飲み場で聞いた怖い話「不気味な顔の人々」
私、河村は趣味を聞かれると必ず怪談ですと答えるほどの怪談マニアだ。
そのことを知ってる知人たちはよく仕入れてきた話を聞かせてくれるのだが、素面の時に語る怪談は何番煎じだ?というほどに聞いたことがあるものが多く、正直退屈だ。だが、怖がらせようと目を輝かせながら私に話して聞かせる彼らを無碍に出来ず、熱心に見えるよう相槌を打ち、時には怯えてみせたりして彼らにとって良い聞き手を演じている。
この時の私の演技はアカデミー賞モノだと自負している。
まぁそれはどうでもよいのだが、良い聞き手を演じた後はかなり疲れる。
そんな疲れを癒すために私には良い聞き手を演じた後に行く場所がある。
そこは東北最大の繁華街のはずれにある【飲み場 Narrator】。
ここは華やかさや賑やかさはないが静かにのんびりとお酒を楽しめる場所であり、何より私の愛する怪談を呼び寄せてくれる場所である。
私には一つの持論がある。それは、
『素面の人間が語る怪談よりも、酒で酩酊した人間の語る怪談のほうが満足度が高い』
というものだ。
酩酊状態の人間からは理性が取っ払われ、普段抑えている部分が出てくる。
それは怪談もあるのではないかと…そう思うのだ。
扉を開くとマスターと初老の顔色の悪い男性が会話を楽しんでいた。
「いらっしゃいませ。河村さん。」
マスターは私に気づくとよかったらと言いながらカウンター席を勧めてきた。
マスターは私が無類の怪談マニアだと知っており、お客が怪談話を持ってきていると私を必ずカウンター席に案内してくれる。
つまり、この初老の男性は今まさに怪談話をマスターに披露しようとしていたらしい。今日は怪談の神様が私に微笑んでいるようだ。
私は男性に軽く会釈をし、カウンター席に着いてマスターにブラッディメアリーとナッツを頼んで一息ついていると隣の初老の男性が小声で話しかけてきた。
「こんばんは。常連さんですか?」
「えぇ、ここはのんびりと飲めるので気に入っているんです。」
「私は初めて来たんですが…その…常連さんにお聞きしたいことがあるんですけど…噂ってご存じですか?」
あぁ…となんとなく彼が聞きたいことを私は理解した。
彼はきっとこの店のとある噂をのことを言っているのだろう。
「ここで実話の怪談を話すと霊現象が収まるってやつですよね?」
私がそう言うと彼は大きく頷いてから、
「会社でそんな噂を部下から聞いて藁にも縋る思いで来たんです。
でも…そんな怪しい雰囲気しないもんで…。」
「確かにマスターへ怪談話を聞かせに来るお客さんが居るみたいですよ。大体1回きりでそれ以来見ないから解決した方が噂を流してるのかな~って私は思ってるんですけどね」
私がそういうと彼の顔色が少し良くなってきた。
相当追い詰められてこの店に来たのだろう。
そのあとは少し世間話をしているとマスターが私のブラッディメアリーとナッツを持って戻ってきた。
「お待たせいたしました。ブラッディメアリーとナッツです。」
私も目の前に二つを用意すると隣の初老の男性に向き直り、
「藤波さんもお待たせいたしました。
もしよろしければ常連の河村さんも一緒にお話しをお聞きしてよろしいでしょうか?」
と聞くと、藤波と呼ばれた初老の男性はどうぞどうぞと言ってから話だした。
僕、とある中小企業の営業をしているんです。
今って流行病も最初より収まってきて飲み会や接待などを解禁する会社って多いじゃないですか。
まぁ、うちの会社もご多分に漏れず飲み会や接待を解禁したんですよ。
若手や飲み会がなくなって喜んでた人からはかなりブーイングがでましたけどね。
まぁそうですよね。若手は無理に飲まされたりするアルハラの餌食になるし、飲めない人は中途半端に偉くて金の無い上司や無理やり飲まされた新人の無料のタクシーにされるしでいいことなしですもん。
僕もお酒は大好きなんですけど上司命令で無料タクシーにされるんで仕事先の飲み会は全く飲めないんですけどね。
あの日も飲んで出来上がった上司を自宅に送って行ったんです。
上司を起きていた奥さんに任せて僕は自宅に車を走らせました。
上司の自宅を出て暫く行くと集合墓地の前を通りすぎるんですけど、
そこに変なものが見えたんです。
それは赤いランドセルを背負って黄色い帽子を被った小学生でした。
僕も運転しながら混乱しましたよ。
だって深夜1時過ぎに1人で小学生が出歩いてるなんておかしいじゃないですか?
