#4 聖なる鹿殺し
2023.8.18
昨日映画を見過ぎで情報量で頭が疲れてる気がするので、とりあえず1本。
昨日見た分の残りは後々書こうかなと。
『聖なる鹿殺し The KILLING of a sacred Deer』(2018)
心臓外科医として働き、美しい妻と愛する娘、息子に囲まれて幸せに生活する主人公スティーブン。家族には隠して、マーティンという少年と親しくしていたが、彼を家に招いたのをきっかけに彼の家族の周りで様々な奇妙な出来事が起き始める。
ヨルゴス・ランティモス監督のスリラー作品。彼の他の作品は見たことがなかったけれど、気になったので観賞。
作品を通した全体的な気持ち悪さの演出が『MIDSUMMER』とかに似てるなと思ったら案の定配給会社が同じA24でした。やっぱこの会社の作品は気味の悪さの醸し出し方が抜群だなぁと感じました。
効果音の使い方とカメラワークが本当に上手いなと思う。不穏な出来事が起きるシーンでは、なんの音か分からないが人の不安感を煽るSEが差し込まれ、引きすぎとも思える視点からの映像が使われている。これに関しては印象的なシーンとしてあとで挙げたいと思う。
家族が巻き込まれる不気味な出来事を引き起こしているとされるマーティンを演じるのはバリー・コーガン。監督同様にこの俳優はあまり注目していなかったが、彼の瞳や表情の無機質さは今作の不気味さを表現するのにいい味を効かせていたと感じる。まさに怪演。
『聖なる鹿殺し』という題名を見ただけでは意味不明だけれど、そこに関しては作品の終盤でヒントが出されていた。娘のキムが学校のレポートで良い成績をとったというギリシャ神話の『イピゲネイア』である。
トロイ戦争の英雄アガメムノンが狩りをしていた時に女神アルテミスの可愛がっていた鹿を殺してしまった。それに激怒したアルテミスはアガメムノンに娘の首を差し出すように要求して…みたいな話。
これが分かるとこの作品の物語としての構造はほとんどこれに近いものだと理解できた。一家を苦しめていく呪いとも思えるような力を持つマーティンはまさしく神に近い存在と呼べるのではないだろうか。
ここからは印象的だったシーンを幾つか。
『エスカレーターのシーン』
作中でも一番印象に残った気持ち悪いシーン。スティーブンの妻アナと息子のボブがエスカレーターに乗っているのをかなり引いた視点から見ているような映し方をしているんですけど、そこに例の不安を煽るSEが乗せられてきます。
まるで上の階から2人を見ている人がいるかのような演出になっているので、どこに行ってもマーティンに見られていて逃れられないような気持ちになります。
『地下での問答』
物語の後半で家族に怪現象を引き起こしているであろうマーティンを捕まえ、地下に幽閉するスティーブン。スティーブンは暴力を振るい、家族に危害を加えるのをやめさせるように脅します。そこでの問答のシーン。
マーティンは隙を見てスティーブンの腕に噛みついた後に自分の腕を噛み切ります。そして「謝ればいいのか?」「傷をなでればいいのか?」「触ると余計痛む」「気がすむにはこれしかない」と言った言葉を投げかける。
これはもうハンムラビ法典の「目には目を、歯には歯を」ってところの意味なんだろうなと。やられたらやりかえす。同じやり方で。
『アナの立ち振る舞い』
妻のアナがあまりにもあっさりとしすぎてるんですね。
アナはマーティンからの被害はスティーブンに原因があると知ってからはマーティンに取り入ろうとしたり、自分は関係がないと言った発言を繰り返したりします。そして決定的なのは自分は子供を産むことができるのだから犠牲にするべきなのは子どもたちのどちらかだとスティーブンに迫るシーン。
あまりにドライすぎるというか貪欲というか。それで助かっても、もう今までのような家庭は築き直せないだろと思ったんですけど、すでにアナはスティーブンに見切りをつけていたんでしょうね。マーティンの登場はその要因の一つになったにすぎず、それまで幸せに見えた家庭も他のちょっとした要因で崩壊していたのかもしれないですね。
以上、印象的なシーンでした。
冒頭からいきなりグロいシーンなのでグロいのが苦手な方は頭は飛ばしちゃったほうがいいかもですね。数分で特別ストーリーに影響はないので。
今作で怪演を見せてくれたバリー・コーガンの他の作品もチェックしてみようかなと思います。