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「Four & More」 マイルス・デイビス

土砂降りのように降り注ぐシンバル、ブンブンと唸るベース、天翔るホーンと深く響くピアノ、それが多くの人が思い描くジャズというものだろう。1966年にリリースされたマイルス・デイビスの「Four & More」はまさにそんなジャズの魅力が詰まったライブ・アルバムだ。

このアルバムは1964年2月にニューヨークのフィルハーモニック・ホールで行われたコンサートを収録している。公式サイトによると、これはアメリカ公民権運動の高まりを受けて3つの運動支持団体の後援によって行われたチャリティ・コンサートだったようだ。その熱い演奏からは、会場の熱気が伝わってくる。
まさしく聴く興奮剤と言っても過言ではないほど熱いブツだが、今のところ合法に楽しむことができるものなので安心してほしい。
1曲目の「So What」は1958年にリリースされたマイルス・デイビスの代表作「Kind Of Blue」に収録された幽玄なムードが印象的な傑作だが、このライブ・バージョンでは疾走感にあふれたスリリングな演奏が聴ける。
マイルス・デイビスのトランペットは端正な表情を残しつつも鬼神のようなスピードですべてを置き去りにして駆け抜ける。理論派でありながらも暴力的なほどパワーを炸裂させるマイルスのソロは破滅の美しさに溢れている。少しくすんだそのトーンは霧の中から響く孤独と渇望の声だ。人生のあらゆる曲がり角に広がる空虚感を埋め尽くし、我々を正気に戻してくれるだろう。
深く美しいハービー・ハンコックのピアノはこの熱いバンド演奏の中で一服の清涼感をもたらしてくれる。鍵盤から放たれるその凜とした詩的な美しさは、強烈なビートの中で儚くも散ってゆき、そのかけらも掴むことができない。
無情にもバンドの勢いは2曲目の「Walkin'」でさらに加速する。マイルスのトランペットはクールと言われるが、ここではホットそのものだ。そしてここまで聴けばこのライブ・アルバムのもう一人の主役がドラムのトニー・ウィリアムスであることに気づくだろう。凄まじいスピードでありながらも小気味よくスウィングし、歌心さえ感じられるそのドラミングは、ドラムにあまり詳しくない人でも耳を奪われてしまうだろう。この時代には神がかったジャズ・ドラマーが多数いたのだが、その中でもトニー・ウィリアムスは別次元の存在だ。ソリストたちの長いアドリブが始終ダレることなく緊張感を保てるのは、そのバックでトニーが燃料を投下し続けるからだ。
「Joshua」はえぐるようにループするベースラインをバックにピアノとホーンの掛け合いから始まる。これまでの勢いはそのままに切れ味のあるスタイリッシュな曲調だ。シャープなマイルスの演奏がこの曲にハマっているのは当然だが、意外にも難解で熱いフレーズで空間を埋め尽くすジョージ・コールマンも素晴らしい。テナー・サックス独特の温かみのあるサウンドと時折見せるブルース・フィーリングはむしろロック系のリスナーの耳には馴染みやすいかもしれない。
ロン・カーターのベースはまさにダンディズムそのものだろう。天才プレイヤーたちがどれだけアヴァンギャルドな演奏を繰り広げても、どっしりと受け止め、時にはそれらに合わせてスウィングしてみせる。決してソロなどは取らず、他のメンバーを陰ながら支える仕事に徹するその姿は、1960年代モダン・ジャズの横顔を垣間見る思いがする。彼のベースを聴きながらだと何を飲んでもウイスキーの香りがするのが不思議だ。
続く「Go-Go」は古き良きショウ・ビジネスへのパロディなのだろうが、今の我々の耳にはこうした演奏も新鮮だ。さらりとこんな演奏ができてしまうところにも、当時のマイルス・デイビス・バンドの奥深さを感じられる。
「Four」ではややリラックスした感のある演奏が聴ける。だがこういう曲だからこそ、ハービー・ロン・トニーのリズム隊の存在感が印象に残る。時にぶつかり合い時に肩を寄せ合い、友情ではないかもしれないがジャズという言葉を通じて同じ時代と空間を生きる喜びを分かち合っている姿が見える。こんな仲間が欲しかった、我々が彼らの演奏に憧れるのはそんな想いが心のどこかにあるからかも知れない。

本アルバムは冒頭で述べたように、1964年のチャリティ・コンサートを録音したものだが、実際に演奏されたものの中でバラード曲を中心とした「My Funny Valentine」、アップテンポ曲を中心とした本作に分けて1966年にリリースされた。また、1964年にリリースされた「Miles Davis in Europe」は同一メンバーで行われたフランスでのライブを収めたものだ。いずれも同様に素晴らしく、マイルスが"普通"のジャズをやっていた最後の記録と言えるだろう。
この後マイルス・デイビス自身はエレキ楽器を取り入れ、1980年代に至るまで恐竜的な進化を遂げるのだが、それはもはやジャズと言える音楽ではなかった。

ジャズの魅力とはアドリブの魅力であり、アドリブの魅力とは、音楽が生まれる瞬間に立ち会えるというスリルと、そのすべてが一瞬で消費されてゆくという背徳感だ。あまりにも多くの天才たちがその才能を酒や麻薬やジャズに費やしてきた。今日我々が聞いているのはたまたま録音されたその一握りなのだろう。「Four & More」はそんなありし日のジャズをまるでリアルタイムのように体験できる貴重な記録であり、ある種のVRと言えるコンテンツなのだ。


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