【短編小説】はじめてのスポットライト③

その②からのつづき。

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 店内にはレジの前で後ろ向きに煙草の補充をしている店員のほかはサラリーマンらしき男性がひとりいるだけで、誰の目も届かないなか、安心してコンドームの置いてある棚の前で見たことのないパッケージの箱を物色しながら、結局はいつものやつに手を伸ばしかけたその瞬間、ドスッという鈍い音のあと、ガッシャーンと物が落ちる音がした。

 わーという男の叫び声に驚き、音のした方へ視線を向けると、洋平が被っていたものとそっくりなニット帽にサングラス、マスクでほぼ顔がふさがっている男が店員に銃口を向けているのが見えた。
 ぎゃーっ。その場にしゃがみこんだ私の目に飛び込んできたのは粉々になった防犯カメラの破片。

 「店長出てこーい!」

 甲高い声でニット帽の男が叫び狂う。このあり得ない状況転換に私は完全に思考をストップさせてしまったようだ。
 もしかしたら、さっきのジャンケンで勝ち誇ったような洋平の笑い顔、あれが洋平との最後の思い出になるかもしれないってこと? 
 確かに笑顔ではあったから、けんか別れではなかったから、洋平にとっても後悔することはないのかもしれない。俺が行っていたらと思うか、綾乃に行ってもらってラッキーと思うか、それにしたってそこで自分の運の一生分を使い果たしてしまったかと思うか、何にしたって彼は私へ笑顔を向けてくれたのだから。優しく温かいというものではなく、いつも最初にパーを出すっていう癖にも気付かずにいる大バカ者めと勝ち誇った笑いに近かったかもしれないけれど、とにかく眉間に皺をよせ蔑むような眼差しで私を見送ったわけではなかったから。ううん、そんなことこれまで一度もなかったから、最高の恋人ではなかったかもしれないけど、ベストパートナーではあったんじゃないかな。

 あれ? そうだ、あの駒の数どんな意味があったのだろう? 妊娠7ヶ月の女性と相手の男性に「友だち」と思える関係がありえるってどういうことなのだろう?

 とどのつまり、今日が私の人生のラストデーになるとしたら、わたし幸せだったのだろうか? それはまだ出合っていないものなのかしら。それとも何度も何度も味わってきたのに、もっともっと、まだまだ、こんなもんじゃないわって思い過ごしてきてしまったのかしら。

 「やめろーっ!」

 え、なに? 私、無意識に声に出してしゃべっていたの? 恥ずかしすぎるストーリーだけど、この男を刺激してしまったのだろうか? 

 そうではなかった。店内にもう一人、今日が人生ラストデーになるかもしれないとびびっている男の存在を忘れていた。30半ばくらいに見えるサラリーマン男がポケットからスマホを取り出し、震える手で操作しようとした瞬間の怒号だったようだ。
 銃口を向けられ両手をあげた店員を片手で引き連れ、硬直したサラリーマン男に近づいたニット帽男がその手からスマホを取り上げた。棚の陰から一歩も動けず息を殺して様子を見ていた私がおもわず、「あーっ」と声を漏らしそうになったのは、私の、そして、この現場にいる他の二人の命綱ともいえるだろう彼のスマホが無残にも、レジ横に置いてあるポットの中に、薄ら笑いを浮かべたニット帽男の手によって、ぽっちゃーんと投げ込まれたからだった。

                        その④へ、つづく……


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