ブレーキを踏んでもう一度それを見直しましました。
でもやっぱり小学生が歩いてるんです。
僕は保護したほうがいいんじゃないかと思ったんですけど、今のご時世何が起こるかわからないんでとりあえずゆっくり通りすぎることにしたんです。
もし、困っているなら近くの交番へ連れて行こうと思って。
少しづつその小学生に近づいて、横を通りすぎるときに軽くブレーキを踏んでその小学生を見たんです。
でも、そこにいたのは小学生なんかじゃなかったんですよ。
首から下は少し煤けた花柄のワンピースを着て間違いなく小学生の体だったんです。
でも、首から上が違うんですよ。
そこには、体には似つかわしくない、男なのか女なのか見分けられない程恐ろしく歪んだ表情の顔がくっついていたんです。
僕は恐ろしくなってアクセルを踏んでその場を立ち去ろうとしました。
でも、車は全身するどころかエンジンが停止してしまったんです。
僕はまた驚いてエンジンをかけようとスタートボタンを押しました。
でも、かからないんです。
そんなこと今まで起きたことがなかったのに何でこんな時に‼って本当に焦りって何度も何度も神様に祈りながら車のスタートボタンを押し続けました。
そうこうしていると突然外から視線を感じました。
頭の中であの不気味な存在がこちらを凝視するシーンが再生されて発狂するかと思いました。
暫くスタートボタンを押し続けていると急にエンジンかかり、私は心から神に感謝してハンドルを握り、正面に目を移しました。
そこにね、居たんですよ、あの不気味な存在が、しかも一人じゃなくてたくさん。赤ん坊の体をしたもの、若い女の体をしたもの…。
そこで僕の意識は途切れてしまいました。
意識を取り戻したころには辺りはすっかり明るくなり、あの不気味な存在は消え失せていました。
その時は「あぁ、助かったんだな」と安心していたんです。
でもね、終わらなかったんですよ。
その日を境にずーっと私の周辺に居るんですよ。
あの不気味な顔をしたやつらが。
ここ数ヵ月どこにいても何をしていても色々な体をしたあの歪んだ顔がいつも僕を見張っているんです。
そのせいでノイローゼ気味になってしまい、仕事も休職してずっと自宅に引きこもっていたんです。
僕もいつかあの不気味な顔になるんじゃないかと怯えながら。
「すみません、こんな話をしてしまって。
でも、こんな話、休職を知っている知り合いなんかにするとメンタルクリニックへ担ぎ込まれそうで誰にもできなくて…。
って初めてカルーアミルクを飲んだけどこんなに甘いのか…。」
藤波はそう言ってからカルーアミルクを一気に飲み干してから口を開いた。
「そんなことございません。
うちはお酒や会話などお好みで楽しんでいただける場ですから。」
マスターはお代わりのカルーアミルクを差し出しながら微笑む。
「えっ⁉僕注文したかな…?」
「いえ、とても興味深いお話だったので、私の奢りです。」
マスターがそういうと藤波はへへっと笑いながら新しいカルーアミルクを受け取った。
それからしばらく会話を楽しむと藤波は会計をして帰って行った。
噂は本当だった。
正直噂好きな部下のホラ話だと高を括っていたが、話を聞いてもらえるだけでかなり気が楽になった。
なんなら、あの不気味な顔をした子供も女も赤子もどこにもいない。
見えなくなった。
もしかしたらあの店に置いていってしまったのかもしれない。
それは悪いことをした…なんて思わない。
だって僕が故意に置いていったんじゃない、あの不気味な顔たちが勝手にあの店に居座ったんだ。僕のせいじゃない。
あぁ、本当に気分が良い久しぶりにコレクションを愛でよう。
そんなことを考えながら僕は家路を急いだ。
鼻歌交じりに歩いていると公園の前でよろよろと歩く若い女性に目が留まった。
20代くらいだろうか、ずいぶんと酔っているらしくうずくまってしまった。
…そういえば最近狩りをしていない…。
自宅に戻ってコレクションを愛でるのはまぁ、明日でもできる。
なら…今夜はコレクションを増やしてから帰ろうか。
僕は女性に近づくとさも親切な気の弱い男性ですよという雰囲気を醸し出しながら女性に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「…。」
「あの~もしお困りなら…。」
「以前もそう声をかけてきましたよね」
「え?」
「私たちにそう声をかけて酷いこと…しましたよね?」
「何を…!!」
「私たちみんな覚えていますよ?あなたがどんな酷いことをしたのか。」
「失礼な…」
「みんなにきいてみましょうか…ねぇみんな」
気が付くと女性と僕の周りには顔を伏せた人、人、人。
「なんなんだ君たちは‼」
声を荒げると人々は一斉に顔を上げた。
その顔は全員あの不気味な顔だった。
