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「Hackney Diamonds」 ローリング・ストーンズ

2023年9月突如リリースされた「Hackney Diamonds」はローリング・ストーンズの18年ぶりの新作アルバムだった。サブスクが主流となり、アルバムが儲からない商売となって久しいが、果たしてロック・バンドの新作アルバムを発売当時に入手したことなど一体いつ以来だろうか。少なくとも私にとっては18年ぶりの体験だった。
ジミー・ファロンの司会による大々的なリリース発表はYoutubeで生配信され、発売直後のミニ・ライブにはレディ・ガガも参加するなど、本作は予想以上の盛り上がりだった。この当時は熱狂のあまり冷静さを欠いた評価が多かったが、リリースから1年が経過し、北米ツアーも完了したこの時節であれば、多少は客観的にこのアルバムの魅力を語れるようになったと思いたい。

冒頭を飾る「Angry」はアルバムに先立ち、かなり早い時期からさまざまなメディアで露出された。鋼のようなキース・リチャーズのギターに野生的なミック・ジャガーのヴォーカルが絡む、いかにもな純正ストーンズ・サウンドだ。しかし、ある意味新鮮さに欠け、18年待って聴きたかったのはこれではない、というのが当時の感想だった。だが今あらためて聴くと、そのクリアでシャープな音像には新時代の変化が見られる。これはテクノロジーの進化に加え、ドラムがチャーリー・ワッツからスティーブ・ジョーダンに変わったことによる効果なのだろう。今ひとつ深みとしなやかさに欠けるようでもあるが、ストーンズ・サウンドを違和感なく現代化できているように感じるのだ。

つづく「Get Close」や「Dpending on You」は、ヴォーカルやギターが味わい深く響く「Some Girls」風のナンバーだ。ここでも他のメンバーが表現できる空間を大事にするジョーダンの哲学が光っている。こんなアンサンブルを聴くと、70年代のようにギター中心のストーンズ・サウンドが戻ってきたと期待してしまう。

だが、このアルバムが俄然おもしろくなってくるのは、「Bite My Head Off」からだろう。グルーヴもクソもなくバカ丸出しで押しまくるこの曲では、彼らの古い友人であるポールなんとかという男がベースを弾いている。彼はその昔、有名なバンドで葬式のようなバラードばかり歌っていたのだが、ここでは目が覚めるようなパワープレイを聴かせてくれる。"歴史的な共演"であるはずなのだが、お互い素顔でハメを外す姿にむしろ、彼らのリアルな友情を垣間見ることができ、痛快なほどだ。

そして5曲目の「Whole Wide World」を聴くと、あらためてこのアルバムのハイライトがこの曲であることを確信する。これまでのストーンズからは考えられないような高揚感は技巧的なジョーダンのドラムがあってこそできた曲ではないだろうか。まさに新メンバーによる化学反応がもたらした新境地だ。アニソンのようなキャッチーなメロディに、皮肉屋のチャーリー・ワッツがいた時には恥ずかしくて歌えなかったであろう"世界中を敵にまわしてもやり続けろ"、というあざとくも胸熱なメッセージは、またしても多くの人の脳を焼き尽くすだろう。

一方で、生前のチャーリーの演奏である「Mess It Up」や「Live By The Sword」は先入観かもしれないが、すでに過去のものとなったストーンズ・サウンドの最後の輝きを感じる。重くてゴツいドラムを聴くと、これはこれでどうしようもなく惹かれてしまうのだが、残念ながら永遠にここにとどまることはできないのだ。

「Sweet Sounds of Heaven」は現代的なアレンジだがストレートなスピチュアル・ソングだ。これまでも宗教的な曲はあったが、ほとんどはその価値観を皮肉やパロディとして扱っていた。しかしこの曲はローリング・ストーンズの曲としては不安になるほど素直な賛美と感謝に溢れている。それを異教徒の化身のようなレディ・ガガが、恍惚に震えながら絶叫する姿はあまりにも鮮烈だ。

そして終曲はミックとキースだけで演奏されるチグハグな「Rollin' Stone Blues」だ。地獄の底から湧き上がるようなこの曲は、果たして今の若い人たちにどのように響いたのだろう。
この「Rollin' Stone Blues」は一応マディ・ウォーターズの曲ということになっているが、実際は多くの人々によって歌い継がれた伝承歌だった。その手垢にまみれた欲望は、社会の変化とともに無秩序なほどに膨れ上がり、美しもグロテスクな産業へと成長した。その濁流はより醜さを増して今日の我々に続いている。

前作から本作までの18年の間にワールドカップは4回開催され、マイケルもプリンスも死んだ。毎年のように新作アルバムが出ると言われては、ベスト盤やライブ盤ではぐらかされてきた。それが意を決して新作に取り組んだのはやはり2021年にチャーリー・ワッツが亡くなったことが影響しているのだろう。それはパンデミックによって彼らが活動を停止せざるを得ない中でのことだった。もはや転がる石たちは、転がらなければ死んでしまうのだ。儲かっても儲からなくても、友達が死んでも、彼らの旅は終わらない。
この「Hackney Diamonds」が歴史に残る名作でないのは明らかだが、2023年を生きる人々に、リアルタイムのローリング・ストーンズを体験させてくれたのも事実だ。それは60年代のそれとは違うのだろうが、同じように、あるいはそれ以上に価値のある体験だったと確信している。

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