第十七話
「兄様!」
父様にボクの絵を見てもらっていたんです。お部屋に帰ってきたネイ兄様にそう答えようとしたら、兄様は怖いお顔をしてボクをにらんだ。
「何してんの?」
「兄様……?」
ボクは父様にボクの絵を見せただけ、なのにどうしてそんなに怖いお顔をするの。
「おれ、お前の秘密誰にも言ってないのに。約束破り、嘘つき」
兄様がお絵描きをしている事は父様に言ってない、だからボクは約束破りなんかじゃないのに。
「兄様、ボク約束破りなんかじゃ」
「うるさい!」
「兄様! ボクの話を聞いてください!」
「出ていけ! リュートのにせもの!」
「ネイ! やめなさい!」
父様が止めるよりも早く、兄様のバイオリンが鳴り始める。ふわりと浮いたインクつぼとかおもちゃとか花瓶とか、兄様のお部屋にあるありとあらゆるものがボク目掛けて飛んでくる。
「リュート!」
飛んできた物がボクにぶつかる寸前、父様に抱きしめられる。塞がれた視界で聞こえるくぐもった音、父様の背中に重い何かがぶつかった音。
ボク、この音知ってる。
「……ぐ……」
「おとうさ……おとうさん……」
にほんで最後にお父さんと一緒に寝た日の夜、誰かに揺さぶり起こされたと思ったらお父さんが覆いかぶさってきて。どんどんって、今みたいな音がして。そしたら、お父さんが動かなくなって。
思い出した。にほんのおうちでお父さんと一緒に寝ていたあの日、何があったのか。ボクは、ボクは!
「やめて兄様! お父さんが、お父さんが死んじゃう!」
「出ていけ! 出ていけぇ!」
「リュート、私は大丈夫だ……。おいで」
いっぱい物が飛んでくる兄様のお部屋から父様と一緒に逃げ出した。
「父上、何があったと言うのです」
「ネイを怒らせてしまってな。いやはや、あの子の魔法は凄まじい。扱いに気をつけねば怪我人が出るぞ」
「父上がその怪我人のお一人なのですが」
重いインク壺がぶつかった父様の背中を診てくれたのはバーロン兄様、ボクの一番上のお兄様。ネイ兄様からも、ナーストロイのボクからもお医者様の勉強をしてるって聞いている。
「父様、ごめんなさい……」
「あれは少し迂闊だったな。まさかあんなに怒るとは、この父も思わなんだ」
「それで、何があったんですか。ネイが人に怪我をさせるまでに激怒するなど、初耳です」
「……ボクのせいなんです。ボクが、兄様との約束を破ったから……」
「あれとお前が約束?」
「あの箱の中身を他人に見せるなと約束していたのだろう?」
「……はい」
「箱? 私には何の話だかさっぱり」
「まあ良くある兄弟喧嘩だ、数日もすればほとぼりも冷めるだろう。手当てありがとうな、バーロン。すまないがこの怪我の事は母君には内密にお願いしたい」
「……ええ、わかりました。……女の勘というものは鋭いものです。父上も、お気をつけて」
「ばれたらばれたで何とか誤魔化すさ」
「アサラトの胃に穴が開かなければ私はそれで。失礼します」
バーロン兄様はこの後もお勉強の予定があるらしい、ボクたち四兄弟の中で一番忙しい人だと思う。
「……それで」
「……ごめんなさい」
改めて父様と、お父さんと二人っきり。何から言えばいいのだろう。
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