推しへの愛ゆえに

私は物心ついた時から、なにかにハマると尋常ではない熱意で夢中になってしまう。
十歳くらいの頃、母の漬けるたくあんが急に好きになり、毎夜、夕食でもりもり食べはじめ、何日目かで丸ごと一本たくあんを食べきってしまった結果、翌日、体調をひどく崩し病院に行く羽目になった。高校時代には、唐突に卵かけご飯に目覚め、毎日朝夕、三ヶ月ほど絶えず卵かけご飯ばかりの生活となり、親をひどく困らせた。就職が決まり、卒業まで暇が出来てしまった一ヶ月では、とあるチョコレートが美味しすぎて、ひたすらおやつにしていたら、せっかく両親が買ってくれたスーツが入らなくなるほど太ったこともある。

食べ物であれば、それでもハマれば、体調や体格にあらわれるので、そろそろやりすぎかもしれない、と気がつくタイミングがある。まあ、だいたい私の場合は、ダメだろうというレベルまで行き着いてから冷静になるのだが。今のところ、食に関してならば、大事に至る前に偏食から抜け出せていると思う。体質的に貧血になりやすいが、それ以外は、少なくとも職場の健康診断で数値が危うかったこともない。

だが、これが趣味になってくると、歯止めの効かなさがひどい。比較対象も自分しか念頭にないので、暴走しているか自覚も危うい。友人らも似たような性格だったため、理性的な判断などあってないようなものだった。むしろ、歓迎されてすらいた。

とある映画を見れば、お小遣いを使い果たして原作を買い、サントラを書い、何度も劇場に足を運んだ。自分なりの考察をノートにメモした。たった数日で。皆から、そのスタートダッシュの速さはなんなんだ、と冗談まじりに笑われた。

推しカプが出来ると、暇さえあれば端末を叩き、あるいは携帯のキーを押して、同じカプが好きな親しい人に、メールで唐突に連載を送り付ける暴挙に走った。よろこんでくれたから良かったものの、だいぶ厄介な行為であることは間違いない。とにかく私は書きたくて、相手はなんでも読みたいと思っていてくれたからこその関係だ。

イベントにも散々いった。時に一般参加者、時にサークル参加者、時に売り子と、形は違えど、活気あるコミケやイベントを堪能するために働いている、くらいな気持ちで、日々を楽しんでいた。

とあるアイドルゲームでは、どうしてもガチャガチャが欲しいと休暇をとってまで回しにいった。目当てが出ると嬉しかったが、そうでなくても一緒に並べられると喜んだ。キーホルダーだったので、そっと鞄にぶら下げて、通勤のお供にした。

痛バッグも作った。祭壇も用意した。同人誌を売った。オフ会はほぼ必ず参加した。ジャンルを渡り歩きながら、私はその時その時、全力だった。惜しみなく時間とお金を使った。充実していた。

しかし、ある時、嫌な出来事を立て続けに耳にした。グッズの盗難。高値の転売。取引アカウントでの詐欺。攻撃的な学級会。揚げ足取りのアンチコメント。
もちろん、善良で純粋なファンがほとんどだ。時に熱狂的に、時に饒舌に、各々の推しを愛でている。素直な気持ちでおすすめしてくる方もいる。私はそんな、自分と似た熱量でコンテンツを愛している方が好きだし、共感もする。

けれど、反面で声が大きく、激しいアンチの存在は、それらをかき消すほど存在が重く、ましてや窃盗等に至っては犯罪だ。また、ここにつけこんで「○○界隈は治安が悪い」と言い出す者すら現れる。はっきりいって、うんざりしてしまう。反論すれば余計に燃えてしまうし、盗みや騙しはアカウントの移動や閉鎖で追えなくなってる場合もある。結局、正しい対応なんてないのでは、と悲しくなってしまう。

一方で、私はどうかとたまに省みる。推しへの愛情が強すぎて、はた迷惑な言動をしてたり、やりすぎてはいないかと振り返れば、もうなにも言えない。勢いのまま、なにかをせずにいられない己の性分は、すこし間違えたら反転してしまうかもしれない、と危惧している。飽きた、とか他に推しができた、ならまだいい。ちょっとしたことで推しだったものが苦手になり、あるいは残念になり、傷心になり、静かに離れた経験もある。

それは紙一重で、とても好きだったから、愛していたから、逆にひどく嫌いになる、そんな心理が働いて、アンチが生まれるのかもしれない。単なる冷やかしでなく、本来は好意的だった方もいたかもしれない。グッズが欲しくて、たくさん飾りたくて、けれど買い漁れないから、人から奪ってでも集めるのかもしれない。自分の考察が、作品が認められないとの憤りから、ネットで鼻息を荒くしてしまうのかもしれないのだ。

卵ご飯やたくあんは、体に限界を教えてくれる。けれどオタクの性分は、境界を超えているのか自分では分からない。ひたむきな愛情が、飛び抜けた憎悪になり、他者をわずらわせたり、害をなさぬよう、自分なりに考えていかなくてはと自問自答する毎日だ。

今、この瞬間ですら、誰かを不快にしている可能性がある。それを指摘してくれる方も、そう多くはない。だから自分で自分を定期的にスキャンするしかない。それが例え、自分本位で偏った、誤った結果を導き出していたとしても。できることから、やるしかないのだ、多分。

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