【映像シナリオ・1シークエンス】追いかけっこ
①タイ料理レストラン・中(夜)
20代の女性客で賑わっている。
中央の円卓に座る山崎雅美(25)、丹羽志保(25)、芦沢綾香(24)が歓談しているところへ、篠原由夏(24)が現れる。
由夏「ごめん、ごめん、レッスン長引いちゃって」
志保「この間のライブ行きたかったんだけど」
由夏「いいよ、結婚式の衣裳合わせなんて、私こそ付き合ってみたかったよ」
席に着く由夏に綾香がグラスを渡す。
雅美「じゃ皆揃ったことだし、今年一年のお疲れ様と幸多き来年を願って、乾杯!」
由夏、志保、綾香「かんぱーい!」
テーブルの料理を見て、由夏微笑む。
由夏「おいしそうー」
綾香「本場の辛さだから気をつけてね」
由夏「たまにはパンチ効いたもの食べないとさ、過保護過ぎても駄目なんだよ、喉には」
雅美「それ、わかるー。男もそう。草食系なんて初めはいいかもしれないけど、飽きてくるって。パンチは必要だよ」
綾香、料理を口にし、辛そうな顔で、
綾香「はーはー。まーちゃんらしい。でも私は男に熱さは求めないな。浮気されたら嫌だもん」
志保「私も彼がもし浮気したら刺すよ」
由夏「こわっ、志保ならやりかねないけど」
志保「恋愛と結婚は別物だもの。パンチより穏やかさでしょ、長続きの秘訣は」
雅美「穏やかな結婚生活なんかあるのかねー」
由夏「経験ないからわからないけど、今度の人はパンチもあるし、穏やかでもあるな」
え? という顔の志保と綾香。
雅美「お、例のイケメン、上手くいってんだ」
綾香「誰? 由夏、彼氏できたの?」
雅美「ひと目惚れされたんだって」
志保「由夏が? え、何? 由夏に?」
由夏「ちょっとー、何なのその顔は。ありえないって思ってる?」
× × ×
テーブルの上、料理皿はなく、コーヒーや紅茶が置かれている。
由夏の隣に座る森隆太(26)を、雅美、志保、綾香、じっと見ている。
隆太、にこにこ笑っている。
綾香「100%日本人、ですか? 混ざってない?」
由夏「この間ごはん食べに行ったらさ、彼だけ英語のメニュー出されてんの(笑)」
志保「誰だっけ? マトリックスの、ほら」
雅美「キアヌ・リーヴス? うん、似てる」
頭をかいて照れ笑いする隆太を嬉しそ うに見ている由夏。
綾香「あのー、由夏のどこが気に入ったんですか?」
森「直感です」
綾香「直感?」
森「僕は直感を信じる方なので。出会った瞬間に、情の深い人だなって思ったんです」
由夏「私のアパート、ほら玄関一緒でしょ、傘立ても一つだし。晴れた日にさ、上の人とか横の人の分まで皆の傘ぜーんぶ、あの低いブロック塀にだーっと干してたの、歌うたいながら。そこを通りがかって気になったみたい、私のこと。変わってるよね」
綾香、志保、雅美、はー? という顔。
由夏「私、外見で選んじゃないよ。ズバリ、私を好きだっていうそのセンスに惚れたの」
雅美「由夏、自分大好きだもんねー」
大きく頷く由夏、隆太の顔を見て笑う。
②タイ料理レストラン・外(夜)
手をつないで去る由夏と隆太の背中 を見送る雅美、志保、綾香。
綾香「いーなー。あんな格好いい彼氏」
志保「何食べてんだろ、肌つるつるで、しかも無臭。キスするとき痛くも臭くもなさそ」
雅美「でも、ちょっと早いのが気になる」
志保「何が?」
雅美「こうしてたでしょ」
と言って、雅美、志保の手を取り、指と指を絡ませる。
雅美「出会ってひと月も経ってないのに。パンチ出すタイミングってものがあるでしょ」
由夏と隆太が見えなくなった先には、満月が明るく光っている。
③アパート、森の部屋・中(夜)
1DKの部屋は品の良い木製家具が配置され、整理整頓されている。一つの布団に寝ながら話をしている森と由夏。
由夏「(思い出し笑いで)ハハハ。綾香たちの顔、興味津々って感じだったね」
森「大丈夫かな? どう思われたろ?」
由夏「追いかけてばっかの私が追いかけられるって聞いて、珍しい男って見られたよ」
森、由夏の顔を見つめる。
森「こんなに可愛いのに、振った奴は本当に馬鹿だよな」
由夏、布団の中で足をバタバタさせる。
由夏「キャー、もっと言ってー」
森「もっと?」
