、あらためてこの曲の素晴らしさ、そしてレッド・ツェッペリンがいかに多くの人生に影響を与えてきたかを教えてくれるものだった。そして、ツェッペリンのメンバー自身もこのときあらためてそれを実感したのだろう。彼らの感極まった表情が胸を打つ。ぜひYoutubeで見てみてほしい。

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