『ハンカチ拾ってあげた』
20241027
親切心から取った自分の行動に対して、他人にその見返りを求めている自分に気付くことがある。
少し前、中央線に乗っていたら、同じ電車に乗っていた女性が駅に降りて数歩歩いたとき、ハンカチを落とした。
自分はまだ降りる駅ではなかったためドア付近の車内から、その落ちたハンカチに気付いた。
その人は落としたこと気付いていなかったため、僕は躊躇したが、その駅に一度降りてハンカチを拾ってその人に、「これ落としましたよ」と言って、ハンカチを差し出した。
すると、その人は少し驚いたように振り返ってから、「あっ」と言って受け取り、静かに改札に向かう階段を下りて行った。
僕は、その背中を見送りながら、乗っていた電車の扉が閉まったことに気付いた。
降りなくていいはずの駅で降りてハンカチを届け、一本電車を遅らせることになった僕は、せめて感謝の言葉くらい言ってくれよと思いながら次の電車を待った。
ハンカチを拾ってあげることで自分の未来に何が起きるか、もちろん劇的な事につながるとは思っていないが、「ありがとうございます」くらいは言ってくれると思っていた。
その人にとってあのハンカチは何の思い入れもない、紛失しても全く問題のないハンカチだったのだろうか、そう思うと自分が過剰に見返りを期待していたような気がして、嫌気がさす。
「あ、これ落としましたよ」
「え、あ、すみません、ありがとうございます」
「いえ」
「え、もしかして降りるはずじゃなかった駅でわざわざ降りてハンカチを拾ってくださったんですか?」
「あ、まあはい、でも全然大丈夫ですよ」
「すみません、ありがとうございます、今度ちゃんとお礼させてほしいので連絡先教えてくれませんか?」
「え、いや大丈夫ですよ、そこまで」
「いや、でもちょうどいいんです」
「ちょうどいい?何がですか?」
「お礼したいのももちろんあるんですけど、友達とか恋人にはちょうど聞けないくらいの疑問が今私の中にあって、それをこれから頑張れば友達にも、頑張れば赤の他人にもなれるくらいの距離感のあなたに聞いてみたいんです」
「はい?」
「すみません、今私急いでいるので、1週間後西口の喫茶店でお待ちしています」
「あ、はい」
「先日はありがとうございました」
「いえ、大丈夫ですけど、僕になら聞けることって何ですか?」
「あの、こんなこと言ったら気持ち悪いと思われると思うんですけど、あの、爪を切るときに1回で手と足、合計20本の指全部いきます?」
「はい?」
「あの、私、昔は、一度に手と足全ての爪を切っていたんですけど、最近なんか爪の成長速度が変わったのか、伸びている爪だけ切ることが多くなってきて」
「はあ・・・」
「どうですか?」
「あ、まあ僕は今でも一度で全部の指の爪いきますね、でも足の爪はそんなに伸びないので、手のほうだけやることもあります」
「そうなんですね、私は中指と薬指の爪だけ切る日もあれば、親指と小指だけ切って、足は親指だけ切るみたいな日もあって、結構ランダムなんですよ」
「へえー」
「すみません、こんな話、あまり身近な人にするとその後の人間関係が難しくなってしまいそうで」
「はあ・・・」
例えばハンカチを拾ったことから始まる物語が爪に関する話だとしても、冷たくされる現実よりは楽しそうで憧れる。
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