恐怖で声が出せなくなることを僕は身をもって初めて知った。
あの時のあれらもそうだったのかとこの状況下で思い出すとは思わなかった。
人々はじりじりと近づいてくる。
逃げようにも腰が抜けて動けない。
あぁ、囲まれる、近づいてくる。
その中の1人が顔を近づけてきた。
ふっと息を吹きかけてきた。
あ…この香りは知っている…さっきまであの店で嗅いだ香り…いや、もっと前、狩りをした女からした…。
ここで僕の意識は途絶えた。永遠に。
「マスター、藤波さんはもう来ないのかな?」
私は藤波が完全に帰ったのを確認してから口を開いた。
マスターは困ったような表情で頷いた。
この店には1つの噂と常連しかしらない1つのルールがある。
【この店で霊障に悩まされた人間がその体験談を話すと霊障から解放される】という噂。
そして。
【マスターが体験談を話した人間に1杯おごるとその人物は2度と店に現れない。その理由はその人間はいなくなってしまうから】
という常連達しかしらないルール。
普段の私ならそんな噂やルールは冗談だろうと笑い飛ばせるさろう。
だが、私は子の噂とルールが真実であることを知っている。
なぜなら、私もマスターに実話怪談を語り、奢られなかった人間だからだ。
それに加え、今まで10人以上がマスターに実体験の怪談を聞かせ、マスターにこの世で最後の1杯を奢られいなくなったのを見てきた。
「河村さんはカルーアミルクをどれくらいご存じですか?」
突然マスターが口を開いた。
「うーん…若い女の子とかアルコール初心者が飲むイメージしか…あ、あと甘いのは知ってるよ。」
私は酒を飲むのは好きだがアルコールの逸話やうんちくなどには疎い。
「えぇ、甘くて美味しくて若い女性に好まれるお酒です。
でも、アルコール度数がとても高く、飲み過ぎには注意が必要なお酒でもあります。そしてカクテル言葉は【いたずら好き】と言われております。」
「藤波さんはお酒が好きだと言っていたし、甘党だったか。」
「多分、違うと思いますよ。彼はどちらかといえば飲ませる人間だったのでしょう。」
「え?」
私が目を丸くして素っ頓狂な声を出した。
マスター暗く、怒りを感じる表情をしていた。
「藤波さんは若い女性に普通のカルーアミルクよりも度数の高いものを飲ませて乱暴していたんだと思います。」
「マスター何言って…。」
「最初に見えた不気味な顔の小学生はお酒関係なく乱暴したあの男の最初の被害者だったんです。そのほかに見えた若い女性はお酒を使って酷い酩酊状態にして乱暴してきた女性たち。赤ん坊は乱暴した末にデキて、そして無理やり流された赤ん坊。彼にとってこの世で最後の1杯は苦しめたことを永遠に忘れなくなるような1杯を彼女、彼らはご所望だったので彼が罪を犯す際に利用したカルーアミルクをご用意したんです。」
マスターは一息に言い切ると瞬きをした。
「あ、私また出てました?」
すると先ほどの怒りや暗さはなくなりいつものマスターに戻っていた。
私は軽く息を吐くと残りのブラッディメアリーを一気飲みしてから口を開いた。
「えぇ…。マスターまた受信してたみたいで…結構なこと言ってましたよ。」
「申し訳ございません。どうにも今回のお客様の気持ちに寄り添いすぎたようで…。でも話した相手がお客様のなかでも不思議体験が大好物な河村さんでよかった…。」
「…それは褒め言葉ですか?」
「もちろんでございます!」
マスターは俗にいう霊媒体質らしい。
それでチャンネルが合う霊の感情を受信しやすく、強い霊だとそれが口からよく出てしまう【マスター談】らしい。
今回の藤波は実話怪談に出てきた人々に相当恨まれていたのだろう。
そんなことを考えながら私は会計を済ませ、マスターに
「おやすみ。また来るよ。」
と声をかけ、
マスターから
「またのご来店をお待ちしております。」
の声を背後に受けながら店を出た。
その翌日、私は藤波のその後をニュースとネットのローカル掲示板にて知ることになった。
【○○会社勤務男性が△△公園で不審死】
【男性の体には複数の打撲痕があり警察は他殺の線でも調査】
【男性には婦女暴行の疑いがあり警察は被疑者死亡で書類送検】
【あのニュースの被害者知ってる。
昔から女の子に薬入りの酒飲ませて家に持ち帰ってるって噂。】
【うわぁ…いろんなところから恨み買ってそう…】
【まぁ、死んだんだし地獄でお勤めしっかりね~】
私はパソコンを閉じ、目を閉じて一人の男の欲で傷つき、化け物になるしかなかった彼女達、彼らを少しでも救ってくれと信じてもいない神様という存在に祈った。
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久しぶりに小説が書きたくなって殴り書きをしてしまったいました…。
お目汚し失礼しました('ω')ノシ