『靴紐のジレンマ』
20241222
靴を買った。
スニーカー屋さんで買ったそれは、目立ちすぎないカーキ色のいかにも冬の靴といった感じでこの冬はこいつと外に出かけることに決めている。
その靴を買った時、店長らしき人は、「靴は足の横幅やつま先のあまり具合とかで見るべきだから、一概にサイズだけで選ぶのは危険だ」とか「靴紐をしっかりきつく結んで初めて、自分の足に合う靴を選べる」といったようなことを言っていた。
また、その日自分が履いていった靴の中敷きについていた僕の足の跡を見て、「これでもまだ横幅とか結構きついんじゃない?」と靴の診断みたいなこともやってくれた。
店員と話すという行為自体があまり得意ではない自分は、「はい」、「なるほど」とか「そうですよね」と無難な相槌に終始していた。
ただ、その人が丁寧に話してくれたことの内容そのものはきっとその通りで、自分も新しく買ったこの靴は、しっかりときつく靴紐を結んで、自分の足にフィット感をもたらすことを心がけた。
まず家を出る時に玄関に座って両方の靴紐をきつめに結んでから外に出る。サッカー部だったころ、試合前に結んだあのスパイクを思い出すほどのきつさだ。
しばらく歩いていると、右足の靴紐の結びが少し甘いような気がしてもう一度固く結び直す。
それから数歩歩くと、左の靴紐が緩く感じて、左も結び直す。
また数歩歩くと、あきらかに左右で足首のあたりのきつさが違う。
右もきつく結べているが、左の方がよりきつい。
左右のバランスが違うことが気持ち悪くなり、また右を結び直す。
そうすると右がきつくなり、左は少し緩く感じてまた左も結び直す。
いや、家から駅までの道中で何回靴紐を結び直せばいいんだ。
僕の少し後ろを歩いていたおじさんはとっくに先に行ってしまい、もう背中も見えない。このままだと馬跳びの馬を何度も作っているみたいな体勢で駅まで行き着くことになる。
あの店長のおかげで僕は靴紐の負のスパイラルに陥った。
もうだいぶ大人なのに、僕は街中で靴紐を何度も結び直している。
靴紐を結び直す度に思い出す、街中で靴紐を結び直している人を追い越すときの妙な優越感は何なのだろう。
僕は決めた。
もうだれにも優越感を与えないために、靴紐をどちらも同じくらい緩めに結んで履くと。
今度は靴紐がほどけやすくなって、また道の端で靴紐を結び直したりしている。
かじかんだ手でなんとか。