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「Primitive Cool」 ミック・ジャガー

1987年にリリースされたミック・ジャガーのソロ2作目である。ローリング・ストーンズ内の対立が激しくなる中リリースされたこともあり、この作品に良い印象を持っている人は少ない。私自身ミック・ジャガーのソロの最高傑作は次作の「Wandering Spirit」だと思っている。しかし、本作とこの前作の「She's The Boss」には、莫大な金を垂れ流しながら、不安定な環境の中で不確かな未来を掴み取ろうとする危うさと未完成さに溢れており、それが魅力なのだ。

1曲目の「Throwaway」はいきなりキレキレだ。サイモン・フィリップスやジェフ・ベックなど一流プレイヤーたちのシャープでありながらも、本家のストーンズに匹敵するバネの効いた演奏をバックに気持ちよく歌い上げている。ジェフ・ベックは前作の「She's The Boss」に続いて本作にも全面的に参加しているのだが、「ミックと一緒に新しいストーンズを作りたかった」という彼の想いはわずかながらもこの曲で成就したに違いない。

続く「Let's Work」はデジタル・サウンドのまがましさをうまく使って当時のオフィスの閉塞感と野蛮さを見事に表現している。そして人類共通の課題に対して明確なソリューションを提示している。"働こうぜ、誇りを持って、楽しもうぜ、貧困なんてぶっ飛ばせ!"。止まらない物価高と上がらない給料を嘆き、被害者のように涙ながらに苦境を訴えたところで何も解決しない。働けよ。ジャガーはシンプルにそう言っている。

「Shoot Off Your Mouth」は小気味の良いストレートなロックン・ロールだ。速いテンポの中にも、この時期のローリング・ストーンズには失われていたしなやかさとスウィング感がこの曲の中では見事に復活している。スタジオでストーンズのメンバーと永遠に揉め続けるより、目にみえる形で"こうやろうぜ"と示したかったのかもしれない。

「Party Doll」は彼のソロ作品の中でもひときわ心しみる名曲だ。"パーティーは終わった、若かりし日は終わった、あの踊り狂った日々に乾杯"、と言う強く優しい語り口は彼が一連のソロ活動を通じて、確実にスキルアップしたことを実感させる。ところで、この曲の歌詞にでてくる"Party Doll"や"Sweet Bird of Youth"とは何を意味しているのだろう。

"乾いた太陽"という1962年に公開されたアメリカ映画がある。主演のポール・ニューマンにとっても代表作と言えるような作品ではないのだが、この映画の原題が「Sweet Bird of Youth」なのだ。この映画の終盤に若く野心的な男優が、老いた落ち目の女優に問う場面がある。「鏡を見てみろ、何が見える?」すると彼女はこう答える「自信と才能に溢れた自分が見えるわ。あなたには何が見えるのか? 若くて見た目が良いだけの男は何千といた。もう名前も思い出せない。」
ミック・ジャガーがこの映画に触発されて「Party Doll」を作ったのかは不明だが、彼はこの曲を通じて若者の愚かさや年寄りの醜さを否定しているわけではない。彼は真実に向き合い、なすべき事に取り組めば、やがて名もなき若者が鏡の中に自信に溢れた自分を見出すことを知っているのだ。
その昔ミック・ジャガーがインタビューで「若い人を集めて昔話をするつもりはないよ」と言っていた。実際、彼は他のメンバーのように分厚い自伝書を出版することはなかったし、昔の武勇伝を長々と話すこともなかった。「Party Doll」はそんな彼が、今日まで続く彼の成功哲学をわずかながらに語ったものなのかもしれない。

思えば、この時期のローリング・ストーンズとしての活動の停滞は、流行を追いかけるミックと伝統を重んじるキースの対立が原因と言われていた。もちろんそんな単純な話ではなく、産業としてのポップ・ミュージックが巨大化し新たな才能が次々に流入する中で、60年代にデビューしたバンドがその優位性を維持できなくなってきたという根本的な問題があったのだ。
果たして、時代が大きく変わるときに新しい技術や方法論を若い人たちから学ぶことは悪なのだろうか。古き良き時代の思い出をいつまでも愛でることが善なのだろうか。有力者が新しいアイデアを排除し既得権益に固執すれば、どんな世の中になるのかを私たちはよく知っている。若鳥たちは職を失い、自国通貨は価値を失い、年金や生活保護を切り崩しながら、外国で作られた製品や食料で生活するしかないのだ。

本作では健気にもスーパー・ギタリストとしての自我を封印し、バンドの一員として献身的なプレイに徹するジェフ・ベックの姿が印象的だ。彼もまた過去の栄光に陶酔することを拒み、迷走しながらも前に進み続けた偉人だ。ミックとの仕事で刺激を受けたのだろう、彼はこの後「ギター・ショップ」という新境地を切り開いている。
一方のミック・ジャガーはこの後、バーナード・ファウラーやリサ・フィッシャーを含むバンドでオーストラリアと日本でソロ・ツアーを敢行している。このライブは腕利きミュージシャンによるサポートと豪奢な演出が大胆に取り入れられ、まさにこの後のローリング・ストーンズのライブの基礎ととなるものだった。

どのような組織にもダメ出ししかできない人はベテラン・若手に関わらずたくさんいる。自分はこう思う、これをやるべきなのだと主張し、行動で示せる人は少ない。あなたはどちらだろう。世の中は少しずつだが、新しい技術や価値観が現れては我々の生活を豊かにしている。これは偶然なのだろうか。自然の恵みなのだろうか。それとも誰かの情熱なのだろうか。この「Primitive Cool」を聴けばその答えが見えてくるかもしれない。

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