第十九話

 夏至のお祭り当日。ネイ兄様とはまだ仲直りできてない。セタール先生のバイオリンのおけいこの時も、お夕飯の時だってネイ兄様はボクと口を利こうとしない。上の兄様達も母様もボクたちのけんかのことは知ってるみたい、知ってるのならどうして仲直りの方法を教えてくれないの。そう思ったってどうしようもない、だってボクが悪いんだから。ボク自身が何とかするしかないんだもん。

 でも兄様と仲直りってどうすればいいの。お祭りの準備を終わらせて、お祭りの始まりを待つだけのボクのお部屋。誰かがドアをノックした。ノック五回、ばあやの合図だ。

「リュート王子。お客様にございます」

「ボクに? どうぞ」

 ばあやが連れてきたお客さんはレベックだった。商人ギルドの人もお呼ばれしてるのはわかってた。だからレベックがいるのも不思議じゃないけど、お祭りの前に何の用だろう。

「よう、リュート」

「レベック。おはよう、今日はどうしたの?」

「例のやつ、今朝早くに届いてよ。それで祭りが始まる前に持ってきたんだ」

「クレヨン!」

 待ちに待ったクレヨン。これがあれば兄様と仲直りができる、きっと。

「なあ、リュート」

「なぁに?」

「お前、これが欲しいってことは絵を描くんだよな」

「ボク……よりも兄様の方がたくさん描いてるみたいだけど、ボクも絵を描くよ」

「ここにさ、紙があんだよ。お前が好きなもん、これに描いてくんね? 俺、絵を描くやつを見るのはお前が初めてでさ。絵を描くやつって、どんな絵描くのかなって」

「どんな絵って……」

「今のお前が描きたいもの描いてくれりゃそれでいいんだ」

「今のボクが描きたいもの……」

 今のボク……。兄様と仲直りしたい、前みたいに兄様といっしょにお絵描きがしたい。どうしたら仲直りできるかな、あの人ならどう仲直りするだろう。にほんでお父さんといっしょに見てたテレビのヒーロー、あの人なら。赤い服と赤いマスクで顔を隠して、困ってる人たちを助けてた。兄様が大好きなお話の魔法使いみたいに。

 赤いクレヨンで丸を描いてお顔にして、体も描いて。困った人を助けてくれる正義の味方。ボクも困ってるって言ったら助けてくれるかな。

「ほー……。お前そういうの好きなんだ。俺には何なのかさっぱりだけど」

「困ったことがある人を助けてくれるヒーローなの、かっこいいんだよ。悪いことする人たちをやっつけてくれるの!」

「へー。困ったことがあるやつをねぇ……」

 レベックにもらった紙に描いたボクのヒーロー、街の人たちを助けてくれるヒーロー。ヒーローなら、ボクも助けてくれるかな。兄様との仲直りの方法、教えてくれるかな。お願い、助けて。クレヨンで描いたヒーローは何も答えてくれない。

「お前のそのヒーローってやつに助けてって言やあいいじゃねえか」

「助けて欲しいけど、ダメなの」

「どうして」

「ヒーローは忙しいから困らせちゃダメだって、だから自分が強くならなきゃダメだって、お父さんが」

「王様って厳しいんだな、こないだ見た時はそんなことなさそうだったのに」

 ヒーローに助けてもらっちゃダメだからボクががんばらなきゃなのに、ボクにできることなんて。お願い、助けて。ボクを助けて。描いたばかりのヒーローに心の中でそう声をかけた時。動かないはずのクレヨンで描いたヒーローが紙の上で動き出した、ように見えた。

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