由夏「そう。(節に乗って)♬もっと、もっとー私をー、もっともっと知って欲しいーの」
森「誰の歌?」
由夏「知らない? いま注目の篠原由夏の曲だよ」
森、微笑みながら、
森「へー、知らないなー、続きは?」
と言って枕元のスタンドの電気を消す。
由夏の声「(歌う様に)もっと、もっとー」
④洋服店・中
T・半年後
広いフロア。婦人服、紳士服のコーナーがあり、婦人服を物色している雅美、由夏、綾香。
雅美「これ楽そう、試着してくるわ」
チュニックを手にした雅美に、由夏が、
由夏「ちょっとメンズの方、行ってくるね」
と言って去る。由夏の後ろ姿をとまどい気に見つめる綾香。
× × ×
紳士服のコーナーでTシャツを手にしている由夏。綾香が近付いてくるのに気付き、Tシャツを胸にあて、
由夏「似合うと思う? 色がイマイチかな」
綾香「さっき、まーちゃんに森さんとラブラブよって話してた時、”でも”って言いかけた?」
由夏「あー、うん。でも完璧じゃないってこと。惚れられた強みっていうか、あっちが我儘しすぎたみたい。いまじゃ私の方が好き好き度あがってるもんね」
綾香「ケンカでもしたの?」
由夏「ううん。初めの頃よりお互いの違いが目立って険悪になった時もあったけどさ、合うとか合わないとか、故障した部品を探すようなことは止めようって決めたの。そしたら、愛しさ倍増よー」
綾香、ためらいがちに、
綾香「そう、よかった。じゃ私の勘違いかな」
由夏、綾香の様子を問い正すように、
由夏「どしたの? さっきから変な感じ」
綾香「この前代々木公園で森さん見かけたの」
由夏「あー、よく走りに行ってるからね」
綾香「声かけようとしたら、隣に女の人がさ」
由夏「え? 誰といたって?」
綾香「多分何でもないよ。由夏よりずっとださい子だし。でも二人とも黙って下向いて深刻そうだったから、ちょっと気になって」
へなへなとその場に座り込む由夏。
綾香「大丈夫? 言わない方がよかったかな」
首を横に振る由夏。
由夏「う、吐きそう。ちょっと待って……このこと雅美には内緒ね。話大きくされたら困るし」
⑤アパート・森の部屋・外(夜)
ドアの前で体育座りしている由夏、雨を眺めている。階段を昇る足音が聞こえ、そちらに目をやると、傘を持った森の姿が見える。
森「お、由夏。中に入ってればいいのに」
由夏「見たくないもの見ちゃったら嫌だもん。彼女からの手紙とか、写真とか……」
森、由夏に応えず、黙って鍵を開ける。
⑥同・中(夜)
スタンド明かりだけの暗い室内、壁に持たれて座り、俯いている森の横で、由夏、静かに話しはじめる。
由夏「電話でも聞いたけどさ、今度は『わからない』は無しだよ。その人のこと好き? 私よりも大事なの?」
森「……好き、だよ。友達だから」
由夏「私と別れて、その人と付き合いたい?」
森、呆れるように鼻で笑う。
由夏「何で笑うの? あ、そうか、付き合いたいじゃなくて、もうずっと、私と会う前から一緒にいる人なんだ」
森「店のお客さんだから、由夏より前に会ってはいるよ……。由夏以外の女の人と会ったりしゃべったりするなってことか? 俺は由夏の男友達のこと聞いたりしてないぞ」
由夏「(少し強く)いないもの。隆太の友達が見て怪しいと思うような関係の男なんて」
森「由夏も普通に嫉妬するんだな。俺はもっと」
由夏「もっと何よ。自由気ままに出来る相手だと思ったの? お互い束縛しないで、傷つかない代わりに、ここに触れることもなく」
由夏、森の胸に手をあてる。鼓動の激しさにはっとする顔の由夏。
森「(大きな声で)違うよ、俺は、もっと俺を信じて欲しい。俺たちの関係をもっと」
由夏、森の上着から携帯電話を取り、
由夏「その女にいま電話して。嫉妬深い彼女がいるから二人っきりではもう会えないって」
森、由夏の手を振り払う。
由夏「女はいつだって言葉だけを求めてるなんて思わないでよね。態度で示してくれないと信頼なんて出来ないよ」
由夏、ポケットから合鍵を出し、机の上に置く。
由夏「今度の土曜のライブ、新曲歌うから絶対来てね」
振り返らずにドアを開け、出ていく由夏。
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